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「あ、クリスマスソングとか興味なかったっすか? だったら無理しなくてもいいっすよ」

 だが、せっかく話に入れてもらったのだ。このまま逃げるというのも悪い気がする。
 だから私は、勇気を振り絞り告げることにした。

「……武田さんと同じです」

 するとナギは驚いたように目をパチパチさせ、「あ、そうっすか」と短く言う。それ以上のコメントは思いつかなかったらしい。笑うに笑えない、という微妙な空気だ。

 しん、とした空気になってしまった。

 盛り下げてしまい申し訳ない気分になっていると、武田が突然膝を曲げ、私の顔を真っ直ぐ見据えてくる。鋭さのある瞳を向けられると、緊張して心臓がバクバク鳴った。視線を逸らしたい衝動に駆られる。

「な、何ですか……?」

 私は恐る恐る尋ねてみた。
 すると彼は、真剣な顔のままで言い放つ。

「沙羅。お前なら理解してくれると思っていた」
「え?」
「沙羅は良き理解者だ。これからもよろしく頼む」

 頼まれてしまった。
 ただ同じ曲を好きだと言っただけのこと。それなのに「良き理解者」なんて大袈裟だ。
 しかし嫌な気はしない。

「は、はい……」

 私の顔は今、真っ赤になっていることだろう。

「頼もしいな」

 武田はそう言ってほんの少し口角を上げた。慣れないからか上手く笑えていない。もっとも、そこが愛らしかったりもするのだが。

「あ、でも、頼もしくはない……と思います」
「いや、頼もしい。これは間違いない」

 武田は言い出すと止まらないことがあることを忘れていた。

「瓶で私を救ってくれた恩を忘れはしない」

 覚えていてくれるのは嬉しいが、瓶のイメージはそろそろ忘れてほしい。

「あら。随分沙羅に感謝しているのね」

 エリナはつまらなさそうに漏らす。

「はい、それはもちろんです。エリミナーレメンバーとしての生命が危なかったわけですから」

 武田が丁寧に説明したものだから、エリナはますます面白くなさそうな顔になる。片手で桜色の髪を触りながら彼女は言い返す。

「そして私の手厚い看護は忘れたってわけね」
「ちょ、手厚い看護って何すかっ!? 武田さんはエリナさんにお世話してもらってたんすか!? そんなの羨ま……」
「黙りなさい」

 エリナに冷たく睨まれ、ナギはしゅんとした。

「武田、貴方もしかして、本当に忘れてなんかないわよね? 傷を消毒したり、肩を貸したり、ご飯食べさせてあげたり、手厚く看護してあげたでしょ?」

 しかし武田は首を傾げるばかり。しまいに「忘れました」などとハッキリ言う。

「この恩知らず!」

 ついに怒ったエリナは鋭い声で言い放った。
 だが武田はというと、淡々とした調子で謝るのみ。その表情からは、悪かったと思っている雰囲気もいまいち出ていない。よく分かっていないようである。

「沙羅ちゃんー。そろそろ着替えようか!」

 ちょうどそのタイミングでレイが呼びに現れた。

「今年は沙羅がサンタなのか」

 武田はしっかり参加してくる。それに対しレイは、「そうそう」とだけ軽く返す。

「沙羅がコスプレなんて、面白いじゃない。期待大だわ」
「いいっすね! 沙羅ちゃんのサンタコス見たいっす!」

 なぜか盛り上がっている。

「……沙羅がサンタ、いい」

 レイの後ろに立っているモルテリアは、彼女自身と同じ大きさの赤い靴下を片手で持っていた。
 もう片方の手はイチゴ大福を握っているのだが、驚いたことに口からもイチゴ大福がはみ出ている。大振りのイチゴ大福を連続で二個も食べる気なのだろうか。

「……沙羅お菓子いっぱいくれそう……。嬉しい……」

 そんなこと言われても。
 クリスマスはサンタがお菓子をあげるイベントではない。


 そして私は、またしてもサンタの衣装に着替えた。やはり首回りと足が寒い。だが日頃はなかなか役立てない私だ、クリスマスを盛り上げるくらいはしなくては。

「もう行ける?」

 リビングへ入る扉の前でレイが尋ねてくれる。寒さと緊張で足が震えるが、気を強く持ち、一度深く頷く。
 それを合図に、レイはリビングへの扉を開けてくれた。

「うわーっ! いいっすねー。予想越えてきた!」

 入るなりナギが叫んだものだから、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

「ナギ、騒ぎすぎよ」

 小学生のように騒ぐナギを、エリナは呆れ顔で注意する。

「いやいや、エリナさん。これは騒ぐっしょ! だってほら、足! 沙羅ちゃんの生足とか超レアも——」
「黙りなさい」
「……はい」

 一人大興奮していたナギは、エリナに刃のような視線を向けられ、素直に黙った。

 私は恐る恐る武田に目をやる。
 すると驚いたことに彼はこちらを見ていた。しかもじっと見つめてきている。
 あまりに凝視されるので、私は、勇気を出して話しかけてみることに決めた。何か言いたいのかもしれない、と思って。

「武田さん。私、何か変ですか?」

 すると彼は黙ったまま、口元に手を当てて、視線を横へ逸らす。

「……沙羅、その服はダメだ」
「え?」
「どうも……慣れない」

 最初は少し焦った。だが、彼が気恥ずかしそうな顔をしているところを見ると、「似合っていない」という意味ではないらしい。
 そこへすかさず乱入してくるナギ。

「ひゅーっ! 武田さん照れてるっすね! 沙羅ちゃんの生足、そんなに嬉しいんすか!?」

 ナギはまた余計なことを。

 しかし場が笑いに包まれたので、ある意味成功といえるのかもしれない。


 今日は十二月二十五日。
 エリミナーレの聖夜は長く、そしてとても楽しい。

 誘拐されたり、襲撃されたり、日頃は苦労も多くある。時に傷つき、時に悲しみ、たまには疲れて寝てしまいたくなることもある。投げ出してしまいたいと思ったこともあって。

 でも、それでも私はここが好き。それは決して変わらない。

◆終わり◆
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