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episode.5 感情的な発言には気をつけて
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男性は去った。ひとまず生き延びることに成功したようだ。
だが、部屋がとんでもない状態になってしまった。
こんな状態になってしまったなんて、父親には絶対に言えない。そんなことを言ったら、私は叱られるだろうし、リゴールも厳しく当たられるだろう。一歩間違えば、彼に請求が行ってしまう可能性だってある。
「一体何だったの……」
「お騒がせして申し訳ありません……」
私とリゴールは、お互いに踏み込んだことは言えず、ただじっとしていることしかできない状態だった。
それから数分、深い沈黙が私たちを包んだ。
——やがて、長い長い沈黙を破ったのは、バッサが入ってきた音。
「爆発音が聞こえたように思いましたが、何事です!?」
部屋へ駈け込んできたバッサは、爆破によって見事に破壊されてしまった部屋を見て、唖然とする。
「こ、これは……一体……?」
唖然とするのも無理もない。
事情を知らずこの光景だけを目にしたとしたら、誰だって、何がどうなっているのか分からないだろう。
「まさか……そのお客様が?」
「違うの! リゴールは悪くないのよ!」
「ですが、この惨状は一体……」
「待って! 今説明するから!」
説明する、と言うのは簡単だ。しかし、ここへ至った経緯を一から説明するとなると、それは結構難しい。
だが、きちんと説明しなくては、リゴールに迷惑がかかる。
だから私は、何とか、一つずつ説明した。
「屋敷の一部が吹き飛ぶとは、どういうことだ」
バッサに事情を説明し、彼女から父親へ伝えてもらった。
父親に直接話すなんて怖かったからだ。
だが、そんな工夫は何の意味も持たず。結局、呼び出されてしまった。
「ごめんなさい、父さん」
「わけが分からん!」
今私は、リゴールと二人、父親の前で頭を下げさせられている。
「まさかあんなことになるなんて思っていなくて」
「エアリがした説明はバッサからきちんと聞いた。だが! まったく! わけが! 分からん!」
……でしょうねー。
「エアリ、お前はどうかしている!」
「……どうもしていないわよ」
父親の発言も理解できないことはない。いきなりあんなファンタジーな言い訳をしたのだから、どうかしていると思われるのも仕方のないことだろう。
けれど、それが事実なのだ。
事実である以上、他に言えることなんて何一つとしてない。
「何だ、その口の利き方は!」
父親は一方的に言ってくる。
それに腹を立てた私は、つい、大きな声を出してしまう。
「どうしていきなり怒鳴るのよ!」
既に怒っている者に向かって攻撃的な言葉を投げかけるというのは、あまりよろしくないことかもしれない。怒っている相手と接する時は刺激しないようそっとしておく方が良い、というのが真実なのだろう。だが、私にはそれは無理だった。
「偉そうな口を利くな!」
父親はじりじりと歩み寄ってくる。
私は父親を、威嚇するように睨む。
「何よ! 怒鳴って押さえこもうとして!」
「ん!? 何だと!?」
「壊してしまったことは謝るわよ! でも、どうかしているなんて言われて許せるほど、私の心は広くないわ!」
父親に喧嘩を売っても、良いことなんて何一つとしてない。
それは分かっていて。
でも、どうしても譲れないところはある。たとえ相手が父親であっても、なんでもかんでも許せるということはない。
「エ、エアリ……あまり刺激するのは……」
隣で謝罪しているリゴールは、困り顔で、私を制止しようと声をかけてくる。
それさえも、今は不愉快だ。
「リゴールは黙ってて」
「で、ですが……」
リゴールはまだ粘ってくる。
今度はそれに腹が立ち、うっかり、きつい言葉を放ってしまう。
「何よ! そもそも貴方のせいじゃない!」
「エアリ……」
「貴方がいたからあんなことになったのよ! それで私まで怒られているの!」
そこまで言って、正気に戻った。
リゴールが悲しそうな目をしているのを見てしまったからである。
「……はい。それは、その通りですが」
「あ。ごめんなさい、つい……」
「いえ、貴女の仰っていることはすべて事実ですから……」
何とも言えない空気になる。
父親に叱られている時だからこそ、二人で協力しなくてはならないのに。それなのに私は、彼にまで攻撃的なことを言ってしまった。
反省すべき点が山盛りだ、今日の私は。
「とにかくエアリ」
静寂を破ったのは父親。
「十分に反省しろ。そして、もう二度と繰り返すな。いいな」
「……分かったわよ」
「何だ、その不満げな態度は」
「べつに不満げなんかじゃないわ」
一応言ってみるが、父親はやはり聞いてくれなかった。きっぱりと「いや、不満げに見えたぞ」などと返してくる。
「よし、決めた。エアリ。お前はしばらく、この家に帰ってくるな」
「え!?」
父親はよく感情的になるタイプだが、それでも、ここまで怒るのは珍しい気がする。
「帰っていいと言うまで、外に立ってろ!」
「えぇっ。何なの、それっ」
「男に騙されるような娘には、躾が必要だ!」
わけが分からない。
「どうなっているのよ、父さん」
「反省しろ!」
どうかしているのは父親の方ではないだろうか。
ふと、そんなことを思った。
だって、言っていることが明らかにおかしいではないか。
家の一部を破壊してしまったことは悪かったと思っているし、それによって怒られるのも仕方ないとは考えている。
けれど、だからといって女を家から追い出すなんて。
「……分かったわ。出ていくから」
私はそう言って、家を出ることにした。
今の父親は、怒りのあまり正気を失っているのだろう。きっと、そうに違いない。冷静さを失っているから、あんな厳しいことを言うのだ。きっと、そう。
時間が経って怒りが完全に静まれば、きっと父親は私を探しにくるはず。
だから、今は家から出よう。そう思う。
「本当に良かったのですか……?」
買い物へ行く時の手提げだけを持って家から出た私を、リゴールは追ってきた。
私は、村の端にある湖の畔でベンチに座りながら、言葉を返す。
「いいのよ」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしないでちょうだい」
「……しかし」
リゴールは微かに顔を下げる。
「いいの。本当に、気にしないで」
私はそう言って、ベンチを手でとんとんと叩く。そして「座っていいわよ」と言ってみる。するとリゴールは「いえ……」と返してきた。しかし諦めず、私は、もう一度同じことを試みる。すると今度は、「では……」と言って座ってきた。
「さっきはごめんなさい、貴方を責めるようなことを言って。私、そんなつもりはなかったの。でも、あの時はついカッとなってしまって」
弁解など何の意味もないかもしれない。
でも、私の心が間違って伝わっていたら嫌だから、一応言っておく。
するとリゴールは謝罪の言葉を述べる。
「こちらこそ、余計なことを……申し訳ありません」
逆に謝られてしまった。
本当は私が謝らなくてはならない状況だというのに。
「謝らないで。悪いのはわた——」
「ところで!」
リゴールは唐突に話題を変えようとしてくる。
「ここはとても素敵なところですね!」
声が妙に明るいところから察するに、彼は、暗い空気をどうにかしようとしてくれているのだろう。彼なりの配慮、といったところか。
「……湖?」
私の問いに、彼は大きく頷く。
「はい! ホワイトスターにも、このようなところがありましたよ! 水面は透き通り、花は咲き乱れ、凄く美しいところで——って、あ。すみません。ホワイトスターの話ばかりしてしまって」
リゴールは苦笑する。
少年の姿をした彼が笑うと、無邪気な感じがして、とても心が癒やされる。ほっこりする——のだけれど、なぜかそれだけではなくて。彼の無垢な笑みの裏側に何か得体の知れないものが潜んでいるような、そんな気もしてしまう。
だが、部屋がとんでもない状態になってしまった。
こんな状態になってしまったなんて、父親には絶対に言えない。そんなことを言ったら、私は叱られるだろうし、リゴールも厳しく当たられるだろう。一歩間違えば、彼に請求が行ってしまう可能性だってある。
「一体何だったの……」
「お騒がせして申し訳ありません……」
私とリゴールは、お互いに踏み込んだことは言えず、ただじっとしていることしかできない状態だった。
それから数分、深い沈黙が私たちを包んだ。
——やがて、長い長い沈黙を破ったのは、バッサが入ってきた音。
「爆発音が聞こえたように思いましたが、何事です!?」
部屋へ駈け込んできたバッサは、爆破によって見事に破壊されてしまった部屋を見て、唖然とする。
「こ、これは……一体……?」
唖然とするのも無理もない。
事情を知らずこの光景だけを目にしたとしたら、誰だって、何がどうなっているのか分からないだろう。
「まさか……そのお客様が?」
「違うの! リゴールは悪くないのよ!」
「ですが、この惨状は一体……」
「待って! 今説明するから!」
説明する、と言うのは簡単だ。しかし、ここへ至った経緯を一から説明するとなると、それは結構難しい。
だが、きちんと説明しなくては、リゴールに迷惑がかかる。
だから私は、何とか、一つずつ説明した。
「屋敷の一部が吹き飛ぶとは、どういうことだ」
バッサに事情を説明し、彼女から父親へ伝えてもらった。
父親に直接話すなんて怖かったからだ。
だが、そんな工夫は何の意味も持たず。結局、呼び出されてしまった。
「ごめんなさい、父さん」
「わけが分からん!」
今私は、リゴールと二人、父親の前で頭を下げさせられている。
「まさかあんなことになるなんて思っていなくて」
「エアリがした説明はバッサからきちんと聞いた。だが! まったく! わけが! 分からん!」
……でしょうねー。
「エアリ、お前はどうかしている!」
「……どうもしていないわよ」
父親の発言も理解できないことはない。いきなりあんなファンタジーな言い訳をしたのだから、どうかしていると思われるのも仕方のないことだろう。
けれど、それが事実なのだ。
事実である以上、他に言えることなんて何一つとしてない。
「何だ、その口の利き方は!」
父親は一方的に言ってくる。
それに腹を立てた私は、つい、大きな声を出してしまう。
「どうしていきなり怒鳴るのよ!」
既に怒っている者に向かって攻撃的な言葉を投げかけるというのは、あまりよろしくないことかもしれない。怒っている相手と接する時は刺激しないようそっとしておく方が良い、というのが真実なのだろう。だが、私にはそれは無理だった。
「偉そうな口を利くな!」
父親はじりじりと歩み寄ってくる。
私は父親を、威嚇するように睨む。
「何よ! 怒鳴って押さえこもうとして!」
「ん!? 何だと!?」
「壊してしまったことは謝るわよ! でも、どうかしているなんて言われて許せるほど、私の心は広くないわ!」
父親に喧嘩を売っても、良いことなんて何一つとしてない。
それは分かっていて。
でも、どうしても譲れないところはある。たとえ相手が父親であっても、なんでもかんでも許せるということはない。
「エ、エアリ……あまり刺激するのは……」
隣で謝罪しているリゴールは、困り顔で、私を制止しようと声をかけてくる。
それさえも、今は不愉快だ。
「リゴールは黙ってて」
「で、ですが……」
リゴールはまだ粘ってくる。
今度はそれに腹が立ち、うっかり、きつい言葉を放ってしまう。
「何よ! そもそも貴方のせいじゃない!」
「エアリ……」
「貴方がいたからあんなことになったのよ! それで私まで怒られているの!」
そこまで言って、正気に戻った。
リゴールが悲しそうな目をしているのを見てしまったからである。
「……はい。それは、その通りですが」
「あ。ごめんなさい、つい……」
「いえ、貴女の仰っていることはすべて事実ですから……」
何とも言えない空気になる。
父親に叱られている時だからこそ、二人で協力しなくてはならないのに。それなのに私は、彼にまで攻撃的なことを言ってしまった。
反省すべき点が山盛りだ、今日の私は。
「とにかくエアリ」
静寂を破ったのは父親。
「十分に反省しろ。そして、もう二度と繰り返すな。いいな」
「……分かったわよ」
「何だ、その不満げな態度は」
「べつに不満げなんかじゃないわ」
一応言ってみるが、父親はやはり聞いてくれなかった。きっぱりと「いや、不満げに見えたぞ」などと返してくる。
「よし、決めた。エアリ。お前はしばらく、この家に帰ってくるな」
「え!?」
父親はよく感情的になるタイプだが、それでも、ここまで怒るのは珍しい気がする。
「帰っていいと言うまで、外に立ってろ!」
「えぇっ。何なの、それっ」
「男に騙されるような娘には、躾が必要だ!」
わけが分からない。
「どうなっているのよ、父さん」
「反省しろ!」
どうかしているのは父親の方ではないだろうか。
ふと、そんなことを思った。
だって、言っていることが明らかにおかしいではないか。
家の一部を破壊してしまったことは悪かったと思っているし、それによって怒られるのも仕方ないとは考えている。
けれど、だからといって女を家から追い出すなんて。
「……分かったわ。出ていくから」
私はそう言って、家を出ることにした。
今の父親は、怒りのあまり正気を失っているのだろう。きっと、そうに違いない。冷静さを失っているから、あんな厳しいことを言うのだ。きっと、そう。
時間が経って怒りが完全に静まれば、きっと父親は私を探しにくるはず。
だから、今は家から出よう。そう思う。
「本当に良かったのですか……?」
買い物へ行く時の手提げだけを持って家から出た私を、リゴールは追ってきた。
私は、村の端にある湖の畔でベンチに座りながら、言葉を返す。
「いいのよ」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしないでちょうだい」
「……しかし」
リゴールは微かに顔を下げる。
「いいの。本当に、気にしないで」
私はそう言って、ベンチを手でとんとんと叩く。そして「座っていいわよ」と言ってみる。するとリゴールは「いえ……」と返してきた。しかし諦めず、私は、もう一度同じことを試みる。すると今度は、「では……」と言って座ってきた。
「さっきはごめんなさい、貴方を責めるようなことを言って。私、そんなつもりはなかったの。でも、あの時はついカッとなってしまって」
弁解など何の意味もないかもしれない。
でも、私の心が間違って伝わっていたら嫌だから、一応言っておく。
するとリゴールは謝罪の言葉を述べる。
「こちらこそ、余計なことを……申し訳ありません」
逆に謝られてしまった。
本当は私が謝らなくてはならない状況だというのに。
「謝らないで。悪いのはわた——」
「ところで!」
リゴールは唐突に話題を変えようとしてくる。
「ここはとても素敵なところですね!」
声が妙に明るいところから察するに、彼は、暗い空気をどうにかしようとしてくれているのだろう。彼なりの配慮、といったところか。
「……湖?」
私の問いに、彼は大きく頷く。
「はい! ホワイトスターにも、このようなところがありましたよ! 水面は透き通り、花は咲き乱れ、凄く美しいところで——って、あ。すみません。ホワイトスターの話ばかりしてしまって」
リゴールは苦笑する。
少年の姿をした彼が笑うと、無邪気な感じがして、とても心が癒やされる。ほっこりする——のだけれど、なぜかそれだけではなくて。彼の無垢な笑みの裏側に何か得体の知れないものが潜んでいるような、そんな気もしてしまう。
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