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episode.41 こう見えても
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突如現れた、どことなく不気味な少年。彼の狙いはリゴールなのだろう、と、最初私は思った。グラネイトやウェスタがリゴールを狙っていたように、彼もまたリゴールを狙ってやって来た刺客なのだろう。一切迷いなく、そう思っていた。
だが、彼の発言を聞いているうちに、段々そうではないような気がしてきた。
というのも、彼の視線はリゴールへ向いておらず、そこからおかしさを感じたのだ。
少年がリゴールを狙っている者なのだとしたら、例えデスタンが立ち塞がったとしても、ターゲットであるリゴールの方をまったく見ないということはないだろう。
「……迎えに来た、だと」
「うん」
「……狙いは私か」
「うんうん。そういうこと。話が早くて助かるよー」
やはり、リゴールを狙っているわけではないようだ。
「ブラックスターの手の者だな」
デスタンは眉間にしわを寄せ、警戒心剥き出しの顔つきで放つ。今の彼は、警戒心を隠す気など欠片もないようである。
「もう一度だけ聞く。何者だ」
先ほど一瞬にして取り出したナイフの先端を、少年の胸元へ向けるデスタン。銀色の刃は怪しげに煌めいていて、また、デスタンの瞳はそれと同じくらい鋭い光をまとっている。
「ボクが何者かって、そんなに大事なことかな?」
「名乗ることさえできぬような怪しい者なら、すぐに殺さねばならない」
デスタンと少年が言葉を交わしている様子を、私は、少し離れた場所から見つめ続ける。すぐ近くにはリゴールがいるが、彼も私と同じで、デスタンの方をじっと見つめていた。
「そっかぁ。殺されちゃ困るからー、面倒だけど一応名乗ることにするよ」
少年は「やれやれ」というような動作をしながら、口を動かす。
「ボクの名はトラン。さっき君が言った通り、ブラックスターの手の者だよ。ただし、捨て駒たちとは少し違うから、そこは勘違いしないでほしいなー」
捨て駒たちとは違う、か。これまた妙な発言が飛び出したものだ。自分はグラネイトやウェスタとは地位が違うということを主張している、と理解して、間違いないのだろうか。
「なんたってボク、こう見えても、ブラックスター王直属軍の一員だから」
「今度は王直属の部下が私を連れ戻しに来たということか」
「え? いやー。本当はべつに、君を連れ戻さなくちゃならないなんてことは、少しもないんだけどね」
少年——トランは、軽い口調でそう言ってから、ふふふと怪しげに笑う。
「ま、言うなればボクの遊びの一環?」
そこまで言った直後、トランは、突然右手を掲げた。
すると、開いている窓の遥か向こうから、黒い何か——矢が、凄まじい勢いで飛んできた。
それらは窓を通過し、室内へ侵入してくる。が、私やリゴールを狙って飛んできた矢は一本もなく。そのすべてが、デスタンに狙いを定めていた。
「危ない!」
半ば無意識で叫ぶ。
けれど、既に遅くて。
数秒後、何本もの黒い矢が、デスタンの体に突き刺さった。
「デスタン!」
「デスタンさん!」
リゴールと私が叫んだのは、ほぼ同時。
「な……」
デスタンは掠れた苦痛の声を漏らし、座り込む。
彼が握っていたナイフは、床に落ちた。
黒い矢はほぼすべて、腕や肩に突き刺さっていた。咄嗟に防御したからだろうか。その理由ははっきりとは分からない。ただ、胸部や腹部に矢が刺さるという事態は免れたようなので、即死することはなさそうだ。
「わーい、成功ー」
「く……このっ……」
「ふふふ。これで大人しく従ってくれるよねー?」
トランは座り込んでいるデスタンの顔を覗き、楽しげに笑っている。楽しくて仕方がない、というような顔だ。
「断る……!」
「えー。どうしてー?」
「……従わせようとする者には、従わない」
それは今このタイミングで言うべきことなのだろうか……?
いや、もちろん、「従わせようとする者には従いたくならない」というのはもっともなのだが。
「ふーん、そっかぁ。そういうものなんだ」
トランは感心したように目を見開く。
凄くわざとらしい振る舞いだ。それゆえ、とても驚いたような顔をしているのに、本当に驚いているようには見えない。
「ま、ボクには関係ないけどね」
トランは笑顔に戻ると、そう言った。そして、先ほどデスタンの手から落ちたナイフを、元々自分の物であったかのように掴む。すると不思議なことに、ナイフの刃の部分を黒いもやのようなものが包んだ。
——直後。
ナイフを握ったその手を、デスタンに向けて振り下ろす。
「少し眠っててね」
「……っ!」
デスタンは素早くナイフを持つトランの腕を掴む。何とか止めたかのように見えた——が、トランは予想外の力を発揮し、デスタンの手を振り解いた。そしてそのまま、刃をデスタンの肩へ突き刺す。
「な……」
「ごめんねー」
刃が刺さった部分から、黒いものが溢れ出した。
それとほぼ同時に、デスタンの体が床に崩れ落ちる。
「何をするのです!」
リゴールが鋭く叫んだ。
彼の青い瞳は、動揺の色を濃く映し出している。
「えー? なになにー?」
「デスタンに乱暴なことをするのは止めて下さい!」
リゴールは懸命に訴える。だが、トランには、その訴えを聞き入れる気など欠片もないようで。彼は明るい声で「それは無理なんだよ。ごめんねー」と返す。
「それじゃ、そろそろ行くね」
デスタンの脱力した体を軽々と抱え上げるトラン。
「ま、待ちなさい!」
「待たないよー。……あ、君たちにはコレ」
トランは筒のように丸めた紙を投げてきた。
「つ、筒!?」
いきなり物を投げられ、リゴールは戸惑った顔をする。
「うんうん。後で読んでねー」
決して大きくはない体でありながら、デスタンを軽々と持ち上げるくらいの力がある——トランは不思議な少年だ。
彼が一体何者なのか。
真の意味でその答えにたどり着くのは、簡単ではないかもしれない。
「またね。ばいばーい」
明るく別れを告げ、トランはその場から消えた。
トランと彼が持ち上げていたデスタンの姿が視界から消えてから二三十秒ほどが経過した時、それまで動かなかったリゴールが、急に振り返る。
その双眸は、じっと私を捉えていて。
「……どうしましょう」
リゴールの瞳は私に助けを求めているかのようだった。
「これは、その……どうすれば……」
彼は彼なりに動揺を隠そうとしているようだ。声を大きくしていないところから、それを察することができた。
けれど、動揺を完全に隠すことはできていない。
顔全体の筋肉が強張ったような表情を見れば、彼の心が乱れているということは容易く分かる。
「取り敢えず、その巻物みたいなのを読んでみるというのはどう?」
慌ててもどうにもならない。
だから私は、落ち着いて、そう提案してみた。
だが、彼の発言を聞いているうちに、段々そうではないような気がしてきた。
というのも、彼の視線はリゴールへ向いておらず、そこからおかしさを感じたのだ。
少年がリゴールを狙っている者なのだとしたら、例えデスタンが立ち塞がったとしても、ターゲットであるリゴールの方をまったく見ないということはないだろう。
「……迎えに来た、だと」
「うん」
「……狙いは私か」
「うんうん。そういうこと。話が早くて助かるよー」
やはり、リゴールを狙っているわけではないようだ。
「ブラックスターの手の者だな」
デスタンは眉間にしわを寄せ、警戒心剥き出しの顔つきで放つ。今の彼は、警戒心を隠す気など欠片もないようである。
「もう一度だけ聞く。何者だ」
先ほど一瞬にして取り出したナイフの先端を、少年の胸元へ向けるデスタン。銀色の刃は怪しげに煌めいていて、また、デスタンの瞳はそれと同じくらい鋭い光をまとっている。
「ボクが何者かって、そんなに大事なことかな?」
「名乗ることさえできぬような怪しい者なら、すぐに殺さねばならない」
デスタンと少年が言葉を交わしている様子を、私は、少し離れた場所から見つめ続ける。すぐ近くにはリゴールがいるが、彼も私と同じで、デスタンの方をじっと見つめていた。
「そっかぁ。殺されちゃ困るからー、面倒だけど一応名乗ることにするよ」
少年は「やれやれ」というような動作をしながら、口を動かす。
「ボクの名はトラン。さっき君が言った通り、ブラックスターの手の者だよ。ただし、捨て駒たちとは少し違うから、そこは勘違いしないでほしいなー」
捨て駒たちとは違う、か。これまた妙な発言が飛び出したものだ。自分はグラネイトやウェスタとは地位が違うということを主張している、と理解して、間違いないのだろうか。
「なんたってボク、こう見えても、ブラックスター王直属軍の一員だから」
「今度は王直属の部下が私を連れ戻しに来たということか」
「え? いやー。本当はべつに、君を連れ戻さなくちゃならないなんてことは、少しもないんだけどね」
少年——トランは、軽い口調でそう言ってから、ふふふと怪しげに笑う。
「ま、言うなればボクの遊びの一環?」
そこまで言った直後、トランは、突然右手を掲げた。
すると、開いている窓の遥か向こうから、黒い何か——矢が、凄まじい勢いで飛んできた。
それらは窓を通過し、室内へ侵入してくる。が、私やリゴールを狙って飛んできた矢は一本もなく。そのすべてが、デスタンに狙いを定めていた。
「危ない!」
半ば無意識で叫ぶ。
けれど、既に遅くて。
数秒後、何本もの黒い矢が、デスタンの体に突き刺さった。
「デスタン!」
「デスタンさん!」
リゴールと私が叫んだのは、ほぼ同時。
「な……」
デスタンは掠れた苦痛の声を漏らし、座り込む。
彼が握っていたナイフは、床に落ちた。
黒い矢はほぼすべて、腕や肩に突き刺さっていた。咄嗟に防御したからだろうか。その理由ははっきりとは分からない。ただ、胸部や腹部に矢が刺さるという事態は免れたようなので、即死することはなさそうだ。
「わーい、成功ー」
「く……このっ……」
「ふふふ。これで大人しく従ってくれるよねー?」
トランは座り込んでいるデスタンの顔を覗き、楽しげに笑っている。楽しくて仕方がない、というような顔だ。
「断る……!」
「えー。どうしてー?」
「……従わせようとする者には、従わない」
それは今このタイミングで言うべきことなのだろうか……?
いや、もちろん、「従わせようとする者には従いたくならない」というのはもっともなのだが。
「ふーん、そっかぁ。そういうものなんだ」
トランは感心したように目を見開く。
凄くわざとらしい振る舞いだ。それゆえ、とても驚いたような顔をしているのに、本当に驚いているようには見えない。
「ま、ボクには関係ないけどね」
トランは笑顔に戻ると、そう言った。そして、先ほどデスタンの手から落ちたナイフを、元々自分の物であったかのように掴む。すると不思議なことに、ナイフの刃の部分を黒いもやのようなものが包んだ。
——直後。
ナイフを握ったその手を、デスタンに向けて振り下ろす。
「少し眠っててね」
「……っ!」
デスタンは素早くナイフを持つトランの腕を掴む。何とか止めたかのように見えた——が、トランは予想外の力を発揮し、デスタンの手を振り解いた。そしてそのまま、刃をデスタンの肩へ突き刺す。
「な……」
「ごめんねー」
刃が刺さった部分から、黒いものが溢れ出した。
それとほぼ同時に、デスタンの体が床に崩れ落ちる。
「何をするのです!」
リゴールが鋭く叫んだ。
彼の青い瞳は、動揺の色を濃く映し出している。
「えー? なになにー?」
「デスタンに乱暴なことをするのは止めて下さい!」
リゴールは懸命に訴える。だが、トランには、その訴えを聞き入れる気など欠片もないようで。彼は明るい声で「それは無理なんだよ。ごめんねー」と返す。
「それじゃ、そろそろ行くね」
デスタンの脱力した体を軽々と抱え上げるトラン。
「ま、待ちなさい!」
「待たないよー。……あ、君たちにはコレ」
トランは筒のように丸めた紙を投げてきた。
「つ、筒!?」
いきなり物を投げられ、リゴールは戸惑った顔をする。
「うんうん。後で読んでねー」
決して大きくはない体でありながら、デスタンを軽々と持ち上げるくらいの力がある——トランは不思議な少年だ。
彼が一体何者なのか。
真の意味でその答えにたどり着くのは、簡単ではないかもしれない。
「またね。ばいばーい」
明るく別れを告げ、トランはその場から消えた。
トランと彼が持ち上げていたデスタンの姿が視界から消えてから二三十秒ほどが経過した時、それまで動かなかったリゴールが、急に振り返る。
その双眸は、じっと私を捉えていて。
「……どうしましょう」
リゴールの瞳は私に助けを求めているかのようだった。
「これは、その……どうすれば……」
彼は彼なりに動揺を隠そうとしているようだ。声を大きくしていないところから、それを察することができた。
けれど、動揺を完全に隠すことはできていない。
顔全体の筋肉が強張ったような表情を見れば、彼の心が乱れているということは容易く分かる。
「取り敢えず、その巻物みたいなのを読んでみるというのはどう?」
慌ててもどうにもならない。
だから私は、落ち着いて、そう提案してみた。
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