あなたの剣になりたい

四季

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episode.64 今後への思考

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 数分後、私たちが案内されたのは食事のための部屋。以前エトーリアと二人で使ったことのある、地味な一室だ。一旦この部屋で待機するよう言われたため、椅子に腰を掛け、ぼんやりしながら、次に声がかかるのを待つ。

「美しい屋敷ですね!」
「そう?」
「はい! 素晴らしい屋敷だと思います。さすがはエアリが紹介して下さった屋敷、という感じです!」

 ここへ来てからというもの、リゴールは妙に上機嫌。後から疲れたりしないだろうか、と、少し心配になるくらいの勢いである。

「この場所、お気に召したのですね」

 さりげなく会話に参加してくるのはデスタン。

「はい!」
「それは良かったです」
「ありがとうございます!」
「……もっと早くここへ移動すべきだったのかもしれませんね」

 デスタンの表情が微かに陰る。また、声も同じように変化する。
 他者の声色の変化など気づきそうにないリゴールだが、目の色を変えた。デスタンが放つ雰囲気の微かな変化に、リゴールは気づいたようだ。

「まさか! そんなことはありませんよ、デスタン」

 リゴールは笑顔を作り、デスタンに話しかける。

「貴方の頑張りがあったからこそ、わたくしもエアリもミセさんの家に泊めてもらえたのです。そして、それがあったからこそ、野宿せずに済みました。ですから、わたくしはデスタンの頑張りにも凄く感謝していますよ」

 華奢な彼の口から出るのは、優しさ。善良な彼を映し出す鏡のような言葉。それらは、ややひねくれ気味なデスタンにさえ、すんなりと染み込んでゆくようで。

「……気遣いは不要です」
「あ。もしかしてデスタン、照れていますか?」

 リゴールが冗談混じりに問う。
 するとデスタンは強く「照れてなどいません!」と返した。

「……直球で礼を述べられると、どのように返すべきか分からず、少し困ってしまう……ただそれだけのことです」
「やはり照れていますね!」
「もう一度申し上げますが、照れてなどいません!」
「デスタン! どう見ても照れていますよ!」

 いや、あの、そんなことで言い合いしなくていいから……。

 そう言いたくなるのを飲み込みつつ、私はそっと口を挟む。

「照れていても照れていなくても、どっちでもいいんじゃない?」

 するとリゴールとデスタンは、唇を閉ざして視線を合わせ、それから数秒して、呆れたように笑みを浮かべ合っていた。

 なんだかんだで仲良しなのだ、彼らは。
 まるで女子同士の親友のようなのだ、二人は。

 そして私は、たまに浮いてしまう!

 ……いや、そこはおいておくとしようか。

「確かに、言われてみればそうですね。まさにエアリの言う通りです」

 苦笑しながら先に発したのはリゴール。

「……無益な言い争い、失礼しました」
「デスタンは悪くありませんよ。わたくしがあまりよろしくないことを言ったのが問題です」

 いつだって傍にいて、時にすれ違い、ぶつかり合うことはあっても、本当に憎しみ合うことはなく。どんなことがあっても、最後はまた笑って顔を見合わせられる。

 私もいつかそんな相手がほしい——少し、そう思った。

「ところで、王子」
「何でしょう?」
「今後はいかがいたしましょう」

 デスタンからいきなり話を振られ、リゴールは首を傾げる。

「ここで暮らしてゆくのではないのですか?」
「そうではありません。私が質問しているのは、ブラックスターの輩への対応です」

 瞬間、リゴールの無垢な瞳が曇った。

「……また現れるでしょうか」

 両の瞳に不安の色を滲ませながら漏らすリゴールに、デスタンは「恐らくは」と告げた。
 デスタン本人に悪意はないということは、重々承知している。が、平淡な言い方ゆえ、私には少し心ない口調に感じられてしまった。

「エアリの話によれば、グラネイトは身を引くということでしたが……ブラックスターに狙われる定めは変わらないのでしょうか……」

 片手を口元へ添えつつ、独り言のように発するリゴール。デスタンは、それに、きっぱりと返す。

「私に未来予知能力はありません。ですから、未来は分かりません」

 リゴールはすぐに言葉を返すことはできずにいた。そのため、室内に沈黙が訪れてしまう。それを気にしてか否かは不明だが、デスタンが続けて言葉を放つ。

「ただ、私は、王子をお護りするためにできることはすべて行っていこうと、そう考えています」

 デスタンは真剣な顔つきだ。

「第一は、必要な時に戦えるよう私自身が強くなること。そして次に」

 そこまで言って一旦言葉を切ると、デスタンは私へ視線を向けてきた。

「剣を持つ彼女が、ある程度まともに戦えるようになること」
「わ、私!?」
「はい。貴女は剣に選ばれた特別な存在、だからこそ、努力することが必要です」

 妙に辛口だ。
 もっとも、間違っていると言う気はないが。

「……そうね。戦えるようになるには、努力が必要だわ」
「自覚があるだけましですね」

 失礼! と内心放ちつつも、敢えて過剰に反応することは避け、滑らかに話が進むよう心がける。

「けど、何から始めればいいのか、さっぱりだわ」
「個人での基礎的な体力作りは必要ですが、剣の技を教えてもらえる場所があれば最良かと」
「剣の技……」

 今デスタンと話していることが私のことであるという実感は、まったくと言っていいくらい湧かない。体力作りだとか、剣の技だとか、よく分からない。

「デスタンさんに習うというのじゃ駄目?」
「できません」
「即答!?」
「私は剣の扱いには長けていませんから、貴女に教えるには相応しくない人間です」

 嫌だから、という理由ではなかったようだ。
 それがせめてもの救い。

「話は戻りますが……第三は、新たな戦力を味方につけるということです」
「新たな戦力とは?」

 笑いたくなるくらい王道の問いを放ったのは、リゴール。

「戦える者、という意味で言いました」
「つまり……戦える味方を増やすということですね?」
「はい」

 デスタンが言うことも、分からないことはない。

 彼一人や素人の私が必死に頑張ったところで、できることは限られている。それに、場合によって敵が大勢ということも考えられるわけだから、二人でリゴールを護ることができるのかと聞かれれば、気軽には頷けまい。

 そういう意味では、戦える味方が増えるというのはありがたいことだ。

 ただ、問題は残る。

 まずは、戦える者をどこで見つけるのか。
 世の中に手練れはそう多くはないはず。ブラックスターの者と渡り合えるような人間を探すのは、楽ではないだろう。

 そして、もし戦える者を見つけたとして、その者をいかにして味方とするのか。

 知り合いの知り合いなどなら比較的スムーズに味方になってくれるかもしれない。だが、赤の他人であったなら、味方になってもらうだけでも一苦労だろう。

「ではデスタン。戦闘能力が高い者を見つけなくてはならない、ということですね?」
「はい」
「それは……貴方が見つけられますか?」

 リゴールの問いに対し、デスタンは、「善処します」と柔らかく答えた。
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