あなたの剣になりたい

四季

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episode.77 鎖とウシガエル

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 剣の柄を握る手に力を込める。
 そうして大きく振りかぶり、勢いよく剣を振りきった。

 だが、男は素早く反応し、大きな筋肉のついた片腕で剣の先を防いだ。

 片手はリゴールを捕らえた状態のまま、もう一方の腕で攻撃を防ぐなんてことができるなんて、かなり驚きだ。

「おぅおぅ、若々しいなぁ」
「……やるわね」
「やるわね、だと? 馬っ鹿じゃねぇか!? 小娘が俺に敵うわけねぇだろ!」

 それもそうか。
 あっさり勝てる、なんてこと、あるわけがない。

 世の中、そんなに都合よくできてはいない。

「……そうね」
「おぅ? 妙に物分かりがいいじゃねーかー」
「でも、リゴールを連れていかせるわけにはいかないわ!」

 私はさらに剣を振る。
 しかし、なかなか上手く命中しない。

 ブラックスターのグラネイトなんかが使役していた小型生物が相手なら、滅茶苦茶振っていてもそれなりに倒せたのだが。

 鎖の男はこの世の人間。
 だが、それでも強い。
 実はブラックスターの人間なのではないかと思ってしまうほどに、軽やかな動きをする。

「……っ!」

 繰り出された男の拳が、剣の刃部分に命中する。
 剣は私の手をすり抜け、飛んでいってしまった。

「おぅおぅ! これで武器なしだぜぇー!」
「そんな……」

 剣がなくては戦えない。けれど、遠くへ飛んでいってしまった剣を取りに行く時間はない。そんなことをするのは愚か。ただ隙を作るだけの行為だ。ただ、剣がなくては何もできないということも、また事実なのだけれど。

「逃げて下さい、エアリ!」

 手首を掴まれているリゴールが叫ぶ。

「できないわ! そんなこと!」

 私はそう返した。
 そんなやり取りをする私たちを、男は嘲笑う。

「おぅおぅ、馬鹿じゃねぇか? いいぜ。ついでに一緒に連れていってや……うぐぅ!?」

 男は突如、唇を尖らせ、唾液を吹き出す。

 その瞬間は何が起きたのか分からなかった。が、数秒経って、リゴールが男の脛に蹴りを入れたのだと分かった。

「うぐ……」
「エアリに手を出させはしません!」

 鋭い言い方をされた男は、苛立ったらしく眉間に多くのしわを寄せ、だみ声で叫ぶ。

「この雑魚がぁ!」

 下顎を豪快に下げ、手が入りそうなほど大きく口を開き、透明感のない声で怒鳴る男。彼にはもはや、品の欠片もない。

「わたくしのことは何とでも言って構いません。しかし、エアリに対し乱暴な手を行使することは許せません」

 至近距離から威圧的に怒鳴られても、リゴールは平静を保っている。落ち着いた調子で物を言えるくらい冷静だ。

 そんなリゴールの頬を、男は躊躇なく殴った。

「テメェの許しなんぞ要らん!」
「っ……」

 殴られたリゴールは、面に戸惑いの色を浮かべている。
 即座に今の状況を理解するというのは、彼には難しかったようだ。


 ——その時。

 扉が開き、一人の男が駆け込んできた。

 入ってきたのは、ウシガエルのような顔をした男だ。鎖の男の頭部を四角形と表現するならば、今現れた男の頭部は楕円形。皮膚にはでこぼこが多く、美しいとは言えないが、くりっと丸い目はどことなく愛嬌がある。

「頭! ヤバいど!」

 可愛いのは目もとだけではなかった。声もかなり可愛らしい。高く、女の子のような雰囲気がある声だ。

「何だ! どうした!」
「途中まで上手くいってたど! けど、ヤバいやつが現れて、皆どんどんやられていってるんど!」

 ウシガエル顔の男は、長くない手足をパタパタ動かしながら発する。

「何だそれは!」
「早く引き揚げた方がいいど!」
「そういうことなら……やれ」

 ウシガエル顔の男は、鎖の男の命に、こくりと頷く。

 刹那。

「えっ……」

 背後に、人の気配。
 うなじに何かが当たる。

「あ……」

 一瞬のことだったから、何が起きたのか分からなかった。

 何? 一体何が起きたの?

 そんなことを考えていると、みるみるうちに視界が狭まってきた。
 世界が遠ざかってゆくような感覚。

 ——そして、意識は途切れた。


 ◆


 見える。薄暗い世界が。

 ここは夢? それとも現実?

 それすら分からぬまま、灰色に染まった世界を見つめる。

 若葉色の大地は、朱の炎が包んでいる。炎は、まるで生き物であるかのように不気味にうねり、すべてを塵に還す。そして、そこから昇るのは煙。嵐の前の雨雲のごとき邪悪な色をした、煙だ。信じられないくらい勢いがあり、一秒経過するごとに、大きく大きく広がってゆく。

「これは一体……」

 見下ろすのは、悪夢のような光景。
 夢なら醒めて、と、願わずにはいられない。

 炎に襲われておらずとも、命の危機に瀕してはおらずとも、このような時が続くことには耐えられない。自らへの実害は皆無であれども、見つめ続ける、ただそれだけで心が痛く。こんな光景を目にし続けていては、どうにかなってしまいそう。

 この前の夢といい、今の妙な現象といい、最近の私は見たくないものばかり見てしまう。

 単なる不運と言ってしまえばそれまで。
 けれど、本当にそうだろうか。

 もちろん過去にも悪い夢をみることはあった。恐ろしい夢、君が悪い夢、そういったものを一度もみたことがないというわけではない。

 しかし、こうも連続すると、不自然さを感じずにはいられないというものだ。

「ここはどこなの……? これは一体何なの……?」

 何もかも、よく分からない。
 なぜこんな光景を目にしているのかさえ、分からない。

 どうか私を、ここから連れ出して——。


 ◆


 ……。

 …………。

 はっ、と、目が覚める。

 瞼を開けると、一面黒い天井のようなものが視界に入った。いや、正しくは、視界を埋め尽くしていた、かもしれない。とにかく、黒いものだけが見えていたのだ。

 取り敢えず起き上がろうとして——それから気づく。

 両手首が拘束されていることに。

 指を動かしてみていると、ひんやりしたものが指先に触れた。無機質な感覚に、「あぁ、やはり拘束されているんだな」と、改めて思う。

 腕を使えず苦労しつつも、上半身を起こす。すると、足も鎖で拘束されていることが分かった。

「何よこれ……まるで罪人じゃない」

 辺りを見回すうちに、私は、誰もいない部屋に放り込まれているのだと知った。
 しかも、壁四面のうち一面だけは格子になっている。それが、牢らしさを益々高めているように感じられた。
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