あなたの剣になりたい

四季

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episode.83 宵の幕開け

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 私——エアリ・フィールドは、今、牢にいる。

 暗闇は嫌いだ。何もなくとも、段々気が滅入ってきてしまうから。

 それに、このいかにも罪人のような扱いも、どうも納得できない。罪を犯したなら諦められるかもしれないが、「悪いことなど何もしていない」という意識があるだけに、こんな風に牢に閉じ込められるのは不愉快だ。

 とはいえ、力無き私に抵抗する術はない。

 牢の中で座り、ただじっとしていることしかできない。

 幸い、現時点では、身体の拘束は軽い。手足の拘束はなく、見張り付きの牢に閉じ込められるだけで済んでいるのだから、ある意味幸運と言えよう。

 だが、少しでも不審な動きをしたならば、今の私にほんの少し残された自由を、一瞬にして失うことになるに違いない。

 それゆえ、反抗的な態度を取ることは許されず。結局私は、牢の中でじっとしているしかないのだ。

 リゴールは大丈夫だろうか。
 酷い目に遭わされてはいないだろうか。

 静寂の中、私は、そんなことばかり考えてしまう。

 そして、そんなことばかりを考えてしまうがために、胸の内は一向に晴れない。

 長い長い洞窟を歩いているのかと思うほどの暗闇に、私はいる。


 ——その晩。

 見張りに「就寝時間だ」と言われ、私は眠りについた。

 だが、すぐに目を覚ますことになる。
 というのも、何も見えぬ暗闇の中で、ガチャガチャという妙な音が聞こえたのだ。

 私は、その音に起こされた。

 その音を聞いた時、私は焦り、すぐに上半身を起こした。誰かが仕留めに来たのではないか、と、そう思って。

 そして、叫ぶ。

「何なの!?」

 牢内は暗闇ゆえ、視界は良くない。だからこそ、私は声を発したのである。
 けれど、私の発言に対する返答はなく。ただ、数秒後に、すぐ傍にまで迫る人の気配を感じ取った。

「……静かに」

 声は私の耳元で囁く。
 女性の声だ。

「……騒ぐな」
「な、何なの。貴女は」

 恐怖を感じつつも尋ねる。
 すると、女性の声は答えた。

「……我が名は、ウェスタ」

 聞き覚えのある名に、私は戸惑う。

「ウェスタ……?」
「そう」

 それから三秒ほどが経過した時、頬に白い指が触れた。白い手袋をはめた指が。

 恐る恐る目を見開くと、目の前に人の輪郭が浮かび上がる。

 確かに、私が知るウェスタだった。
 この世のものとは思えぬような髪と瞳の色。そして、デスタンによく似た目鼻立ち。

「どうして貴女が……」
「話は後。一旦ここを出る」

 ウェスタはひそひそ話のような声で言う。

 私の脳内は、疑問符で満ちる。色々質問したい気分だ。しかし今は、たくさんの問いを放って良さそうな雰囲気ではない。だから私は、事情をまったく理解できぬまま、「分かったわ」と小さく返した。


 突如現れたウェスタに連れていかれた先は、部屋。
 それも、ベッドやタンスくらいしか置かれていない、色気ない部屋だった。

 だが、そこには見知った顔があって。

「デスタンさん!」

 彼がこんなところへ来ていることなどまったく予想していなかったので、かなり驚いてしまった。
 ベッドに腰掛けていたデスタンは、部屋に入った私をちらりと見ると、冷ややかに言ってくる。

「しっかりして下さいよ」

 いきなり厳しい。

「助けてくれて、ありがとう」
「王子諸共誘拐されるとは、貴女、一体どういう神経をしているのですか」

 やはり厳しい。
 彼は私のことを心配してなどいないようだ。

 ……いや、それも当然か。

 デスタンはあくまでリゴールの護衛。私の護衛ではない。だから彼は、リゴールの身を案じることはあっても、私のことを心配することはないのだろう。

「ごめんなさい」
「以後、気をつけて下さい」
「そうね。分かったわ」

 何もそこまで言わなくても! と言いたい気分。

 でも言えない。

 リゴールを護ることさえできず、二人まとめて連れていかれるなんて結果になってしまったことは、まぎれもない事実だから。

 とはいえ、注意されると悲しくなってしまう。

 私が一人で若干落ち込んでいると、デスタンがベッドから立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
 何だろう、と思っていると、彼は手を差し出してくる。その手のひらには、ペンダントが乗っていた。

「……え?」

 思わず漏らしてしまう。
 すると、デスタンは苛立ったような顔をした。

「さっさと取って下さい」
「あ、ありがとう」

 私は彼の黒い手袋をはめた手から、ペンダントを受け取る。

「ウェスタの情報によれば、王子の処刑は明日中とのこと。ですから、処刑場にて彼を救出します」

 デスタンは淡々と述べる。

 彼がリゴールを助けようとしてくれていることが分かったことは嬉しい。だが、ホワイトスター王子の処刑ともなれば、警備も厳しいだろう。

「……そんな簡単に助けられるかしら」

 不安になってそう言ったところ、デスタンはまた不快そうな顔をした。

「私とて、簡単なこととは思っていません」
「そうよね」
「ただ、簡単でないということは、助けに行かぬ理由にはなりませんから」

 デスタンの決意は固いようだった。

 彼の双眸は凛々しく、鋭い。
 どんな暗雲も払えるだろう——そんな風に思わせてくれる顔つきを、今の彼はしている。

「ウェスタには、警備を外へ引き付ける役を任せます。ですから、処刑場へ乗り込むのは貴女と私。分かりましたか」
「えぇ、分かったわ。ウェスタ……ウェスタさんも協力してくれるのね」
「はい。それは決まっています」

 私は恐る恐る、ウェスタへと視線を移す。そうして目が合った瞬間、彼女はゆっくりと、一度だけ頷いた。

「けど、処刑場へ乗り込むのは貴方とウェスタさんの方が良いのではない?」
「馬鹿を言わないで下さい」
「ちょっ……馬鹿って何よ!」
「貴女に警備を引き付ける役が務まるわけがないでしょう」

 それは、確かに。

「えぇ、それもそうね」

 最初はそこまで思考がたどり着いていなかったが、よく考えてみれば、デスタンの発言は正しいと思えた。

「分かったわ。じゃあ、私は貴方のお手伝いをするわね」
「しっかり頼みます」

 正直、上手くやる自信はあまりない。

 ——でも。

 だからといって逃げていては、何も変わらない。何も変えられない。
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