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episode.102 真の剣で
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窓の外は薄暗い。空全体が、厚い雲に覆われ、灰色に染まっている。そして、大地には雨粒が激しく降り注ぐ。
雨降りは久々だ。
けれど、嫌いではない。
こんな日にしか感じることのできない湿り気。私はそれが、案外好きだったりする。
ただ、外へ出掛けられないことは少し残念だ。
晴れていれば、どこかへ出掛けることもできただろうに。
そんな思いを掻き消すように、私は訓練に取り組む。
もちろん、リョウカに協力してもらいつつの訓練だ。
まずは素振りや簡単な運動で体を起こす。それからが訓練の本番だ。木製の剣を手に実践に近い形式で対戦をしたり、フラッグ取り競争で息抜きしたり。
動くことは疲れる。
だが、嫌だとは思わない。
薄暗い日だからこそ、動いている方が心が落ち着く。じっとしているより心地よいのだ。
先日、高齢男性との交戦で腕に怪我を負った時は、剣の扱いに支障が出ないか少々不安になった。が、問題はなさそうだ。怪我は順調に治ってきているし、動きもそれほど落ちていない。
「ふぅー。エアリ、急成長したんじゃない?」
十本勝負、五勝五敗。
本気を出されれば勝ちようがないだろうが、多少手加減してくれているリョウカにならちょくちょく勝てるようになってきた。
「そう?」
「うんっ。動きが良くなってるよ!」
リョウカは、向日葵のような笑みを浮かべると同時に、私の動きを褒めてくれた。
素人の目さえも惹きつける華麗な剣技を持つ彼女に褒められると、嬉しくて、ついうっかり顔面を緩ませてしまいそうになる。だから私は、だらしない顔をしてしまわないよう、常に意識している。
「そう言ってもらえたら嬉しいわ。けど、まだまだよ」
「十戦で五勝! 誇っていいよ!」
「ありがとう、リョウカ」
礼を述べてから、私は恐る恐る言う。
「もし大丈夫なら……もう一度付き合ってもらっても構わない?」
「十本勝負?」
「えぇ。それと、今度は木の剣でなく、本物の剣でやってみるというのはどうかしら」
付き合ってもらっている身で提案をするなどおこがましいかもしれない。そう思いはしながらも、勇気を出して言ってみた。
するとリョウカは快晴の空のような声で返してくる。
「本物の剣! エアリ、なかなか面白いねっ」
「どうかしら……」
「あたしはいいよ。エアリはペンダントの剣を使うの?」
「そうしようと思うわ」
首元からペンダントを取り出す。
その瞬間、問題を思い出した。
「あ」
根本的なところの問題を。
「どうかした?」
「そうだった……このペンダント、リゴールを護るためにしか剣にならないんだったわ……」
リゴールが近くにいるわけでもない。彼を狙う敵が迫っているわけでもない。危機も何もないこの状況では、ペンダントを剣に変えることはほぼ不可能。
「えぇっ、そうなの!?」
「ごめんなさい……やっぱり、本物の剣で戦うのは無理そうね……」
実際敵とやり合う時に使うのは、このペンダントの剣。
だから、この剣でも訓練を行ってみておきたかった。
けれど、ペンダントが剣に変わってくれないことには、どうしようもない。訓練なんてできっこない。
そう思い、少し落ち込んでいると。
「あ! じゃあさ、リゴールをここに呼んだら良くない!?」
リョウカが提案してきてくれた。
「でも、危機じゃないと使えるかどうか分からないわ……」
「あたしがリゴールに攻撃を仕掛ければ、変わるかもよ!?」
「……そこまでしてくれるの」
ペンダントの剣を使っても練習もしておきたい、という本音は今も変わらない。だが、リョウカに加えリゴールにまで協力してもらうとなると、申し訳ないという気持ちが膨らんでしまって。
「あたしにしてみれば、お安いご用だよ!」
だが、そんな罪悪感は、リョウカの言葉によって消えた。
「ありがとう、リョウカ」
「じゃあ早速! リゴールを連れてきてみて!」
「そうね。呼んでみるわ」
こうして、私はリゴールを呼びに行くことにした。
玄関から入ってそこそこ近くにある広間でリゴールを発見した私は、彼に事情を説明した。そして、訓練に協力してほしい、というようなことをお願いした。すると彼は、「承知しました、エアリ。お任せ下さい」と、快く頷いてくれて。話は非常にスムーズに進んだ。
リョウカのいるところへリゴールを連れていき、早速訓練を再開する。
「じゃあ予定通り、あたしが彼を狙うね!」
「頼むわ、リョウカ」
部屋の中央にリゴール。
彼を静かに見据えるのは、刀という名の剣を手にしたリョウカ。
私はその間に立つ。
右手にペンダントを握りながら。
「行っくよー!」
リョウカは風を切り、走り出す。
接近まで時間はない。
「剣!」
ペンダントは白い輝きをまとう。
そして、みるみるうちに形を変え、剣となった。
「ふっ!」
「ん……くっ……!」
リョウカの手に握られた刀の刃部分が迫る。
私は咄嗟に柄を当て、それを防ぐ。
——そして幕開ける攻防。
剣を握っていると、木製の剣での訓練との感覚の違いを、改めて感じた。
まず、握っている柄の素材が違う。そのため、剣を持つことそれだけでも、いつもと異なる感覚を覚えずにはいられない。
そして、重みも違う。長さ自体はほぼ同じなのだが、こちらも素材の違いゆえに重量が異なる。そのため、剣を振る際の力の入れ方も、少し変えなくてはならない。自身が思う振り方をするためには、どの程度の力を使うのか——ペンダントの剣を実際に使用することによって、それが、徐々に明確になっていくような気がする。
それらの違いもかなり大きくはある。
が、最も大きい違いは、それらではない。
木製の剣での訓練と一番違ってくるところは、緊張感。
相手もこちらも、本物の剣を使っている。それはつまり、少しでも気を抜けば斬られるかもしれないということ。
斬られる可能性が生まれた瞬間、模擬戦は単なるお遊びではなくなる。お遊びの要素は消え去り、真の戦いへと姿を変える。そこに残るのは、緊張感。そして、奪われるかもしれないと思うことで初めて湧き上がる、生への執着。
本物の剣を使って戦うことの一番の意味は、実戦に近い心境で戦えることかもしれないと、私は密かに思ったりした。
雨降りは久々だ。
けれど、嫌いではない。
こんな日にしか感じることのできない湿り気。私はそれが、案外好きだったりする。
ただ、外へ出掛けられないことは少し残念だ。
晴れていれば、どこかへ出掛けることもできただろうに。
そんな思いを掻き消すように、私は訓練に取り組む。
もちろん、リョウカに協力してもらいつつの訓練だ。
まずは素振りや簡単な運動で体を起こす。それからが訓練の本番だ。木製の剣を手に実践に近い形式で対戦をしたり、フラッグ取り競争で息抜きしたり。
動くことは疲れる。
だが、嫌だとは思わない。
薄暗い日だからこそ、動いている方が心が落ち着く。じっとしているより心地よいのだ。
先日、高齢男性との交戦で腕に怪我を負った時は、剣の扱いに支障が出ないか少々不安になった。が、問題はなさそうだ。怪我は順調に治ってきているし、動きもそれほど落ちていない。
「ふぅー。エアリ、急成長したんじゃない?」
十本勝負、五勝五敗。
本気を出されれば勝ちようがないだろうが、多少手加減してくれているリョウカにならちょくちょく勝てるようになってきた。
「そう?」
「うんっ。動きが良くなってるよ!」
リョウカは、向日葵のような笑みを浮かべると同時に、私の動きを褒めてくれた。
素人の目さえも惹きつける華麗な剣技を持つ彼女に褒められると、嬉しくて、ついうっかり顔面を緩ませてしまいそうになる。だから私は、だらしない顔をしてしまわないよう、常に意識している。
「そう言ってもらえたら嬉しいわ。けど、まだまだよ」
「十戦で五勝! 誇っていいよ!」
「ありがとう、リョウカ」
礼を述べてから、私は恐る恐る言う。
「もし大丈夫なら……もう一度付き合ってもらっても構わない?」
「十本勝負?」
「えぇ。それと、今度は木の剣でなく、本物の剣でやってみるというのはどうかしら」
付き合ってもらっている身で提案をするなどおこがましいかもしれない。そう思いはしながらも、勇気を出して言ってみた。
するとリョウカは快晴の空のような声で返してくる。
「本物の剣! エアリ、なかなか面白いねっ」
「どうかしら……」
「あたしはいいよ。エアリはペンダントの剣を使うの?」
「そうしようと思うわ」
首元からペンダントを取り出す。
その瞬間、問題を思い出した。
「あ」
根本的なところの問題を。
「どうかした?」
「そうだった……このペンダント、リゴールを護るためにしか剣にならないんだったわ……」
リゴールが近くにいるわけでもない。彼を狙う敵が迫っているわけでもない。危機も何もないこの状況では、ペンダントを剣に変えることはほぼ不可能。
「えぇっ、そうなの!?」
「ごめんなさい……やっぱり、本物の剣で戦うのは無理そうね……」
実際敵とやり合う時に使うのは、このペンダントの剣。
だから、この剣でも訓練を行ってみておきたかった。
けれど、ペンダントが剣に変わってくれないことには、どうしようもない。訓練なんてできっこない。
そう思い、少し落ち込んでいると。
「あ! じゃあさ、リゴールをここに呼んだら良くない!?」
リョウカが提案してきてくれた。
「でも、危機じゃないと使えるかどうか分からないわ……」
「あたしがリゴールに攻撃を仕掛ければ、変わるかもよ!?」
「……そこまでしてくれるの」
ペンダントの剣を使っても練習もしておきたい、という本音は今も変わらない。だが、リョウカに加えリゴールにまで協力してもらうとなると、申し訳ないという気持ちが膨らんでしまって。
「あたしにしてみれば、お安いご用だよ!」
だが、そんな罪悪感は、リョウカの言葉によって消えた。
「ありがとう、リョウカ」
「じゃあ早速! リゴールを連れてきてみて!」
「そうね。呼んでみるわ」
こうして、私はリゴールを呼びに行くことにした。
玄関から入ってそこそこ近くにある広間でリゴールを発見した私は、彼に事情を説明した。そして、訓練に協力してほしい、というようなことをお願いした。すると彼は、「承知しました、エアリ。お任せ下さい」と、快く頷いてくれて。話は非常にスムーズに進んだ。
リョウカのいるところへリゴールを連れていき、早速訓練を再開する。
「じゃあ予定通り、あたしが彼を狙うね!」
「頼むわ、リョウカ」
部屋の中央にリゴール。
彼を静かに見据えるのは、刀という名の剣を手にしたリョウカ。
私はその間に立つ。
右手にペンダントを握りながら。
「行っくよー!」
リョウカは風を切り、走り出す。
接近まで時間はない。
「剣!」
ペンダントは白い輝きをまとう。
そして、みるみるうちに形を変え、剣となった。
「ふっ!」
「ん……くっ……!」
リョウカの手に握られた刀の刃部分が迫る。
私は咄嗟に柄を当て、それを防ぐ。
——そして幕開ける攻防。
剣を握っていると、木製の剣での訓練との感覚の違いを、改めて感じた。
まず、握っている柄の素材が違う。そのため、剣を持つことそれだけでも、いつもと異なる感覚を覚えずにはいられない。
そして、重みも違う。長さ自体はほぼ同じなのだが、こちらも素材の違いゆえに重量が異なる。そのため、剣を振る際の力の入れ方も、少し変えなくてはならない。自身が思う振り方をするためには、どの程度の力を使うのか——ペンダントの剣を実際に使用することによって、それが、徐々に明確になっていくような気がする。
それらの違いもかなり大きくはある。
が、最も大きい違いは、それらではない。
木製の剣での訓練と一番違ってくるところは、緊張感。
相手もこちらも、本物の剣を使っている。それはつまり、少しでも気を抜けば斬られるかもしれないということ。
斬られる可能性が生まれた瞬間、模擬戦は単なるお遊びではなくなる。お遊びの要素は消え去り、真の戦いへと姿を変える。そこに残るのは、緊張感。そして、奪われるかもしれないと思うことで初めて湧き上がる、生への執着。
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