あなたの剣になりたい

四季

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episode.110 死んだように眠り

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 その晩、私は死んだように眠った。
 座り込んだ後、暫し泣き、それから何とか立ち上がって。そうして自室へ戻ると、ベッドに飛び込み。そのまま寝たのである。

 優しいエトーリアがあんなこと言うなんて、信じたくなくて……。


 気づけば、朝。
 窓の外は晴れていた。

 まだ重い体を起こし、組んだ両手を上へと伸ばして、背伸びをする。

 太陽の光が降り注ぐ朝。こんな爽やかな朝は、いつ以来だろう。

 もうずっと雨が続いていたから気も重かったが、晴れてくれれば、きっと心も爽やかになってくるはず。そう思ったが——そんなに簡単なことではなくて。

 やはり、まだ、爽やかな気持ちにはなれそうにない。

 こんなに心が重いのは、昨夜あんなことがあったせい?

 ……いや、違う。

 多少は関係があるかもしれないけれど、エトーリアだけのせいではない。

 あぁ、なんて惜しい朝。
 空は晴れ渡り、私の心も晴れていたなら、きっと素晴らしい目覚めだっただろうに。

 一人そんなことを考えていると、誰かが扉をノックしてきた。

「エアリお嬢様! いらっしゃいますか?」

 バッサの声。
 私は少し迷ったけれど、バッサなら問題はないだろうと思い、「入って」と言っておいた。

 すると扉がゆっくり開き、バッサの張りのある顔が覗く。

「おはよう、バッサ」

 明るい声で挨拶しておく。
 無意味な心配をさせるわけにはいかないから。

「おはようございます。……ところでエアリお嬢様、どうかなさったのですか?」
「え?」
「朝食の時間にお見かけしなかったので……」
「えっ、もうそんな時間?」

 まさかもう朝食が済んでいたなんて。正直、想定外だった。まだ朝早い時間だと思っていただけに、驚きを隠せない。

「そうですよ。今からお食べになります?」

 どうしよう。
 お腹はそんなに空いていないのだけれど。

 でも、体調不良ではないのだから、食べないというのは少々不審かもしれない。

「……少しだけいただこうかしら」

 だから私はこう答えた。

「いつもの食堂で? それともこちらで?」
「食堂にするわ。わざわざ持ってきてもらうのも申し訳ないし」
「承知しました」

 バッサはそう言って、張りのある顔に愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる。
 しわはそれなりにあるし、若そうな顔というわけではないが、しおれきってはおらず。むしろ、若者より生き生きしているくらいだ。重ねた年が良い方に出ていると言えるだろう。


 簡単に準備を済ませ、食堂へ向かう。
 朝食は皆とうに済ませているからか、既に人気ひとけはなかった。

 食堂にある椅子の一つに腰掛けていると、しばらくして、バッサが食事を運んできてくれる。

「お待たせしました」
「そんなに待っていないわ」
「そうでしたか?」
「えぇ、そうよ」

 バッサが運んできてくれたお盆を受け取っていた、ちょうどその時。エトーリアとリゴールが並んで歩いてくるのが見えた。

 二人に届かないくらいの小さな声で、バッサに尋ねる。

「あれは何?」

 するとバッサは返す。

「え? あ、はい。朝食の後、少し話をするからと、お二人で食堂を出ていかれましたよ」

 ……嫌な予感しかしない。

 昨夜私は、エトーリアとの話を、途中で切ってしまった。結果、意見が一致するところまでは話し合えていない。だから、エトーリアがリゴールに何か余計なことを言った可能性も、ゼロとは言えないだろう。

 できれば、何でもない話であってほしいのだけれど。
 そんなことを考えていると、偶々、歩いてくるリゴールと目が合った。

「おはようございます」
「……あ。お、おはよう」

 リゴールは何事もなかったかのような自然な挨拶をしてくる。が、色々考えていたせいもあり、私は自然には返せなかった。だが、リゴールは気にしていないようで、穏やかに微笑む。

「起きられたのですね」
「えぇ」
「良かった。安心しました」

 短い言葉を交わした後、リゴールはエトーリアに軽く頭を下げ、食堂から出ていく。
 私としては彼に聞きたいことがいくつもあったのだが、それらを問う時間はなかった。

 リゴールと別れたエトーリアは、静寂という単語の似合うような笑みを浮かべながら、穏やかな声で「おはよう、エアリ」と言ってくる。私は昨夜のことを気まずく思いながらも「おはよう」と返した。するとエトーリアは、隣の椅子に、ゆったりとした品のある所作で腰掛ける。

「……リゴールと何を話していたの?」

 恐る恐る問いを放つと、彼女は目を僅かに伏せて答える。

「昨夜のことよ」

 やはり。
 あぁ、もう、どうして。

 リゴールは自然に挨拶してくれたから、そのパターンは避けられたかもしれないと安易に考えた私が、どうしようもなく馬鹿だった。

「……余計なこと言ったんじゃないでしょうね」

 無意識のうちに、声が低くなってしまう。

「余計なことは言っていないわ。もちろん、傷つけるような言い方もしていないわよ。ただ、『敵襲の可能性が低くなるまで、エアリとは距離をおいておいて』と伝えただけよ」

 確かに、傷つくほど鋭い言い方ではなかったかもしれない。エトーリアは元々そんなに鋭い物言いをする人間ではないから、そこは、必要以上に心配することもないだろう。

 ただ、少々直球過ぎやしないだろうか。
 何でもぼかした言い方にすれば良い、というわけではないが、「もう少しどうにかならなかったの?」と思わずにいられない。

「エアリより、彼の方が、わたしの言いたいことをきちんと理解してくれたわ」

 何それ、嫌み?

「とにかく、そういうことだから。だからエアリも、今日からは、彼に依存することなく生きるといいわ」

 依存、なんて表現を使われ、複雑な心境。様々な色の絵の具を混ぜたような、心の色。言葉では上手く表せない心境で、けれども、それは確かに存在している。


 遅めの朝食を終えた私は、一旦、部屋へ戻ることにした。が、その途中で、リゴールにばったり出会ってしまう。

 今、一番会いたくない相手だ。しかし、真正面から歩いてこられると、無視するわけにはいかなくて。

「あ、エアリ。奇遇ですね」
「どこかへ行くところ?」
「はい。デスタンに会いに行こうかと」

 リゴールが発するのは、控えめな声。

「私も行って構わない?」
「はい……あ。しかし……その、すみません」

 凄まじく気まずそうな顔をされてしまった。
 これもエトーリアの話ゆえだろうか。

「ねぇ、リゴール。少し質問しても構わないかしら」
「え? ……は、はい」
「母さんから何か言われた?」

 勇気は必要だった。
 けれど、何とか問うことができた。

「はい。少しお話はさせていただきました。あ! け、けど! おかしなことを言われたりはしていませんよ?」

 リゴールは妙に饒舌じょうぜつ
 何かあったことは確か、と考えて、問題ないだろう。

「母さんはリゴールのことを良く思っていないのかもしれない……でも、私はいつまでも、貴方と共にあるつもり。私の人生だもの、大切なことは私が決め——」
「お母様のお言葉、無視するべきではありません」

 私が言い終わるより早く、リゴールは言葉を発した。

「えっ……」
「エアリのお母様は善良な方ですから、貴女に害があるようなことは仰いませんよ」
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