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episode.115 温厚さはどこへやら
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白色の輝きをまとう剣を振り下ろした——が、鎌の柄で止められてしまう。
「あなた、案外卑怯ね……んふふ……」
彼女が退散するところまで一気に追い込めるかと思ったが、世の中なかなか、そう上手くはいかないようで。さすがに押し切ることはできなかった。
けれど、まだ最悪の展開ではない。
一応少しはダメージを与えられているし、そのおかげか、王妃の鎌の動きはほんの僅かに鈍っている。
とはいえ、いつまでもこんなことを続けるわけにはいかない。私の命は諦めて帰ってもらわなくては。
……でも、そんなことができる?
私は、自分で自分に問いかける。
そして私は私に答える。
できるかどうかではなく、やらねばならないのだと。
「何とでも言えばいいわ。私は、生き延びるためなら、何だってするわ」
心の迷いを振り払うように言い放つ。その発言は、一見王妃に向けた発言のようだが、本当は自身へ向けた言葉だったのかもしれない。
「んふふ……そう。どこまでも愚かね」
「愚か、ですって? まさか! 生き延びようとするのは、人間として当たり前のことじゃない」
ブラックスターではそうではないのかもしれないが、少なくとも地上界ではそれが普通だ。日頃から意識しているか否かはともかく、人間誰しも、命を奪われそうになれば「生きたい」と思うものだろう。感謝しながらだとか、笑いながらだとか、そんな風にして命を奪われていく人間など、滅多に見かけない。
「いいえ。それは違うわ。……んふふ、良いかしら? 死とは……救済なの」
王妃は話し始める。
時間稼ぎか何かだろうか。
「誰にでも平等に訪れる救い……それは『死』だけよ」
「死が救い? そんな悲しいことを言わないで!」
「事実しかいっていないわ……んふふ。これが大人の世界なのよ……?」
大人の世界?
馬鹿なことを言わないでほしい。
確かに私は、まだ、大人の世界のことは知らないけれど。でも、『死』を救済と肯定するような歪んだ空間が大人の世界だとは、とても思えない。そんなものが大人の世界なのなら、世界はもっと荒んでいるはず。
「貴女はどうして、そんな悲しいことを言うの。……過去に何かあったの? そうでないなら、そんな極端なことを言える理由が分からないわ」
王妃は極端な思想を口から出す一方で、動きを止めている。攻撃を仕掛けてはこない。鎌も、先ほどから、少しも動かしていない。
そこには何か意味があるように思えて。
だからこそ、私は言う。
「もし何かあったなら……話だけでも聞くわ。私、多分、たいしたことはできない。でも、話を聞くことくらいはできるから」
すると王妃はほんの少し寂しげな色を滲ませ、呆れたように、ふっと笑みをこぼす。
「そんなこと……何の意味もないわ」
王妃は独り言のような呟きで返してきた。
それはつまり、実は何かあるということで間違いないということなのだろうか。
きっとそうだ。
そうに違いない。
何でもないのなら、話すことなどないのなら、「そんなこと何の意味もない」なんて意味深な言い方はしないはずだ。
「まぁいいわ……んふふ、今日はここまでにしましょう」
……ん?
それは、私の命を奪うことを諦めて、去ってくれるということ?
そういうことなら、とてもありがたいのだが。
「……殺す気がなくなったということ?」
恐る恐る尋ねてみた。
すると王妃は静かに返してくる。
「んふふ……今日のところは、よ」
「ということは、またいつかは襲いに来るということね」
「んふふ……それは、ヒ・ミ・ツ」
秘密と言われるだけで複雑な心境になってしまうものだが、半分ふざけたような調子で言われたものだから、余計に何とも言えない気分になってしまった。
「じゃ」
王妃の唇が動いた直後、彼女の姿は消え去った。
私は一人、リゴールの部屋の前に取り残される。
王妃の姿が完全に消えたことを確認するや否や、膝を折り、その場に座り込んでしまった。
安堵の日差しを浴びて胸の内の氷が溶けたからだろう、恐らくは。
「は、はぁぁー……」
夜の廊下に一人座り込み、最大級の溜め息をつくのだった。
その晩は、左腕の怪我を自力で簡単に応急処置してから、ベッドで眠った。
あんなことがあった後だから眠れないかも、と思っていたのだが、意外とそんなことはなく。逆にぐっすりと眠ることができた。王妃との戦いで激しく動いたからかもしれない。だとしたら皮肉なことだ。
けれど、よく眠れるのは悪いことではない。
翌朝、私は腕の傷のことをバッサに相談してみることにした。
ブラックスター王妃に傷を負わされた、なんて、エトーリアには絶対言えないからだ。
ということで、まず、朝一にバッサを呼びつけた。話す場所は私の部屋。自室で話せば、エトーリアには聞かれないはず。
「おはようございます、エアリお嬢様。朝からどうなさいました?」
「実は……昨夜怪我してしまって」
そう告げると、バッサは首を傾げる。
「ベッドから転落なさって打ち身ですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ではどのようなお怪我ですか?」
私は寝巻きの白い左袖をめくる。
露わになるのは、浅い傷。
昨夜自力で手当てしておいたから問題はないだろうが、一応バッサにも確認しておいてほしくて。だから私は、バッサに傷を見せた。
「こ、これは! いかがなさったのです!?」
傷を目にしたバッサは叫ぶ。
「実は、その……昨夜ちょっと襲われて」
「襲われ!?」
「それで、少し攻撃を受けてしまったの」
「攻撃を受け!?」
バッサはいちいち叫びながら、目を皿のようにしている。
「敵が帰ってから、一応、自分で手当てはしてみたの。でも上手くできているか不安で。だからバッサに確認しようと思って、それで呼んだのよ」
私はひとまず真実を話した。
隠しても仕方ないから。
「エアリお嬢様! こういう場合は、もっと早く仰って下さい!」
鋭い調子で言われてしまった。
「でも、わざわざ起こすのは悪くて……」
「そのような時のための住み込み使用人です! 躊躇わず起こして下さい!」
「ごめんなさい」
「次からは遠慮せず起こすようにして下さいよ!」
今日のバッサは妙に厳しい物言いをする。いつものような温厚さは感じられない。
「あなた、案外卑怯ね……んふふ……」
彼女が退散するところまで一気に追い込めるかと思ったが、世の中なかなか、そう上手くはいかないようで。さすがに押し切ることはできなかった。
けれど、まだ最悪の展開ではない。
一応少しはダメージを与えられているし、そのおかげか、王妃の鎌の動きはほんの僅かに鈍っている。
とはいえ、いつまでもこんなことを続けるわけにはいかない。私の命は諦めて帰ってもらわなくては。
……でも、そんなことができる?
私は、自分で自分に問いかける。
そして私は私に答える。
できるかどうかではなく、やらねばならないのだと。
「何とでも言えばいいわ。私は、生き延びるためなら、何だってするわ」
心の迷いを振り払うように言い放つ。その発言は、一見王妃に向けた発言のようだが、本当は自身へ向けた言葉だったのかもしれない。
「んふふ……そう。どこまでも愚かね」
「愚か、ですって? まさか! 生き延びようとするのは、人間として当たり前のことじゃない」
ブラックスターではそうではないのかもしれないが、少なくとも地上界ではそれが普通だ。日頃から意識しているか否かはともかく、人間誰しも、命を奪われそうになれば「生きたい」と思うものだろう。感謝しながらだとか、笑いながらだとか、そんな風にして命を奪われていく人間など、滅多に見かけない。
「いいえ。それは違うわ。……んふふ、良いかしら? 死とは……救済なの」
王妃は話し始める。
時間稼ぎか何かだろうか。
「誰にでも平等に訪れる救い……それは『死』だけよ」
「死が救い? そんな悲しいことを言わないで!」
「事実しかいっていないわ……んふふ。これが大人の世界なのよ……?」
大人の世界?
馬鹿なことを言わないでほしい。
確かに私は、まだ、大人の世界のことは知らないけれど。でも、『死』を救済と肯定するような歪んだ空間が大人の世界だとは、とても思えない。そんなものが大人の世界なのなら、世界はもっと荒んでいるはず。
「貴女はどうして、そんな悲しいことを言うの。……過去に何かあったの? そうでないなら、そんな極端なことを言える理由が分からないわ」
王妃は極端な思想を口から出す一方で、動きを止めている。攻撃を仕掛けてはこない。鎌も、先ほどから、少しも動かしていない。
そこには何か意味があるように思えて。
だからこそ、私は言う。
「もし何かあったなら……話だけでも聞くわ。私、多分、たいしたことはできない。でも、話を聞くことくらいはできるから」
すると王妃はほんの少し寂しげな色を滲ませ、呆れたように、ふっと笑みをこぼす。
「そんなこと……何の意味もないわ」
王妃は独り言のような呟きで返してきた。
それはつまり、実は何かあるということで間違いないということなのだろうか。
きっとそうだ。
そうに違いない。
何でもないのなら、話すことなどないのなら、「そんなこと何の意味もない」なんて意味深な言い方はしないはずだ。
「まぁいいわ……んふふ、今日はここまでにしましょう」
……ん?
それは、私の命を奪うことを諦めて、去ってくれるということ?
そういうことなら、とてもありがたいのだが。
「……殺す気がなくなったということ?」
恐る恐る尋ねてみた。
すると王妃は静かに返してくる。
「んふふ……今日のところは、よ」
「ということは、またいつかは襲いに来るということね」
「んふふ……それは、ヒ・ミ・ツ」
秘密と言われるだけで複雑な心境になってしまうものだが、半分ふざけたような調子で言われたものだから、余計に何とも言えない気分になってしまった。
「じゃ」
王妃の唇が動いた直後、彼女の姿は消え去った。
私は一人、リゴールの部屋の前に取り残される。
王妃の姿が完全に消えたことを確認するや否や、膝を折り、その場に座り込んでしまった。
安堵の日差しを浴びて胸の内の氷が溶けたからだろう、恐らくは。
「は、はぁぁー……」
夜の廊下に一人座り込み、最大級の溜め息をつくのだった。
その晩は、左腕の怪我を自力で簡単に応急処置してから、ベッドで眠った。
あんなことがあった後だから眠れないかも、と思っていたのだが、意外とそんなことはなく。逆にぐっすりと眠ることができた。王妃との戦いで激しく動いたからかもしれない。だとしたら皮肉なことだ。
けれど、よく眠れるのは悪いことではない。
翌朝、私は腕の傷のことをバッサに相談してみることにした。
ブラックスター王妃に傷を負わされた、なんて、エトーリアには絶対言えないからだ。
ということで、まず、朝一にバッサを呼びつけた。話す場所は私の部屋。自室で話せば、エトーリアには聞かれないはず。
「おはようございます、エアリお嬢様。朝からどうなさいました?」
「実は……昨夜怪我してしまって」
そう告げると、バッサは首を傾げる。
「ベッドから転落なさって打ち身ですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ではどのようなお怪我ですか?」
私は寝巻きの白い左袖をめくる。
露わになるのは、浅い傷。
昨夜自力で手当てしておいたから問題はないだろうが、一応バッサにも確認しておいてほしくて。だから私は、バッサに傷を見せた。
「こ、これは! いかがなさったのです!?」
傷を目にしたバッサは叫ぶ。
「実は、その……昨夜ちょっと襲われて」
「襲われ!?」
「それで、少し攻撃を受けてしまったの」
「攻撃を受け!?」
バッサはいちいち叫びながら、目を皿のようにしている。
「敵が帰ってから、一応、自分で手当てはしてみたの。でも上手くできているか不安で。だからバッサに確認しようと思って、それで呼んだのよ」
私はひとまず真実を話した。
隠しても仕方ないから。
「エアリお嬢様! こういう場合は、もっと早く仰って下さい!」
鋭い調子で言われてしまった。
「でも、わざわざ起こすのは悪くて……」
「そのような時のための住み込み使用人です! 躊躇わず起こして下さい!」
「ごめんなさい」
「次からは遠慮せず起こすようにして下さいよ!」
今日のバッサは妙に厳しい物言いをする。いつものような温厚さは感じられない。
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