あなたの剣になりたい

四季

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episode.122 決意表明?

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 翌朝、私は数日ぶりに、リゴールとまともに顔を合わせた。

「おはよう、リゴール」
「あ、エアリ。おはようございます」

 廊下で私に気づいたリゴールは、丁寧に挨拶してくれた。しかし、その顔に元気そうな雰囲気はなく。顔全体の色みが暗く、しかも、目の下にはくっきりと隅ができている。

「リゴール、大丈夫?」
「え。……はい」
「何だか顔色が悪いみたいだけど」

 念のため言ってみておく。
 するとリゴールは、微かな笑みを浮かべる。

「ただの寝不足です。お気になさらず」

 単なる寝不足なら、よく眠ればそのうち回復するだろう。それならなんてことはない。案外、心配するほどのことでもないのかもしれない。

「本当に大丈夫なの?」
「はい。平気です」

 リゴールは穏やかに微笑むけれど、私には、それが心からの笑みであるとは感じられなくて。

「エアリも体調は大丈夫そうですか?」
「えぇ。……けど、少し寂しいわ。リョウカさんがいなくなって」

 デスタンが温かい言葉をかけてくれたおかげで、胸の痛みは少し緩和された。でも、痛みが完全になくなったかと聞かれれば、そうとは言えない。

「……それは、そうですね。リョウカさんは、多くを説明できない中でも味方して下さった貴重な方でしたから……」

 懐かしむように述べるリゴール。

「そんな人を殺めたのよ、私。どうしてこんなことになってしまったのかって……」

 暗い言葉を発するべきではない。
 特に、私よりもっと大きなものを背負っているリゴールには。

 そう思ってはいるのに、溢れるものを止めることはできなくて、ただただ唇が震える。

「……本当はあんなこと、すべきじゃなかった。剣を使うのではなく、術を解くことを考えるべきだったのね……」

 彼の前で暗い顔をしたくはなかった。なぜって、彼の方が日々辛い思いをしているはずだから。

 辛い思いを抱きながら生きている人に向かって、自分の辛さを主張するなんて、一番意味のないこと。
 だから、そんなことを言うべきではなかったのだ。本当は。

「いえ。わたくしはそうは思いません」
「……リゴール」
「もちろん、リョウカさんの死は悲しいこと。けれど、わたくしは、あの時のエアリの行動に感謝しています」

 リゴールはこちらへそっと歩み寄り、それから、「どうか、自身を責めたりなさらないで下さい」と声をかけてくれる。

「情けないことですが……エアリがいなければ、わたくしはあの場で斬られていたと思います。ですから、その……今こうして命があるのは、貴女のおかげなのです」

 リゴールは慰めてくれるけれど、慰められれば慰められるほど胸は痛くなる。上手く形容できない申し訳なさに襲われてしまって。

「……けど」
「いえ。本当に、エアリが気になさる必要はありません」
「でも……」
「エアリは何も気にしないで下さい!」

 突然鋭い調子で言われた。
 そのことに、私は戸惑わずにはいられなくて。

「……も、申し訳ありません。ただ、エアリは本当に、何も悪くなどないのです。わたくしが弱かったことが、あんなことになってしまった一番の原因です」

 廊下の真ん中にもかかわらず、空気は雨が降り出す直前のように重苦しい。
 そんな中、リゴールは無理矢理笑った。

「なのでわたくし、決意しました!」

 あまりの唐突さに、戸惑わずにはいられない。

「……決意?」
「はい! お母様に認めていただけるように、そして貴女にもう迷惑をかけないように、すべてに決着をつけようと決めました」

 急な決意表明。
 どう反応すれば良いのか。

 すべてに決着を、なんて、一般人であっても簡単なことではない。絡み合う多くの線の先にいる彼なら、なおさら、ややこしく難しいことになるだろう。

「ということで、ブラックスターへ行って参ります!」
「えええ!?」

 思わず叫んでしまった。
 リゴールはいきなり何を言い出すのか。理解不能だ。

「ど、どういうことよ!?」
「ブラックスターへ行き、すべてを終わらせます」
「ちょ、何!? 変よ、そんなの!」

 これはさすがに流せない。
 ブラックスターに行く、なんて。

「急にどうしたの、リゴール」
「え。なぜそのようなことを? 急にも何も、わたくしは最初から、今日ブラックスターへ向かうつもりでいたのですよ」
「え!? ちょ……えぇっ!?」

 衝撃のあまり、語彙力は失われ、まともな言葉を発することができなくなってしまった。

「駄目よ! そんなの!」

 混乱したまま、リゴールの右手首を掴む。
 リゴールは少し驚いたような目をしていた。

「……離していただけませんか」
「いいえ! ブラックスターへ行くつもりなら、離すわけにはいかないわ」

 ブラックスターには、リゴールの命を狙う者たちがいる。王や王妃、それに、その手下たちも。
 だから、そんな危険な場所にリゴールを一人で行かせるわけにはいかない。

 もし彼がそれを望んでいるのだとしても、それでも、一人でなんて絶対に行かせない。

 そんなことを許したら、デスタンに怒られそうだ。それに、私も、リゴールが孤独の中で傷つくことなど願っていない。

「エアリ……なぜ止めるのですか」
「当然じゃない。そんな無茶なこと、止めない方がおかしいわ」

 右手で右手首を、左手で左肩を。それぞれ掴んで、そのまま、リゴールの青い双眸をじっと見つめる。

「そもそも、どうやってブラックスターへ行く気?」
「一人うろついていれば、そのうちブラックスターの輩が現れるかと思いまして」

 実は計画をきちんと立てているのかも、と思い尋ねてみたが、返ってきたのはあまりに大雑把な計画だった。

 リゴールは狙われている。
 それゆえ、外で一人になれば襲われることは必至。
 それはそうかもしれない。

 否、きっとそうなるだろう。

 これまで一緒に暮らしてきたから分かる。
 間違いなくそうなる、と。

「待って、リゴール。そんな計画、いい加減過ぎよ」
「はい。それは分かっています」
「ならどうして……!?」
「それしかないからです」

 リゴールは落ち着いた調子で述べた。

「この先もエアリと共に暮らすには、今のままではいけない。そう思ったのです。これ以上迷惑をかけることがないよう、わたくしはブラックスター王と話してきます」

 控えめで、遠慮がち。それでいて、時には無邪気。そんないつものリゴールとは違う、静かで大人びた顔つき。そして、淡々とした口調。

 彼は本当にリゴールなの?

 そう言いたくなるような様子のリゴールを前に、私は言葉を詰まらせる。

「お願いです、エアリ。どうか放っておいて下さい」

 私が戸惑いのせいで何も言えなくなっている間に、彼は私の手を振り払った。しかも、手を振り払うだけではなく、歩き出してしまう。

「ま、待って! どこへ!?」
「……しばらく留守にすると、皆さんにはそうお伝え下さい」
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