あなたの剣になりたい

四季

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episode.177 貯金回収

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 戦いが一旦幕を下ろしても、シャッフェンに刃物でつけられた傷はまだ痛んでいた。激痛とまではいかないけれど、じんじんというか、ひりひりというか、そんな感覚があったのだ。受傷したばかりではないにもかかわらず。

 ただ、グラネイトが毒消し薬を飲ませてくれたおかげか、毒らしき症状が出ることはなかった。

 戦いが終わって一時間くらい経過した頃、偶々、グラネイトの様子を確認しに医者が屋敷へやって来て。
 そこで私は手当てを受けた。

 医者は、傷口の状態を診て、それから慣れた手つきで手当てしてくれたのだった。

 今回の交戦による人への被害は少なかった。

 私が腕を少し怪我したのと、ウェスタが一発打撃を食らっていたくらいで、重傷者はなし。動けなくなる者や戦えそうになくなってしまった者もいない。
 また、屋敷の方も、窓が数枚割れたり、扉や床が多少凹んだりという被害はあったが、人外に攻められたにしては小さめの被害だろう。取り敢えず、屋敷が住めない状態になることは免れた。


 翌朝。
 事前連絡なしで、私の部屋にウェスタがやって来た。

「ウェスタさん?」

 銀の髪は艶やかで、三つ編みも既に編み上がっている。だが、そんな洗練された印象のヘアスタイルとは裏腹に、疲労が蓄積していることを感じさせるような顔をしていた。目の下には、隈まである。

「今日は一度小屋へ戻ろうと思うのだが、ついてきてもらえないだろうか」

 ウェスタに頼られるのは、わりと嬉しい。
 簡単には他人に頼りそうにない人物から頼られるというのは、稀少価値がある。

 もちろん頼られるつもりだ。早速「小屋?」と尋ね、話を進める。するとウェスタは、小さな声で「……我々がこの前まで住んでいた小屋のこと」と簡単に説明してくれた。

「それね! えぇと、それで?そこへ行くの?」
「そう。色々物が残っているかもしれない……回収してこようかと」
「良いわね!」

 こんなことを言っている場合ではないが——宝物探しのようで少し楽しそうだ。

「三十分くらいだけ待ってもらっていい?」
「構わない」
「ありがとう! じゃあ早速用意するわ! ……あ、ここで待つ?」

 その方が合流に手間取らずに済むと思い提案したが、ウェスタは首を左右に動かした。

「廊下で待つ」
「え! ……廊下?」
「ブラックスターの人間に気遣いは不要」
「えっと、よく分からないわ」
「ブラックスターは気遣いを重視しない風潮だから」

 そんなことを言いながら、ウェスタは廊下の床に座り込む。そうして若干壁にもたれ、見上げてきた。

「ここにいる」
「そ、そう……分かったわ」

 彼女の発言の意味は理解しきれなかった。だが、わざわざ反対意見を述べる気はない。彼女が望むような形で待っていてくれたなら、それが一番ありがたいから。

 その後、私は一旦、自室内へ戻った。

 肩甲骨より下まで伸びている直線的な髪を櫛で整え、よく着る黒いワンピースを身にまとう。それから一度背伸びをして、剣とペンダントを持つ。

 それから改めて扉を開けた。

「お待たせ!」
「……さほど待っていない」

 長い睫毛がミステリアスな目を軽く伏せつつ、ウェスタはその場で立ち上がる。重力に従いさらりと流れる髪が幻想的で美しかった。

「では」

 ウェスタは手を差し出してくる。
 私はその手を握る。

 ——瞬間、視界が無になった。


 気づけば小屋の前にいた。

 板を張り合わせて造ったような、まさに小屋、という感じの建物である。

 ウェスタは一切躊躇いなく小屋に入ってゆく。特に何も言われなかったが、入ってはならないということはないだろうから、私も続く。
 中は、ワインレッドの絨毯が敷かれていて、少しだけ高級感があった。

「へぇー。意外と綺麗な感じね」
「……そう?」
「えぇ」

 ベッドの上にはくちゃくちゃになった掛け布団。椅子は引かれたまま、テーブルには空になったカップ。
 生活感たっぷりだ。

「グラネイトさんと二人で暮らしていたのよね?」
「そう」
「何だか良いわね。新婚さんみたいで素敵!」
「……勘弁して」

 ウェスタは体を小さく縮めてベッドの下の隙間に潜り込もうとしている。とても人間が入れそうな幅の隙間ではないが、懸命に肩辺りまで押し込んでいた。

 何をしているのだろう、と思っていると……。

「よし、あった」

 彼女はそんなことを言いながら、布製の袋を取り出してきた。
 球を軽く押し潰したような全体的に丸みを帯びたフォルムの袋で、色は赤茶。小さな白い柄がプリントされている生地のようだが、白はさほど目立っておらず気にならない。

「それは何?」
「貯金」
「どうしてそんなところに!?」
「分けて置いている」

 彼女は立ち上がり、今度はテーブルの方へ歩き出す。

「そっちにもあるの?」
「……そう、椅子の背に」
「椅子の背!?」

 驚かされることの連続だった。


 小屋に鍵をかけて、エトーリアの屋敷へ戻る。
 その時まだ外は明るかった。一面青い空が私たちを見下ろしていた。

 ……それにしても。

 ウェスタの術があれば、移動にさほど時間がかからない。かなり便利だ。この術があれば、中距離の移動くらい楽々である。


 屋敷へ戻ると、ウェスタはグラネイトのところへ向かう。
 特に意味はないが、私もそれについていった。

「ウェスタ!」

 部屋に入ってきたウェスタの姿を視認するや否や、グラネイトは声をあげた。目を大きめに開き、どことなく嬉しそうな顔つきで。
 そんな彼に、ウェスタは貯金が入った袋を差し出す。

「これ、取ってきた」

 ウェスタが唇を微かに開くと、グラネイトは驚いたように目をぱちぱちさせる。

「なっ! 家へ戻ったのか!?」

 三人だけの空間に、彼の驚きに満ちた声が響いた。

「……そういうこと」
「危ないぞ!」

 それまでは床に座って話していたグラネイトだったが、急に腰を上げ、あっという間にウェスタに接近する。
 彼は足が長いため、他人より一歩が大きく、それゆえ歩きによる移動を速く行うことができるようだ。

「危険だろう!」
「うるさい。……ただこれを取りに行っただけ」
「それはありがたいが! だからといってウェスタを危険に晒すのは嫌だ!」

 激しく言うグラネイトに、ウェスタは呆れ顔。

「一人で行ったわけではない」
「だとしてもリスクが高い!」

 グラネイトは心配し過ぎではないだろうか。

 ウェスタは女性。それゆえ、出歩かせるのが不安というのは、分からないでもない。それに、共に同じ時間を過ごしてきた親しい仲間の身を案じるのは、おかしなことではない。

 ただ、心配『し過ぎ』なところが問題なのだ。

 ウェスタは刺客を務めていたほどの人物。そこらの娘とは一線を画する存在なのだから、少し出歩いたくらいで大騒ぎすることはないと、私はそう思う。
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