あなたの剣になりたい

四季

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episode.179 月明かりだけの夜

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 その晩、リゴールの部屋。

 彼だけが穏やかに眠る暗闇の中に、人影が一つ浮かび上がる。

 睡眠中の時間ゆえ、室内に灯りはほとんどない。窓の外から月の光が微かに降り注いでいる以外に、場を明るくするものはない。
 そんな中にある人影。それは決して、くっきりしたものではない。ただ、そこに確かに人が存在しているという証拠ではあった。

 人影は男性だった。

 背は一七○センチはありそうなくらいで、腕は軽く筋肉がついている。ガチガチのマッチョではないものの、やや筋肉質。
 肩につく丈の黒髪は、すべて後ろへ流した状態で固めている。また、革製の黒い眼帯を着用しており、それが顔の左半分のほとんどに覆い被さっていて、顔面の肌は右半分しか見えないという状態になっている。また、露わになっている右目は切れ長で、刃のような鋭さのある瞳は灰色。

 リゴールの部屋に忍び込んでいたのは、そんな男性——そう、ラルクである。

 だがリゴールは気づいていない。敵兵であるラルクが侵入してきているというのに、まだ、すやすやと穏やかな寝息をたてている。

 そんな彼に、ラルクは静かに歩み寄っていく。

 殺害を狙っているラルクからすれば、リゴールが眠っていてくれる方がありがたいのだ。その方が抵抗されず一撃で仕留めることができるから。
 それゆえ、ラルクは音をたてない。
 一歩、二歩、足を進めるのさえ慎重に。まるで凄腕の泥棒であるかのように、無音の歩行で接近する。

 そうしてリゴールが寝ているベッドの脇までたどり着くと、ラルクはそっと弓を構える。

 的は、リゴールの胸。
 片手は弓を、片手は矢を、それぞれ繊細な手つきで持ちながら、ラルクは体勢を整える。

 リゴールは動かない。侵入者の存在に気づいてもいない。それを察して生まれた余裕からか、ラルクの口角が僅かに持ち上がる。

 そして、その時が来る。

 矢は放たれ——。


 しかし、矢がリゴールの胸に命中することはなかった。


「なっ……!」

 寝込みを襲ったのに、かわされた。絶対に気づかれていないはずだったのに、かわされた。その衝撃は大きく、ラルクは声を漏らしてしまう。
 その隙に咄嗟に起き上がるリゴール。飛び降りるかのようにベッドから下り、彼はラルクと距離を取る。

「……去りなさい、侵入者」

 リゴールは扉を背に下がって距離を取りつつ、ラルクにそう告げた。

「目覚めた、か……」

 両者とも表情は固い。
 襲われる側のリゴールは、もちろん、警戒心剥き出しのような顔をしている。顔面に浮かぶのは、エアリと過ごしている時とは真逆の色。

 だが、襲った側のラルクも、今は余裕のある顔つきではない。ターゲットに気づかれ、少し焦ったような顔。

 リゴールは寝巻きの胸元から、魔法の発動に使う本——慎ましい手のひらサイズの本を、音もなく取り出す。

「このような場所で戦う気なのですか?」
「仕留める」
「……そうですか」

 左腕を肩から軽く後ろへ引き、開いた本を持っている右手を前へ出す。すると、開かれた本の紙部分から黄金の光が溢れ出した。突然発生した輝きは、幾本もの筋に分かれ、ラルクに向かってゆく。

 ラルクは、黄金の光が向かってきても、すぐにその場から動きはしない。リゴールの先制攻撃をぎりぎりまで引き付け、光が一点に集中するタイミングで後ろへ飛び退いた。

 幾本もの光線は床に命中。
 その時ラルクは二メートルほど下がっていた。

 もちろん、ただかわしただけではない。リゴールの放った魔法が消えた時には、矢を放つ体勢を整えていた。今のラルクは、いつでもリゴールを打ち抜くことができる、というような状態である。

 引いていた矢から手を離す。
 矢が宙を駆ける。

 リゴールは胸の前に手のひらほどの幕を張り、矢を防ぐ。

 そして、すぐさま魔法を発動する。

 ラルクは上向きにジャンプし、リゴールの攻撃を避ける。そして、体が宙にあるうちに、右手をリゴールへかざす。すると、蜂のような生物が十体ほど出現。一斉にリゴールへ向かっていく。

「新手!?」
「仲間が残してくれた戦力、食らうがいい」

 体長二センチほどの蜂のような生物はリゴールに向かって飛んでくる。リゴールは防御膜で防ごうと試みるが、数匹は防ぎきれず、右の二の腕辺りを布の上から刺されてしまう。

「うっ!」

 駆ける痛みに、顔をしかめるリゴール。その額には汗の粒が浮かんでいた。恐らく、冷や汗だろう。

 その隙を狙い、ラルクは矢を二三本放つ。
 しかしリゴールも反応できないほど弱ってはおらず、矢には防御膜で対応した。

 その隙に体を反転させる。

 そして、扉に向かって駆け出す。
 リゴールは進行方向を変えたのだ。

「逃がすな!」

 リゴールがこの場からの逃走を試みようとしていることに気づいたラルクは、残っている蜂のような生物に命じる。命令を受けた蜂のような生物は、弾丸のごとき速さでリゴールを追う。

 ——そして、うち一匹が、リゴールのふくらはぎを刺した。

「あっ……!」

 リゴールは引きつったような声を漏らし、その場に座り込む。そこへ集る蜂のような生物。リゴールは腕や体を動かして退けようとするも、叶わない。むしろ、攻撃を受けてしまう。

「く……う」

 蜂のような生物たちに囲まれ、もはや魔法を放つ暇はない。

「終わりにしよう」
「嫌です!」

 攻撃を受け、囲まれ、危機的状況に陥っている。けれども、リゴールはまだ諦めてはいない。体は動きづらくなってしまっているものの、青い双眸に諦めの色は滲んでいない。

「殺される気はありません!」
「安心しなさい、すぐ楽にする」
「お断りです!」

 リゴールの口から放たれるのは強気な言葉。
 そして彼は立ち上がる。
 痛みに耐えながらゆえ、速やかに立つことはできないようだが、徐々に腰を上げていくことは何とかできている。

「楽な死と苦しい生なら……わたくしは生を取ります!」

 吐き捨てるように言い、リゴールは再び足を動かし始めた。
 扉を開けて廊下へ出、少しでも時間を稼ぐために扉を閉める。そして、痛む足を必死に動かし、暗い廊下を駆ける。彼が向かっているのはエアリの部屋だ。


 ——その途中。

「何があった、王子」

 闇の中、正面から現れたのは、美しい銀の髪を持つウェスタだった。
 寝巻きなのか、膝くらいまでの丈のワンピースのようなものを着ている。袖口に軽くフリルがあしらわれている以外に飾りはなく、色は灰色。そんな地味な服装だ。

「ウェスタ……さん?」
「さんは要らない」
「は、はい……」
「それで、何があった。馴染みのない気配がしたが」

 刹那、蜂のような生物が追いついてきた。
 ウェスタはリゴールを庇うように咄嗟に前へ出る。そして、炎の術を発動。紅の火炎で蜂のような生物を一掃する。

「……これが敵?」
「ウェスタ……さん、あの、すみません!」
「謝らなくていい。答えて」
「は、はい! 実は、先日のあの男が……襲ってきていて!」

 その頃になって、ラルク自身も追いついてくる。

「……王子、人を呼びに行け」

 ウェスタは、ラルクの顔を見てすべてを察しつつ、背後のリゴールにそう指示を出した。
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