上 下
1 / 2

前編

しおりを挟む
 その日は突然訪れた。

「ルージュ・ベルジュ! 君との婚約は本日をもって破棄とする!!」

 婚約者の彼フォムトは晩餐会の場でそんなことを言ってきたのだ。
 それも響き渡るくらい大きな声で。
 周囲にいた人たちは驚き戸惑ったような顔をしていた。

「いきなりですね」
「何が言いたい?」
「理由は何ですか」
「う、うるさい! くだらないことをいちいち聞くな!」

 言えないような理由なのか……まぁそんなことだろうとは思っていたが。

 内心呆れきっていた、その時。

「ちょうど良かった」

 急に聞き慣れない声が聞こえて。
 振り返ると、そこにはたぬきのような顔の男性が立っていた。

「ルージュ・ベルジュさん、僕と婚約していただけませんか」

 たぬきのような彼は私に対してそんなことを言ってきた。

「お、おい! 何だ急に! 今出てくるなよ!」

 いきなりの男性の登場に、騒ぎ出すフォムト。

「……フォムトさんは婚約を破棄するのですよね? もう関係ありませんよ」

 たぬきのような彼はフォムトに冷ややかな視線を向ける。

 私はどうするか迷った。
 フォムトに捨てられたことは事実だが、だからといってすぐに他の人に移れるかというと。

 でも……。

「あの、よければ、前向きに考えさせてください。……絶対良い答えを出せる、とは……言えませんが」
「ありがとうございます」

 ひとまず彼の手を取ることにした。
しおりを挟む

処理中です...