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真実の愛を見つけた彼との婚約は破棄されることになりました。

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「真実の愛を見つけてしまってね。だからもう君とはいられないんだ。婚約破棄させてもらうことに決めたよ」

 私はある日突然そんなことを言われてしまった。

 なんでも、心の底から好きと思える女性に出会ったらしい。

 そんなことを言われたら私はどうしようもない。もはや何も言えないではないか。私だけを見て、なんて言うのも、妙な話だし。そこまで必死になって好かれたいわけでもないし。

「そう、分かったわ。浮気していたということなのね」
「ち、違うよ! この関係はそんな汚いものではないんだ! もっと綺麗で尊いものだよ!」
「何を言っているの? おおよそそんな感じでしょう。浮気でしょう」

 呆れてしまう。
 良い歳して真実の愛だなんて。
 それも、婚約者がいるのに。

「真実の愛を汚いもの扱いしないでよ! そんなの酷すぎる!」

 数秒間を空け、彼は続ける。

「そんな酷いことを言う君とはもう付き合っていけないよ」
「本当に良いの? 一応確認しておくけれど。婚約した時の書類の内容は覚えているのよね?」

 婚約の際にサインしてもらった書類には、『こちら側に法に触れるような明確な非のない理由で婚約破棄となった場合、男性側が慰謝料を支払うこと』という内容が入っていた。

 それは私の父親が入れておいたものだ。
 父親が私のために万が一に備えて記載しておいてくれたのである。

「慰謝料のことだよね? うん、それは受け入れるよ」
「……随分本気みたいね」
「真実の愛のためならそのくらい痛くない! 慰謝料ぐらいの痛みには耐えられる! もう真実の愛を消し去ることなんて誰にもできないんだ」

 こうして私たちの婚約は破棄されることとなった。

 その後、私は、彼から慰謝料を支払ってもらった。一応きちんと指定の金額を支払ってもらうことができた。慰謝料を払わず逃げる者も少なくないと聞くから、ある意味、私は幸運な方だったと思う。

 婚約破棄後、すぐに他の人と婚約する気にもなれず、私は学問に身を投じることにした。
 医療という学問の道に。
 今は、医学について勉強しつつ、一人の医師のもとで手伝いのようなこともしている。

 後に聞いた噂によると。

 婚約破棄後、タ彼は、心の底から愛している女性と結婚しようと考えたそうだ。

 真実の愛を貫こうとしたのだろう、彼のことだから。

 だが、初めて会った時、なぜか女性の親に悪印象を持たれ嫌われてしまって。それからも色々努力はしたようだが、受け入れてもらえなくて。

 結局、その女性とは別れることとなってしまったそうだ。

 そのショックで立ち直れなくなった彼は、ある夜、崖から飛び降りて自らこの世を去ったらしい。


◆終わり◆
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