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59話 ほどよく賑わうショッピングモール
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ショッピングモールは賑わっていた。
……と言っても、それほど多くの人がいるわけではない。
長い通路を歩いていれば人は必ず視界に入る。かなり空いている日であれば人の姿を目撃しない日もあるのだけれど。ただ、今日はそこまで人が少ない日でもないので、常に数人の影は視界に入り込んでくる。
だが、捉え方によっては、そこが良いとも言える。
人が少なすぎるショッピングモールなんて不気味なものだ。閉まる直前だとか何とか理由が分かっていたとしても、それでも、あまり良い心地ではない。人のいない遊園地の不気味さと似たようなものがある。
「どこに行く?」
「日和が決めて」
リリィと隣り合って歩く。
何よりも幸福な時間だ。
目的はこれといってないし、目的地があるわけでもない。どこへ行くかなんて決まっていない。いや、そもそも決めていない。ただ歩く、足を動かすだけ。視線は何となく周囲へ向いている。
「えー。リリィの行きたいところ知りたいよー」
「意味不明だし」
「行きたいお店ない? 見たいところとか、飲みたいものとか」
「日和は?」
「私はリリィといられるだけで十分だよ」
「っ……!」
リリィは突然照れたような顔をした。
顔面の筋肉が引きつっている。
「意味不明……!」
相手の発言の意味が分からない人がする顔ではないよ、それは。
「喫茶店とかはどう?」
ふと思い立って提案する。
なぜ急にそれを思いついたのか。その答えは、喫茶店が視界に入ったから、である。店先に置かれているメニューを書いた黒板のようなものを目にした時、提案してみようかと考えたのだ。
「べつにいいケド」
「嫌だったらはっきり言ってね」
「言うし! ……そういう時はちゃんと言うから」
リリィは言ってから少しだけ目を細めた。
「じゃ、入ろ!」
私はリリィに手を差し出す。いきなりのことに、彼女は戸惑ったような顔をした。けれども、十秒ほど経過してから、彼女も自らの手を差し出した。彼女の指先が私の手のひらに触れると、微かな熱が皮膚にじんわりと伝わってくる。そんな彼女の手を私は先に握る。すると彼女も同じようにする。手と手が繋がった。
それから私たちは喫茶店に入った。
おしゃれなロゴが入ったブラウンのエプロンを身につけた女性店員に案内され、私たちは喫茶店の奥のソファ席に腰を下ろした。
二人用ソファがローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている四人席。
しかし今は客が多くないため座らせてもらえた。
「こちらメニューになります」
「あ、はい! ありがとうございます!」
女性店員は軽く一礼して去っていった。
「何食べる?」
「日和は」
「うーん、迷うなー。甘い系がいいのは確かなんだけど」
メニューには色々なものが載っている。
食事系から甘いもの系、そして飲み物。
「甘い系ってケーキとか?」
二人で一つのメニューへ目を向ける。
向かい合わせに座っているから、一つのメニューであっても同時に見ることができる。それも、お互い、比較的楽に見ることができる。
「うん」
「ふーん」
「リリィはどうなの? 甘いのする?」
「喉が渇いた」
流れてくるのはクラシック。音楽にさほど精通していない私でも分かる、どこかで聞いたことがあるような曲だ。音の粒が流れるだけで、空間が大人びた空気で満たされる。
「じゃあ飲み物? 飲み物だけ?」
「そうする……かも」
「そっかー。じゃあ私もそうしようかな」
「日和、これは何?」
「レモンスカッシュ」
……と言っても、それほど多くの人がいるわけではない。
長い通路を歩いていれば人は必ず視界に入る。かなり空いている日であれば人の姿を目撃しない日もあるのだけれど。ただ、今日はそこまで人が少ない日でもないので、常に数人の影は視界に入り込んでくる。
だが、捉え方によっては、そこが良いとも言える。
人が少なすぎるショッピングモールなんて不気味なものだ。閉まる直前だとか何とか理由が分かっていたとしても、それでも、あまり良い心地ではない。人のいない遊園地の不気味さと似たようなものがある。
「どこに行く?」
「日和が決めて」
リリィと隣り合って歩く。
何よりも幸福な時間だ。
目的はこれといってないし、目的地があるわけでもない。どこへ行くかなんて決まっていない。いや、そもそも決めていない。ただ歩く、足を動かすだけ。視線は何となく周囲へ向いている。
「えー。リリィの行きたいところ知りたいよー」
「意味不明だし」
「行きたいお店ない? 見たいところとか、飲みたいものとか」
「日和は?」
「私はリリィといられるだけで十分だよ」
「っ……!」
リリィは突然照れたような顔をした。
顔面の筋肉が引きつっている。
「意味不明……!」
相手の発言の意味が分からない人がする顔ではないよ、それは。
「喫茶店とかはどう?」
ふと思い立って提案する。
なぜ急にそれを思いついたのか。その答えは、喫茶店が視界に入ったから、である。店先に置かれているメニューを書いた黒板のようなものを目にした時、提案してみようかと考えたのだ。
「べつにいいケド」
「嫌だったらはっきり言ってね」
「言うし! ……そういう時はちゃんと言うから」
リリィは言ってから少しだけ目を細めた。
「じゃ、入ろ!」
私はリリィに手を差し出す。いきなりのことに、彼女は戸惑ったような顔をした。けれども、十秒ほど経過してから、彼女も自らの手を差し出した。彼女の指先が私の手のひらに触れると、微かな熱が皮膚にじんわりと伝わってくる。そんな彼女の手を私は先に握る。すると彼女も同じようにする。手と手が繋がった。
それから私たちは喫茶店に入った。
おしゃれなロゴが入ったブラウンのエプロンを身につけた女性店員に案内され、私たちは喫茶店の奥のソファ席に腰を下ろした。
二人用ソファがローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている四人席。
しかし今は客が多くないため座らせてもらえた。
「こちらメニューになります」
「あ、はい! ありがとうございます!」
女性店員は軽く一礼して去っていった。
「何食べる?」
「日和は」
「うーん、迷うなー。甘い系がいいのは確かなんだけど」
メニューには色々なものが載っている。
食事系から甘いもの系、そして飲み物。
「甘い系ってケーキとか?」
二人で一つのメニューへ目を向ける。
向かい合わせに座っているから、一つのメニューであっても同時に見ることができる。それも、お互い、比較的楽に見ることができる。
「うん」
「ふーん」
「リリィはどうなの? 甘いのする?」
「喉が渇いた」
流れてくるのはクラシック。音楽にさほど精通していない私でも分かる、どこかで聞いたことがあるような曲だ。音の粒が流れるだけで、空間が大人びた空気で満たされる。
「じゃあ飲み物? 飲み物だけ?」
「そうする……かも」
「そっかー。じゃあ私もそうしようかな」
「日和、これは何?」
「レモンスカッシュ」
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