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episode.20 海のプリンス
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海のプリンスは座に腰を下ろすと腕組みをして正面にいる私へ視線を向ける。
身長は皆の中で一番低いだろうが、それとは逆に、プライドは一番高いかもしれない。
「本当に先代クイーンの娘なのかよ?」
彼は顎を僅かに上げながら尋ねてきた。
「確信はありません。けれど、そのようだと、皆さんが……それと、このコンパクトの件もありますし」
私は祖母から渡されていたコンパクトを目の前の彼に見せる。
「あぁそれな」
「はい」
すると海のプリンスは溜め息をついた。
「ま、あの時は仕方なく承認してやったけどさ」
数秒間を空けて、続ける。
「俺はまだ信じていない」
彼が放つ鋭い言葉は胸の奥深くにまで突き刺さる。
でもこれは仕方ないことなのだ。彼にとって私は突然現れたよく分からない女でしかないのだから。むしろ、他のプリンセスプリンスが受け入れてくれていることの方が奇跡と言える。怪しまれたとしてもおかしな話ではない。
「信じられるかどうか決めるのは他人じゃない俺だ」
「何をすれば信じていただけるでしょうか」
数秒の間の後。
「戦うってのはどうだ」
「え……」
海のプリンスの提案は予想していなかったもので。思わずきょとんとしてしまった。どうしてそうなるの、と言いたい気分だが、そんなことを口から出せるわけもなく。ただ顔面を硬直させることしかできない。
「戦う……ですか? でもどうして。私と?」
なぜプリンスと戦わなくてはならないのか。
必要性を感じないのだが。
「まずはクイーンの強さを見せてくれよ」
海風が吹きぬける。
「私は戦いに関して素人ですし……身体能力の僅かな強化があるぐらいだけですので、多分弱いですけど……」
「物理的な強さだけじゃねーよって話」
「え」
「色々見せてほしいんだよな。それに、戦えば色々見えるって。お互いに、な」
意味が分からない。まったくもって理解できない。なぜ敵でもないのに戦わなくてはならないのか。私と彼の間に戦う理由なんてありはしない。
「嫌です」
私ははっきり返した。
海のプリンスは少し驚いたようで。少しの間の後にこちらの顔面へ視線を向けてくる。その時には鋭い目つきに変わっていた。日頃であれば恐ろしさを感じて目を逸らしただろう。だが、この時は、こちらも彼の瞳を見つめた。目を逸らしてはならない、そんな気がしたから。
「はぁ?」
「私は戦いを望みません」
やむを得ない戦いなら受け入れる。身を守るため、あるいは、誰かを護るため。何かのために避けられないなら、戦うことも仕方ないのかもしれない。
けれどもこれは違う。
これは避けられるはずの戦いだ。
「すみませんが、戦いは受け入れられません」
海のプリンスは座から軽く飛び降りて、こちらに向かって数歩進んできた。
見上げて睨んでくる。
「あぁ?」
謎の圧をかけてくる。
だがこの程度では怯まない。
「私にも譲れないものもあります」
圧をかければ言いなりにならせることができると思ったら大間違いだ。
暫しの沈黙の後、海のプリンスは諦めたように目を閉じる。
何かと思いそれを見つめるが、彼はまだ何も発さない。私は彼の口が動くのを待つ。
「そうかよ。ま、好きにしろー。無理矢理したらババアどもに怒られるしな」
やがて海のプリンスは口を開いた。
表情は少しだけ柔らかくなったように感じる。
「じゃ、もう帰れよ」
「え!」
海のプリンスはぶっきらぼうを絵に描いたような顔をしている。
「あの、帰って構わないので――」
私が言い終わるより早く、聞いたことのない旋律が流れてきた。
パパラパパラパッパーラーという感じの音である。
「敵襲!?」
海のプリンスは視線を私から離す。
「行かねーと! じゃこれで!」
そう言う彼はもう私を見てはいない。彼が見ているのは砂浜のような場所のさらに向こう側の辺り。海のようなものが見える方だ。
「私も行きます……!」
「は? 多分役に立たないだろ」
決めつけないでほしい。
いや、もちろん、役立つ自信があるわけではないのだけれど。
「とにかく急ぎましょう」
「おい! 話を聞けよ! スルーすんなよ!」
「行くんですよね……!」
「聞けって! ……あーだる。まぁもういいか。そんなに来たいなら来いよ」
「はい! 感謝します!」
私は海のプリンスと共に目的へ向かう。
砂浜を駆けていると海が見えてきた。
「目的地はここですか?」
そこには確かに海があった。
でも敵らしき存在は見つけられない。
「おかしいな、誰もいねぇし」
敵を発見できず困惑していたのは私だけではなかったようだ。海のプリンスもまた、戸惑っているような困っているような、そんな顔をしている。
「何だったんでしょう……誤報とか?」
「誤報はねぇよ」
即答だった。
ここまではっきり「ない」と言えるということは、誤報という可能性はなさそうか。
「ならどこかに隠れているとかですかね?」
「そうかもな」
「どうします?」
「そこらへんの草むらを調べてこい!」
「えええ!!」
思わず大きな声を出してしまった。
「冗談に決まってんだろ」
海のプリンスは冷めた調子で言ってくる。
「そうなんですか」
「そりゃそうだろ。そんなことさせたら殺されるわ。特に森のババアとかにどつきまわされるわ。俺もさすがにそこまで馬鹿じゃねーよ」
「ご配慮ありがとうございます」
軽く一礼、頭を下げておく。
「じゃ、一旦座に戻るか」
「はい」
そうして座の方へ戻ろうとした刹那。
宙に海のプリンスに襲いかかろうとする一つの影。
「危ない!」
叱られること覚悟で、海のプリンスを突き飛ばす。
身長は皆の中で一番低いだろうが、それとは逆に、プライドは一番高いかもしれない。
「本当に先代クイーンの娘なのかよ?」
彼は顎を僅かに上げながら尋ねてきた。
「確信はありません。けれど、そのようだと、皆さんが……それと、このコンパクトの件もありますし」
私は祖母から渡されていたコンパクトを目の前の彼に見せる。
「あぁそれな」
「はい」
すると海のプリンスは溜め息をついた。
「ま、あの時は仕方なく承認してやったけどさ」
数秒間を空けて、続ける。
「俺はまだ信じていない」
彼が放つ鋭い言葉は胸の奥深くにまで突き刺さる。
でもこれは仕方ないことなのだ。彼にとって私は突然現れたよく分からない女でしかないのだから。むしろ、他のプリンセスプリンスが受け入れてくれていることの方が奇跡と言える。怪しまれたとしてもおかしな話ではない。
「信じられるかどうか決めるのは他人じゃない俺だ」
「何をすれば信じていただけるでしょうか」
数秒の間の後。
「戦うってのはどうだ」
「え……」
海のプリンスの提案は予想していなかったもので。思わずきょとんとしてしまった。どうしてそうなるの、と言いたい気分だが、そんなことを口から出せるわけもなく。ただ顔面を硬直させることしかできない。
「戦う……ですか? でもどうして。私と?」
なぜプリンスと戦わなくてはならないのか。
必要性を感じないのだが。
「まずはクイーンの強さを見せてくれよ」
海風が吹きぬける。
「私は戦いに関して素人ですし……身体能力の僅かな強化があるぐらいだけですので、多分弱いですけど……」
「物理的な強さだけじゃねーよって話」
「え」
「色々見せてほしいんだよな。それに、戦えば色々見えるって。お互いに、な」
意味が分からない。まったくもって理解できない。なぜ敵でもないのに戦わなくてはならないのか。私と彼の間に戦う理由なんてありはしない。
「嫌です」
私ははっきり返した。
海のプリンスは少し驚いたようで。少しの間の後にこちらの顔面へ視線を向けてくる。その時には鋭い目つきに変わっていた。日頃であれば恐ろしさを感じて目を逸らしただろう。だが、この時は、こちらも彼の瞳を見つめた。目を逸らしてはならない、そんな気がしたから。
「はぁ?」
「私は戦いを望みません」
やむを得ない戦いなら受け入れる。身を守るため、あるいは、誰かを護るため。何かのために避けられないなら、戦うことも仕方ないのかもしれない。
けれどもこれは違う。
これは避けられるはずの戦いだ。
「すみませんが、戦いは受け入れられません」
海のプリンスは座から軽く飛び降りて、こちらに向かって数歩進んできた。
見上げて睨んでくる。
「あぁ?」
謎の圧をかけてくる。
だがこの程度では怯まない。
「私にも譲れないものもあります」
圧をかければ言いなりにならせることができると思ったら大間違いだ。
暫しの沈黙の後、海のプリンスは諦めたように目を閉じる。
何かと思いそれを見つめるが、彼はまだ何も発さない。私は彼の口が動くのを待つ。
「そうかよ。ま、好きにしろー。無理矢理したらババアどもに怒られるしな」
やがて海のプリンスは口を開いた。
表情は少しだけ柔らかくなったように感じる。
「じゃ、もう帰れよ」
「え!」
海のプリンスはぶっきらぼうを絵に描いたような顔をしている。
「あの、帰って構わないので――」
私が言い終わるより早く、聞いたことのない旋律が流れてきた。
パパラパパラパッパーラーという感じの音である。
「敵襲!?」
海のプリンスは視線を私から離す。
「行かねーと! じゃこれで!」
そう言う彼はもう私を見てはいない。彼が見ているのは砂浜のような場所のさらに向こう側の辺り。海のようなものが見える方だ。
「私も行きます……!」
「は? 多分役に立たないだろ」
決めつけないでほしい。
いや、もちろん、役立つ自信があるわけではないのだけれど。
「とにかく急ぎましょう」
「おい! 話を聞けよ! スルーすんなよ!」
「行くんですよね……!」
「聞けって! ……あーだる。まぁもういいか。そんなに来たいなら来いよ」
「はい! 感謝します!」
私は海のプリンスと共に目的へ向かう。
砂浜を駆けていると海が見えてきた。
「目的地はここですか?」
そこには確かに海があった。
でも敵らしき存在は見つけられない。
「おかしいな、誰もいねぇし」
敵を発見できず困惑していたのは私だけではなかったようだ。海のプリンスもまた、戸惑っているような困っているような、そんな顔をしている。
「何だったんでしょう……誤報とか?」
「誤報はねぇよ」
即答だった。
ここまではっきり「ない」と言えるということは、誤報という可能性はなさそうか。
「ならどこかに隠れているとかですかね?」
「そうかもな」
「どうします?」
「そこらへんの草むらを調べてこい!」
「えええ!!」
思わず大きな声を出してしまった。
「冗談に決まってんだろ」
海のプリンスは冷めた調子で言ってくる。
「そうなんですか」
「そりゃそうだろ。そんなことさせたら殺されるわ。特に森のババアとかにどつきまわされるわ。俺もさすがにそこまで馬鹿じゃねーよ」
「ご配慮ありがとうございます」
軽く一礼、頭を下げておく。
「じゃ、一旦座に戻るか」
「はい」
そうして座の方へ戻ろうとした刹那。
宙に海のプリンスに襲いかかろうとする一つの影。
「危ない!」
叱られること覚悟で、海のプリンスを突き飛ばす。
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