プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.82 飛び蹴りも甘えの形?

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「食事の時間ですよー、みんな、机を出しましょうー」

 子どもたちが遊んでいるのとは逆の狭めの部屋の方から四十代くらいと思われるエプロンを着用した女性が出てくる。
 その言葉を聞くや否や、アオが立ち上がる。
 私が少し驚いてそちらを見ると。

「すみません、少し、お手伝いを」

 アオは逆にこちらを見下ろしながらそう言った。
 ちなみに時のプリンスはというと、まだ子どもに絡まれている。
 だが、彼にぶらさがったりひっついたりしているのは男子がほとんどで、女子はエプロンの女性の言葉を聞いて次の行動を始めている。ちなみに、次の行動というのは、使っていたおもちゃを片付けたり女性の方へ走っていったりというような行動のことである。

「アオさん、私も手伝います!」

 急いで立ち上がりそう告げると。

「ありがとうございます。助かります」

 彼女はそう返し微笑んだ。

 いつも活動しているあちらへ戻るという選択肢もあった。が、こうして見ていると自然と愛着が湧いてきて。時のプリンスがやられているようなことをされても耐えられるかと問われれば頷くことはできないかもしれないけれど、ここにいることが嫌だと感じることはない。ということもあって、ここでも何か手伝えたらと思ったのである。

 で、私は、ローテーブルを出す役になった。

 子どもが座った状態でも使える高さで固定されているテーブルがいくつかあって、食事の際にはそれを出すらしい。で、何人かずつで使うそうだ。
 ローテーブルを運ぶ際、おかしな運び方をしてしまっていると、近くで小さいなりに懸命に動いている女の子が色々アドバイスをくれた。で、彼女のアドバイスを取り入れてみたところ、予想以上にスムーズに運ぶことができるようになった。

「アオさん、飲み物頼んで大丈夫ー?」
「はい」
「カップは全部洗えているから、注ぐのだけお願いねー」
「承知しました」

 遠くでアオとエプロンの女性が会話しているのが聞こえてきた。
 忙しそうだが慣れているようだ、と思っていると、私が置いたばかりのローテーブルのすぐ傍に時のプリンスが男の子を下ろした。

「座っておれ」

 一旦は座る体勢になった男子がまたすぐに立ち上がろうとするのを見てか時のプリンスは注意する。

「走り回るなよ」

 が、直後、時のプリンスは他の男の子に背後から飛び蹴りをされた。
 恐らく本気での攻撃ではなく遊びなのだろうが。
 一撃をまともに食らった時のプリンスは、溜め息のような言葉にならない声を伸ばしつつ蹴られた腰を片手で押さえる。

「お主! 蹴るな!」
「ばーか」
「何を言うか!」

 これにはさすがに怒るか……。
 賑やかだなぁ……。

「やーいやーいおじさーん」
「ふん、それにはもう乗らぬわ」
「だっこしてくれよー」
「まったく。蹴らずにそれを言えというのに」

 ここは呆れるほど平和。
 でも、それでいい。
 急に蹴られた時のプリンスは気の毒に思うし暴力は駄目だけれど、こういう小さなことに怒っていられる世界であってほしいと思う気持ちもあることは確かだ。

「準備出来ましたよー」

 声を聞きそちらへ目をやると、エプロンをつけた女性が子どもたちに座るよう指示を出していた。

「そこ、座りなさいー。聞いてるの? ほらー」

 指示される前から床に座っている子も少なくない。

 多分これは毎日のことなのだろう。で、子どもであってもさすがにもう覚えているのだろう。エプロンの女性が座るよう言っているのはなかなか座らない子がいるからなのだろう、と、勝手に解釈する。

 そうしているうちにほぼ全員が床に座った。
 子どもたちの前にはローテーブルがあって、その上には、それぞれのためのカップと入れ物に入った食べ物が置かれている。

 そんな光景を見ていると。

「フレイヤちゃんさん、準備は終わりました。もう大丈夫です」

 アオが静かに歩いてきて伝えてくれた。

「あ……そうなんですね。すみません、あまり活躍できず」
「いえ。フレイヤちゃんさんはこれからどうされます? あちらへ戻られますか?」

 そうだ、向こうの用事もあったんだ。
 今になって思い出した。

「そうですね。では……中途半端ですみませんが一旦あちらへかえらせてもらいます。あ、それでも大丈夫そうでしょうか。もし今だとまずいようでしたら、もう少しここにいても……」

 曖昧な言い方をしていると、アオは少し遠慮したような顔で首を横に振った。

「お気遣いありがとうございます。ですがどちらでも問題ありません」
「では一旦この辺りで」

 向こうの様子も若干気になる。
 抜けることは伝えていたけれど、いつまで抜けるかまでははっきりとは伝えていなかったから、迷惑をかけてしまっていないか少々不安ではある。

「はい。ではお送りします」
「そんな! 大丈夫ですよ、ちょっとですし一人で帰れます」
「遠慮は不要です」
「そうですか……では、よろしくお願いします」

 私はアオと共に子ども部屋から出た。
 廊下は静かだ。
 先ほどまでの騒がしさが恋しく感じるくらい。

「子ども部屋、結構大変そうですね」
「最初はかなりあわあわなってしまいましたが、慣れてしまえば問題ありませんでした」
「負担ではないですか? 辛いことがあれば言ってください」
「フレイヤちゃんさん……いつもありがとうございます。でも、私も時のプリンスも、それなりにやっていますから。大丈夫です」

 アオがそう言うのならそれが事実なのだろう。

「時のプリンスさんが馴染まれているのが意外でした」

 失礼のないように言葉を選ばなければ。

「彼は彼なりに子どもたちを大切にする心を持っているようです。ああして賑やかにしているうちに健康状態も改善してきていますし、心配はなさそうです」

 アオは控えめながら嬉しそうな表情を浮かべていた。

 大切な人が元気だと彼女としても嬉しいのだろう――多分。

「フレイヤちゃんさんも早く盾のプリンスさんに会えると良いですね」

 彼女は何も思っていないような顔で言った。

 瞬間、心臓が収縮する。

 なるべく思い出さないようにと日々忙しくしていた、でも、その件はまだ解決していない。彼はまだ戻らないし、ちょっとした進展もない。あの日いなくなったきりで、彼にはまだ会えていない。

 どくん、と、胸に深い音が響く。

「そう、ですね……」

 心を見せてはならない。
 アオに悪気はないのだ――ここで悲しい顔をしては彼女を傷つけることになりかねない――だから心を見せるべきではない。

「はい。早く会いたいです」

 私はそれだけ返した。
 隣を歩くアオの顔を見ることはできなかった。


 その日、私はミクニと再会することができた。

 本人の話によれば、彼女もまた人の世へ来ていたようだ。ただ、飛ばされた場所が私たちとは少し違って。彼女は住宅街のようなところを通過してここへたどり着いたらしい。住宅街で偶然助けた女性と子に同行する形でここまで来たそうだ。

 偶然、奇跡、まさにそんな感じ。

「久しぶりね」
「ミクニさん、良かった、生きていらしたのですね」

 彼女は以前と何も変わっていなかった。

「死んでると思われていたのかしら、酷いわね」
「あ、いえ! そういうわけでは! すみません!」
「冗談よ。……しっかしこんなところにクイーンさんたちがいるとはね、驚きでしかなかったわ」

 これでミクニとも会えた。
 後は、あの時さらわれた盾のプリンスと前から向こうに囚われている愛のプリンセス。
 欠けている二人が揃えば、全員が揃うことになる。
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