プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.97 相談?

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 クイーンズキャッスルに帰ってくることができた私は、人の世へ落ちる前に使っていた塗り絵を発見し、それを使って一人遊んでみることにした。
 あれからそこそこ日が経っているけれどペンは壊れていなかったし状態が悪くなっていることもなくて。何の問題もなく塗り絵として使うことだできそうだったので、使ってみることにした。

 一人でいる時間というのはどうしても退屈に感じてしまいがちなもの。
 けれども手を動かしていれば退屈さに押し潰されることはない。

 プリンセスプリンスが揃った今、ここクイーンズキャッスルに目立った驚異はない。恐らく、ではあるが、敵襲もないだろう。絶対という保証はないとしても、恐らく襲撃はないと思えるだけで心理的にかなり楽、だ。

 そんな風にして穏やかに生活していたところ、アオがやって来た。

 艶のある青い髪に心なしか無機質さを感じさせる瞳、メイド服をアレンジしたようなデザインの衣装、こぢんまりとしていながらも柔らかそうな身体。

「すみません急に」
「アオさん、どうかしました?」

 彼女がやって来るとは想像していなかったので驚きはしたけれど、嫌な気持ちにはならない。

「実は少し……聞いていただきたいことがありまして」

 彼女はやや上目遣いで言ってきた。

「お話ですか? 大丈夫ですよ。何でもどうぞ」

 塗り絵セットは一旦片付ける。

 クイーンズキャッスル内でアオと二人きり。
 少しばかり新鮮な気分。
 私は座に座り、アオは地面に座っている――こんな対応しかできず申し訳ない気もするが、彼女はというとあまり気にしていない様子だ。

「我がお主の一人目になることはない、ですか……」

 彼女が聞いてほしいと思っていること、それは、時のプリンスのよく分からない言葉についてだった。

「はい。何を言いたいのか理解できませんでした」

 アオは膝を立てて三角にするようにして座っている。

「時のプリンスさんはアオさんの一人目になりたかったのかもしれませんね」

 何となくそういう意味なのではないかなと想像する程度。
 詳しいことを知らなくては本当の意味は分からない、そんな気がする。

「その一人目というのが意味が分からないのです」
「そうですよね……。一人目。それは、特別な存在、ということですかね?あくまで想像ですけど……」

 子どものように座っているアオは膝を腕で抱えながら「特別……」と呟く。

「何か心当たりは?」
「いえ……」

 五秒ほど間を空け、彼女は「あ」と何か閃いたような目をする。

「好きな人」

 彼女は短くそれだけ発した。

「えっと……それは?」
「私が生まれて最初に好きになった人は――」

 少し迷うような顔をするが、少し空けて続ける。

「彼ではないのです」

 そういうこと?
 つまり、ちょっとした嫉妬のようなもの?

「でも、そうだったんですね。ちょっと意外です」
「意外ですか?」
「はい。アオさんの初恋の人は他の方なんですね」

 二人にはお互いだけ、私にはそんな風に見えていた。

「そうです」
「アオさんの初恋の相手は向こうにいた時の方ですか」
「はい。ですが……今はもう何とも思っていません。無関係です」

 彼女は口の中だけで小さく「それに、もう二度と会うことはないでしょう」と呟いていた。

「時のプリンスさんはそのことが気になっているんですね。アオさんの初恋の相手が自分でなくて、それでもやもやしているのでは? 案外可愛いところもありますね」

 まるで恋する女の子じゃないか……。
 可愛いというか厄介というか……。

「可愛い? そうでしょうか」

 首を傾げるアオ。
 地味に心ないなぁ、と思いつつも、会話の流れが断たれないよう努力する。

「アオさんの初恋の人になれた人のことが羨ましいんですよ、きっと」
「羨ましがる意味が理解できませんが……フレイヤちゃんさんがそう仰るならそうなのかもしれません」

 以前こういう話をしていた時の様子だとアオも面倒臭さのあるタイプだった。それゆえ今のこの内容が理解できないとは思えない。彼女自身、何も気にしないような気質ではないのだから、時のプリンスの心情くらい理解できそうなものなのだが。

「そうですね、たとえば、想像してみてください」
「はい」

 真剣な顔でこちらをじっと見つめてくるアオは可愛らしい。

「時のプリンスさんはアオさんを大切に想い大切にしています。いつも二人でいます。けれども、彼の初恋の人はアオさんではありません。彼にはかつて慕っていた人がいたのです。現在はもう無関係で浮気していませんが、アオさんが『時のプリンスが初めて好きになった人』という存在になれることは生涯ありません」

 ここまで言って、途中で切って。
 それから改めて尋ねる。

「何とも言えない心境になりません?」
「嫌です」
「そうですよね」
「そんなの! 絶対に嫌です! 初恋なんて黙っていてほしいです。わざわざ言わないでほしいです。聞いてしまったらもやもやするので隠しておいてほしいです……」

 アオは表情を動かし始めた。
 それまでの真面目真剣な面持ちの時の彼女とは別人のようだ。

「多分、そういうことです」

 するとアオは僅かに俯いたまま唇を尖らせて「不愉快……不愉快です……」とぶつぶつ漏らす。どう反応すれば良いだろう、と思っていると、彼女は急に面を上げる。海のような色をした硝子玉のような瞳が私をしっかりと捉えた。

「理解できました! 初めて好きになった人の話などするべきではないのです!」

 声が大きい、声が。

「では早速時のプリンスに謝ってきます」

 アオはばっと立ち上がる。

「フレイヤちゃんさん、ありがとうございます! 勉強になりました!」

 明るい表情になったアオはそそくさと帰っていった。
 どうやら用は済んだようだ。
 私とて特別人の心理に詳しいわけではないけれど、少しでも力になれたなら嬉しく思う。特に、あんなに可愛らしいアオの力になれたのだとしたら、それは非常に嬉しいことだ。


 その時、通信が入る。
 アオも帰って少し暇だったので素早く対応する。

『フレイヤさん、調子はどう?』

 連絡してきたのは剣のプリンセス。
 宙に出現したパネルに映し出されるのは健康的かつ凛々しい面。

「元気です」
『それは良かった!』

 彼女は胸の前で軽く拳を握った。

「剣のプリンセスさんはどうですか?」
『今はね、ちょっと暇なのよ』
「敵襲がないから、ですか?」
『そんな感じ! 敵が来ないのは良いことなんだけど……ちょっとだけ、退屈と思ってしまう部分もあったりするのよね』
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