プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.121 貴方がいれば

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 折れた柱に突き刺さる時のプリンスとそれを嬉しげに見下ろすヨク。
 時のキャッスルには二人だけ。
 宇宙を模したようなその地にて、二の視線が重なり合う。

「ンフ」

 ヨクはたまらないというように笑みをこぼしながら時のプリンスが刺さっている柱に飛び移る。尖っている先端部分にしゃがみ込み、片腕を伸ばして、恋人が恋人にするかのように手で時のプリンスの頬を触った。

「アタチの方に来ない?」
「…………」
「無視するなんて酷いのね」

 不満げにこぼして、ヨクは頬に触れている手のひらから黒いエネルギーを発する。

「……っ、貴様」
「いいわよ、その調子。そうやって勝てないのに強がってイレバいいわ。そういうところ……嫌いじゃないわよ」

 手のひらから溢れた黒いものは、時のプリンスの頬を熱し、傷口を舐めるように這う。本来なら逃れるため素早く動いただろうが、柱に胴を固定された体勢ではそれすら叶わない。時のプリンスはただ耐えるしかなかった。

「いいの? このままじゃ死ぬかもしれないわよ。それデモイイのかしら」

 ヨクは挑発するような声をかける。
 だが時のプリンスは挑発には乗らなかった。
 もっとも、単に挑発に乗る体力がなかっただけなのかもしれないが。

「無視するの? 随分強気だこと」
「……話すことはない」

 刹那、ヨクの顔から熱が引く。

「そう」

 それまではじゃれ合おうとするかのようにどこか楽しげに喋っていたヨクだったが、急激に冷ややかな顔つきとなった。
 そして、時のプリンスの顔に向けて、手のひらをかざす。

「もうイイわ。アタチのものにならないのならアナタなんて要らない。……消えちゃって」

 極寒の地のような冷ややかさを面に浮かべながら手のひらから黒いものを放つ――が、時のプリンスには命中しなかった。

「っ!?」

 ヨクは驚き詰まるような声をこぼす。
 何が起きたのか――彼の手のひらと時のプリンスの間には一枚の光る盾が佇んでいた。
 直後、柱が左右に揺れ、異変に気づいたヨクは素早く柱から飛び退く。それとは逆に、柱に突き刺さってしまっている時のプリンスはそのままじっとしているしかない。

「今から倒す」

 下から放たれた声。
 淡々としたそれは、盾のプリンスのものであった。

 彼はその握力で柱を根元から折り、徐々に横倒しにしていって、最終的には両手で柱を横向けに持つような形に持ち込む。

 時のプリンスの両脚が地面に接近した。
 そこへ駆け寄っていくアオ。

「時のプリンス! お待たせしてすみません!」

 駆け寄ってきた彼女の今にも泣き出してしまいそうな面を見たらたまらなくなったのか、時のプリンスは片腕を伸ばしてその柔らかな頬に触れる。

「……アオ」

 彼の手のひらが触れる感覚、アオの瞳から雫がこぼれ落ちた。

「生きていて……良かった、です……」

 そう述べるアオの声は震えていた。

「感動の再会だナンて、面白くないわね」

 別の柱に移りそこから飛び降りて地面へ降り立ったヨクは、黒い着物の開いた裾をなびかせながらプリンスらの方へと視線を向ける。
 そんな彼の前に立ちはだかるのは森のプリンセス。

「通さないわよー」

 彼女もまた時のプリンスを助けるために駆けつけた者である。

「アラ。戦いでもやるつもりなのかしら。ウフ、好戦的なプリンセスね」
「そちらが何もしないならこちらも何もしないわよー」

 アオは最初森のプリンセスのところへ行き助けを求めた。当然森のプリンセスは助けに向かう。だがその際もう一人くらいいる方が良いと考え、森のプリンセスが盾のプリンスに連絡。そうして二人で駆けつけたのだ。

 ちなみに、盾のキャッスルはクイーンズキャッスルから派遣されたミクニが、森のキャッスルはウィリーが、それぞれ護っている。

 盾のプリンスと森のプリンセス、珍しい組み合わせではあるが、緊急時ゆえ珍しいとか慣れていないとか言っていられないというものである。

「少し待っていてほしい。すぐに柱から解放する」

 森のプリンセスがヨクの前に立ち塞がっている間に、盾のプリンスは時のプリンスを柱から解放しようと動く。
 凄まじい握力を活かし、柱を砕いていく。
 ぼき、ごき、と、豪快な音が響く。

「できた」

 柱が完全に粉々になる。
 時のプリンスはどさりと地面に崩れ落ちる。

 アオはすかさず抱き締めようとした――が、彼の穴が空いた腹部から赤いものが流れ出ていることに驚き怯み、伸ばしかけた腕を引っ込めてしまう。

 それから視線が重なり。
 アオは気まずそうで申し訳なさそうな顔をする。

 そこへ、盾のプリンスが口を挟む。

「出血を止める」

 地面に横たわっている時のプリンスの腹に触れる盾のプリンス。黒い手袋に赤いものが染みそうになるのも気にせず、彼は時のプリンスの腹部辺りに半透明の薄いシールドを貼りつける。

「……すまぬ」
「気にしないでほしい」

 プリンス二人の視線が重なった。
 二人の間に漂う空気は珍しく柔らかめのものだった。

「あの……時のプリンスは……大丈夫、でしょうか?」

 問いを放つのはアオ。

「問題ない、血は止まる」
「良かった……」

 安堵の色を滲ませ、アオは時のプリンスの片手を両手で包み込む。

「生きていてくれてありがとうございます」
「……すまぬな」
「私は貴方が生きていてくれるだけで幸せです。貴方が生きている、それだけで幸福なのです。時のプリンス、私は、私、は――」

 アオは言葉を少し途切れさせ、数秒の間の、その後に。

「貴方がいればそれで良いのです」

 やがて彼女はそう発した。
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