プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

文字の大きさ
130 / 141

episode.129 光と影

しおりを挟む
『以前術を使ってきていた敵を倒し、器となっていた女性は人の世へ送り返しました』

 杖のプリンセスから急にそのような報告があった。
 私はただクイーンズキャッスルで待機しているだけ。なのに他所ではそのようなことが起こっていたとは。驚いた、としか言えない。だが何にせよ皆が無事ならそれは何より嬉しいことだ。皆が傷つかない、それが最良の結果である。

「皆さん無事で良かった……安心しました」
『クイーン。お気遣いありがとうございます』
「いえ……その、お礼なんて。私は何もしていませんし何もできていません」
『クイーンの座に就いていてくださるだけで良いのですよ』

 そう述べる杖のプリンセスは派手な表情は作らないもののどことなく柔らかで優しげな雰囲気をまとっていた。

『では、引き続き敵襲に備えておきますので』
「は、はい。お願いします」

 杖のプリンセスとの通話はそこで終了した。

 プリンセスのいない森のキャッスルに残っているウィリーとフローラが敵に襲われたという話を耳にした時は不安で胸がいっぱいになったが、大きな被害はなかったようでほっとした。

 もちろんこれで終わりとは限らないのだが。
 でも何事も一つずつ。
 力ある敵一体を倒せただけでも意味はあるだろう。

 あとは敵勢力基地へ乗り込んだ者たち、か。彼女らからは今のところまだ連絡はない。あちらは弱くない者たちで構成されているのでそこまで心配することはないだろうけれど、それでもやはり多少気になりはする。皆生きているだろうか、皆元気だろうか、そんなことを考え答えを知りたくなる。

「基地の方からは連絡はないわね」

 話しかけてきたのはミクニ。
 彼女は言葉を発してから両腕を上へやって上体を大きく上向きに伸ばす。このタイミングで背伸びとは、なかなかマイペースだ。

「気になりますか?」
「心配してるわけではないわ。ただ、たまにふと気になるのよね。そんな感じ」
「気にかけてくださってありがとうございます」
「固いわねぇ」

 そんなことを言われても……。

 ただの流れではないか。


 ◆


 その頃、敵勢力基地。

 プリンセスらは迫る敵を手早く片付けながら奥へ奥へと進んでゆく。
 そうしてたどり着く、基地の深部にある一枚の扉の前へ。
 黒地に銀色の縦線が二本走ったやや近未来的な要素のあるスライドドアへ固く閉ざされている。

「よし、早速扉ぶち破って――」
「待って」 

 海のプリンスは突き進もうとするが、森のプリンセスが制止した。
 それから森のプリンセスは扉に片耳を当てる。

「そう……ウツロが……残念ね」

 扉の向こう側から聞こえてくる微かな声、それはヨクの声であった。

「……まったく、馬鹿な子だわ。単身突っ込んで自滅スルなんて……」

 プリンセスらは全員でその独り言を聞いた。
 そして顔を見合わせる。
 言葉を発することはせずとも目線だけで心は交わせる。

「さ、じゃあ行きましょうか」

 少しして、森のプリンセスが小さく発した。
 皆はそれに対応するように頷く。

 森のプリンセスは柔らかだった表情をほんの少しだけ固めのものに変える。しかしそれでも口もとには余裕の色は残っていて――彼女は心を落ち着けながら右手の手のひらを扉へかざす。一秒後、手のひらから太い木の幹のようなものが一本発生。それが無機質な黒と銀の扉を貫いた。めぎめぎと毒々しい音が鳴り、扉に穴が空く。幹のようなものはそこからさらに質量を増し、穴を大きく広げてゆく。

 やがて、扉に人が通れるほどの大きな穴が空いた。
 プリンセスらは速やかに室内へ侵入する。
 入ってすぐ右側にはほのかに木材の匂いがする和箪笥が置かれており、その横には小物を飾るための細めの台があった。明るい色をした木製のその台の上には、波と千鳥が描かれた板状の飾り物と小花柄の桃色の巾着が佇んでいる。

「……来タワね」

 侵入してきたプリンセスたちに気づいたヨク。
 冷ややかに呟いてからプリンセスらの方へ身体の前面を向ける。

「悪いけど貴方にはここで終わってもらうわ!」
「剣のプリンセス……知っテルわよ。あの男の娘、次の代、でしょう。大人しくあのままコッチにつけば、戦う必要もなかったというのに……残念なことね」

 愛剣を構え攻撃的な視線を向ける剣のプリンセスに対してでもヨクはそれほど感情的にはならなかった。

「悪しき者にはここで消えてもらう!」
「愚かな。……負の感情を悪しきものと決めつけてイルナラそれは間違いよ」

 ヨクは眉間にしわを寄せ、表情だけで圧をかける。

「光ある限り影もある、それは決して変わるコトノナイこの世の理。そうでしょう?影を作らない光などありはシナイのだから」

 剣のプリンセスは床を蹴った。
 手にした剣で斬りかかる。

「それでも!」
「何?」

 ヨクは前に出した片腕に黒いものをまとわせて斬撃を受け止めた。

「それでも! 人々に黒い感情を持たせることは正義ではない!」

 叫ぶのは剣のプリンセス。

「アナタが影のない世界を作りたいなら、まずは光を消すことね」

 剣のプリンセスは一旦一歩分後退する。
 しかし再び攻撃を仕掛けることは諦めておらず、いつでもすぐに動き出せる体勢をキープしている。

「そうすれば……イズレ、影も消え、絶えゆくわ」

 言い終えて、ヨクはくいと片側の口角を持ち上げる。
 そして手のひらをぱんと音を立てて合わせる。
 瞬間、その手もとから黒くどろりとした見るからに怪しい光が発生し、それらは意思を持っているかのようにプリンセスらへ襲いかかった。

「任せて」

 それを防いだのは森のプリンセス。
 彼女は素早く皆の前へ出ると植物で編んだ板を盾のように使って攻撃を防ぐ。

「行って!」

 森のプリンセスが発した瞬間、剣のプリンセスと海のプリンスが左右からヨクに襲いかかる。
 両側からの同時攻撃。
 しかしヨクは黒いものをまとわせた腕を上手く使いつつ抵抗する。

 ――しかし。

「ふにゅみゅ!」

 ヨクは見逃していた――和箪笥の陰にさりげなくいた愛のプリンセスを。

 愛のプリンセスが放ったハートがヨクの鼻に直撃する。

「っ、ぐ、ぶぱッ」

 ヨクに隙が生まれる。

 そして。

 剣のプリンセスが手にしている剣の先がヨクの喉もとに突きつけられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...