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前編

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「悪いが婚約破棄させてくれ。もう君とはやっていけない」

 婚約者バーナス・バーガーからそんなことを言われたのは、ある秋の日だった。
 夏の暑さも去りいよいよ過ごしやすくなるという時期である。

「実は母も言っているんだ『あんな女は駄目だ、どうしようもない』と。そこで、婚約を破棄することを考えた。君のような忠実でない女からはさっさと離れるべきだと考えて」

 バーナスは以前から私のことを良く思っていないような振る舞いをすることがあった。女は大人しく従え、というような意味のことを言われることも少なくなかった。しかし私には奴隷のような振る舞いはできなかったので、心当たりがないわけではない。

 とはいえ、まさかいきなり婚約破棄を突きつけてくるとは。

 そこは少々意外である。

「分かりました、去れば良いのですね」
「あぁ」
「では失礼します。でも……婚約した時の書類に書かれていたこと、忘れないでくださいね」

 奇妙なものを見たような顔をするバーナス。

「何が言いたい」
「婚約破棄となった際、貴方は慰謝料を支払わなくてはならない」
「……っ!」
「聡明な貴方のことです、忘れてはいないでしょう」

 私は口角を僅かに持ち上げる。
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