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2話

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 ある日、転機は突然訪れる。

「お嬢さんをいただきたいのです」

 家にいきなりやって来た資産家の男性がそんなことを言ってきた。

「何ですって? 娘を? 無礼な! 嫌です、渡しはしません!」
「どうしてです、奥さん」
「この娘は私の大切な娘です」

 エリサはこんな時だけ善良な顔をする。
 前妻の子を大切に育てている良き妻の顔――もっともそれは完全に偽りのものなのだけれど。

「前の奥さんの娘さんですよね?」
「ええ……それでも私はこの娘をずっと大切に思って育ててきました。彼女は私の宝です。怪しい人には渡せません」

 嘘ばっかり。
 ずっとこき使ってきたくせに。

「ですが奥さん、そのわりには……」
「何でしょう」
「貴女はお嬢さんを虐め奴隷のように扱っているようですが」

 男性は写真を取り出した。
 そこには罰としてほうきで身体を叩かれる私と嬉々として罰を与えるエリサが写り込んでいた。

「なっ……」

 エリサは表情を固くする。

 まぁ無理もないか。
 己の隠してきた面が他者に思わぬ形でばれていたのだから。

「貴女がお嬢さんを渡してくださらないのであれば、これをばらまきますよ」
「な、何ということを! その程度、ただの教育でしょう!」
「ほうきで叩く、は、教育にしてもやり過ぎですよ。それも、相手は女の子なのですよ? 危ないにもほどがあります」

 男性はきっぱりと言ってくれた。

「……いいわ、この娘はあげます」
「良かった」
「その写真! 絶対に公開しないでちょうだいよ!」
「まぁ……それは今後の貴女次第、ですね」
「何ですって!?」
「貴女が何もしなければ公開はしません」
「そ、そう……ならいいわ。じゃ、娘は好きになさい」

 それは取引だった。

「では、お嬢さん」
「あ、はい……」
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