イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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12話 唯一の救い

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「彼のことは知らない、ですって?」

 危機的状況に陥っていた私たちを助けにきてくれたシュヴァル。彼のことを私は一度「まるで救世主」と思ったけれど……前言撤回。シュヴァルはやはり、救世主などではない。救世主どころか、ただの心ない人だ。

「どうしてそんなことが言えるのよ」
「王女様は勘違いなさっています。星王様や王女様と、ベルンハルト。それらはまったく異なる存在です」

 シュヴァルは無線で誰かと連絡をとりつつ、淡々とそんなことを言った。

「何よ、それ。どういう意味?」
「ベルンハルトは収容所より連れてこられた男にすぎません。星王家の方々と同じように扱われるわけがないでしょう」

 そう話すシュヴァルの目は、とても冷たい。氷で作られた剣のような視線を放っている。

「でも同じ人間だわ」
「違います」
「そんなことない!」
「いいえ。オルマリン人でない彼は、貴女方どころか、我々とも違うのです」

 シュヴァルは当たり前のように言う。けれども、私には理解できなかった。

 確かに、ベルンハルトはオルマリン人ではないかもしれない。だが、同じような姿をしているではないか。体も顔も、見た感じ、オルマリン人と何も変わらない。そっくりだ。

 にもかかわらず、なぜそれほどに「違う」と認識しているのか、私には理解不能である。

「……もっとも、王女様の従者ともなれば、多少は扱いが変わるやもしれませんがね」

 静かにそう述べたシュヴァルの瞳は、不気味な輝きをまとっていた。

 この、よく分からない感じ……どうも馴染めない。


 こうして、私とシュヴァルの会話は終了した。

 ちょうどその頃に、彼が呼んでいた救護班が到着。右肩を撃たれた父親は担架に乗せられ、手当てするべく、星王の間から運び出されていった。

 私は胸のうちに黒いものを抱えたまま、星王の間から避難。今回も何とか、ほぼ怪我なしで乗り越えることができた。あれだけ危機的な状況におかれながら、大きな怪我をせずに済んだというのは、本当に幸運だったと思う。

 ただ、星王の間に残してきてしまったベルンハルトの身が心配ではある。
 あまり酷い怪我をしていないと良いのだが。


 それから一時間ほどが経過し、ようやく、父親が運び込まれた部屋へ入ることを許された。手当てが完了し状態が落ち着いたから、とのことだ。なので私は、血の飛沫がついてしまっている白いワンピースを脱ぎ、清潔なものに着替えてから、部屋へと入った。

 そこにあったのは、ベッドの上に横たわる父親の姿。
 呼吸は浅く、意識はない。ただ、穏やかな顔つきであることだけが、私にとっては救いだった。

 父親がこんな目に遭ったのは、私が迂闊な行動をしたせい。その思いがあるだけに、父親が苦しそうにしていなくて安心した。もしも苦しみ続けていたとしたら、私は父親に何と謝れば良いのか分からないところだった。

「やれやれ。一体どこの誰がこのようなことを」

 私の隣に立っているシュヴァルが、そんなことをぽそりと呟く。

 珍しく共感した。今は私も同じ気持ちだ。
 こんなことをして、一体何になるというのか。人を傷つけ、幸せを奪って、何が楽しいというのか。襲撃なんてする心は、私には、まったく理解できない。

「シュヴァル、貴方はどこへ行っていたのよ」
「少しばかり用事がありまして」
「貴方がいなくなった途端、襲われたのよ。きっと、貴方がいなくなるのを待っていたのだわ」
「それは想像にすぎません」

 確かに、これといった根拠があるわけではない。
 しかし、だからといって「想像」と一蹴されるのは、少々不快だ。

「想像が間違いだとは決まっていないわよ」
「……それもそうですね」

 シュヴァルはそれ以上言い返してはこなかった。多分、相手が王女の私だったからだろう。

「ではこれにて。失礼します」
「言ったそばからそれ? また何かあったらどうするのよ」

 あんなことがあった後なのだから、もう少しくらい気を遣ってほしい。

 ……そう思うのは、贅沢だろうか。

「その点はご安心下さい、王女様」

 私が文句を言い放つと、シュヴァルは宥めるような柔らかい声色で述べた。

「貴女は従者をとることを拒んでらっしゃったようですが、こうなってしまえば仕方がない。ということで、従者もどきを用意させていただきました」

 シュヴァルは、片手を胸に当てながら、そっとお辞儀する。

「従者もどき?」
「はい。そちらは一応オルマリン人ですので、あの収容所上がりとは質が違います」
「さりげなくベルンハルトの悪口を言うのは止めて!」

 どさくさにまぎれて嫌みを言われるというのは、自分のことでなくとも、良い気はしない。だから一応指摘しておいた。

 それに対し、シュヴァルは口角を持ち上げる。

「……ふふ。王女様はやはり、彼をとても気に入っていらっしゃるのですね」

 馬鹿にしたように、ニヤニヤと笑っている。

「だったら何か問題が?」
「いえ、何も。初々しく魅力的な王女様だと、そう思っただけです」
「失礼ね」
「おや。それは実におかしな話です。魅力的というのは失礼な言葉でしたか」

 そんな微妙な言葉を最後に、シュヴァルは部屋から出ていく。

 去りゆくその背中を眺めながら、私は心の中で「嫌なやつ!」と吐き捨ててやった。

 本当に失礼な人だ、シュヴァルは。
 失礼にもほどがある。


 すやすやと穏やかな寝息をたてている父親と二人になると、急激に部屋が広くなったような気がした。

 音がない。動きもない。
 そんな中に一人佇んでいると、深海の檻に閉じ込められているかのような感覚に襲われる。

 私は眠る父親の枕元へ移動すると、その場にしゃがみ込み、そっと呟く。

「ごめんね」

 父親がこんな目に遭ったのは、私が勝手な行動をしたせい。何もできない無力な人間なのに、無理をして何かしようとしたから、こんなことになってしまった。だから、謝っておいたのだ。

 けれども、返事は返ってこない。
 そのことが、現状を私の胸へ突きつける。痛いほどに。


 そんな時、唐突に扉が開いた。

「こーんばーんはっ」

 聞き慣れない女性の声が耳に入り、私は立ち上がる。色々あった後だからか、またしても敵か、と警戒してしまう。

「……どなた?」
「初めましてー、貴女がイーダ王女ね」

 まさに「大人の女性」という雰囲気の、綺麗な人だった。

 後頭部の高い位置で結った、赤く長い髪。華やかな睫毛に彩られた、水晶のように透明な水色の瞳。

「……私をご存知なのですね」
「えぇ。そーよ」

 つい見惚れてしまうような華やかさを持った人だ。
 ただ、少し軽い感じもする。

「何かご用ですか」

 すると彼女は、困ったような笑みを浮かべながら、片方の手をぱたぱたさせた。

「もー、王女様ったら。べつに、あたしなんかに敬語じゃなくていーわよ」

 凄く不思議な人だが……もしかして、彼女がシュヴァルの言っていた従者もどきなのだろうか。
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