イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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50話 喧嘩するほど仲良し

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 視界の端に映ったのは、黒い影。見たことのない、怪しい形をした影だった。その正体を確かめようと振り返りかけた刹那、ベルンハルトに手首を掴まれ、引っ張られた。

 それからしばらくの記憶はない。

 ただ、土の香りが鼻腔を通過した覚えている。舞い上がる土埃の香りだけを——。


「イーダ王女! 起きろ! イーダ王女!」
「……ベルン、ハルト?」

 まだ細い視界に、ベルンハルトの姿が入った。いつも冷静な彼が慌てた顔をしている。不思議でならない。

「しっかりしろ!」

 相変わらずの厳しい発言。
 やはり、彼は私を王女だなんて思っていないのだわ。

「どうしたの、ベルンハルト。そんなに慌てて……」

 そこまで言った時、突如、片足に痛みが走った。

 すぐには判断できなかったが、どうやら、痛んだのは左足のようだ。痛みから数秒後に、そのことに気がついた。というのも、ワンピースの左足に被っている辺りに赤い染みができていたのである。

 ……怪我でもしたのだろうか? そんな記憶はないが。

「意識が戻ったか」
「えぇ。何かあったの?」

 私が尋ねると、ベルンハルトの表情が暗くなる。

「敵の攻撃を、足に」
「私が?」
「僕が早く動けなかったせいだ。すまない」

 こうして話せているということは、たいした怪我ではないということだ。なら、気にするほどのものではない。確かにズキズキはするが、誰かが命を落とすくらいならこの方がずっとましである。

「それはいいけど……敵は?」
「リンディアとアスターがほとんど倒した」
「そう! なら良かった!」

 すると、ベルンハルトは気まずそうな顔になる。

「ただ、まだ一人だけ残っている」
「そうなの?」
「あっちでリンディアが交戦中だ」

 ベルンハルトが示した方へと視線を向ける。すると、赤い拳銃を手に何者かと対峙するリンディアの後ろ姿が見えた。

「通してくれへん?」
「お断りよー」
「そしたらまぁ、無理矢理通してもらうしかないな」
「そっちもお断り」

 そんなやり取りが聞こえてくる。

「ベルンハルト、あれは……」
「襲ってきた敵の最後の一人だ」

 私は目を凝らす。すると、リンディアと対峙している者の姿が見えた。もっとも、十メートルほどは距離があるため、すべてをはっきりと捉えることはできないけれど。

「女の子……?」

 思わず漏らした。

 リンディアと対峙している者が十四くらいに見える少女であったことに、驚いてしまったからである。

 襲撃してくる者といえば、これまでは大概は男性だった。それも、銃器を抱えた屈強な男性である。それだけに、敵が少女であるという事実は衝撃だった。

「ベルンハルト、あの子、本当に敵なの?」
「貴女の足をやったのもあいつだ」
「そんな。見間違いではないの」
「間違いない」

 どうしても信じられない。

「あり得ないわ。だって、あんな可愛い女の子よ」
「見た目だけだ。中身は凶悪な襲撃者にすぎない」
「そんな……」

 ベルンハルトの発言を信じられないまま、リンディアがいる方へと視線を戻す。

 その時、既に、リンディアと少女は動き出していた。

 リンディアが赤い拳銃の引き金を引くと、緑色の光が放たれる。少女はそれを、目にも留まらぬ速さでかわす。

「凄い……!」
「感心している場合ではない」

 少女の華麗な動きに見とれていた私は、ベルンハルトに突っ込まれて正気に戻った。

「そ、そうよね。リンディアを応援しなくちゃ」
「応援ではない。逃げるんだ」
「それは違うわ、ベルンハルト。私たちだけ逃げるなんて駄目よ」

 敵がいるところにリンディアを残していくわけにはいかない。彼女がどれだけ強いとしても、だ。

「何を言っているんだ」
「リンディアを見捨てるようなことはできないの!」

 私が調子を強めると、彼も声を大きくしてくる。

「貴女はいつまで寝ぼけたことを言っているんだ!」

 喧嘩している場合じゃない。それは分かっている。けれど今さら引けなくて、私は言い返してしまう。

「寝ぼけてなんかないわよ!」
「怪我人は大人しくしていればいいんだ!」
「ベルンハルト! 貴方、王女に向かってよくそんな言い方をするわね!」

 私がそこまで言うと、ベルンハルトはついに黙った。

「……すまない」

 小さく謝罪するベルンハルトを見て、少し申し訳ない気分になる。

 彼は私の身を案じてくれていたのだ。にもかかわらず、私は冷たい態度をとってしまった。彼の厚意を拒否するようなことを言ってしまった。

 なんてことをしてしまったのだろう、私は。

「……こちらこそ、ごめんなさい」

 私とベルンハルトが湿った空気に包まれている間も、リンディアは戦っていた。今もまだ、赤い拳銃から放たれる緑色の光が、時折視界の端を駆け抜けている。

「その、ベルンハルト?」
「……何だ」
「怒ってる?」

 十秒に一回ほどリンディアと少女の戦いへ視線を向けつつ、ベルンハルトの顔色を窺う。
 しかし、彼は静かな顔つきをしているので、心が読めない。何を考えているのか、どのような心理状態にあるのか、彼は読み取らせてくれなかった。

「怒ってる……わよね?」

 勇気を出して、もう一度尋ねてみた。
 すると、彼はようやく口を開く。

「怒っていない」

 だが、すぐには信じられなかった。穏やかな顔つきをしてはいないからである。

 いかにも怒っている、という顔つきでもないのだが、彼の表情には冷たさがある。そのような表情で「怒っていない」と言われても、呑気に「そっか! 良かった!」とは返せない。

「本当に?」
「本当だ」
「言っているだけじゃない?」
「当然だ。嘘はつかない」

 初めは彼の言葉を信じられなかった。一応言っているだけなのでは、と疑ってしまっていた。

 しかし、こうしてやり取りをしていると、心は徐々に変わってくる。

 ベルンハルトがそんな嘘をつくわけがない。彼が私に気を遣うわけがない。それらは、よく考えてみれば容易に分かることだ。

「そう……そうね。ありがとう」
「いや、僕は何もしていない」
「……ふふっ」
「何を笑っている?」
「ごめんなさい。ただ、ベルンハルトが面白くって」
「僕にはよく分からない」

 まだ戦いは終わっていない。だから、呑気に話をしている場合ではない。ただ、それでも今は、彼といられることが嬉しい。


「ベルンハルトくん! 呼んできたが、どうするのかね!」

 それから数分ほど経っただろうか。背後から、アスターの声が聞こえてきた。

「アスターさん?」
「おぉ! 目が覚めたようだね!」
「一体何を?」
「助けを呼びに行っていたのだよ。ベルンハルトくんの指示でね」

 アスターの言動からは、あまり危機感を感じない。もっとも、今日に限ったことではないのだけれど。

「足の怪我、大丈夫かね?」
「えぇ。心配させてごめんなさい」
「なに、君が気にすることではないよ」
「それで、助けって? 誰を呼びに行っていたの?」

 私がそう問うと、アスターは笑顔で答える。

「君のお父さんだよ」
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