イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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70話 手と手

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「ディハ、アトゥハ、Cエリアヲアンナイイタシマスネ!」

 ゆっくりとティータイムを済ませた後、視察が再開される。ルンルンは張りきった足取りで私たちを案内してくれた。

 私は、父親やシュヴァルの後ろに連なるようにして、ゆっくりと歩いていく。

 そんな中で、ふと、隣を歩くベルンハルトへと視線を向けた。そして、彼が憂鬱そうな顔をしていることに気がついた。

 かつて生活していた場所へ帰ってくる、ということは、やはり嫌なことなのだろうか。

「ベルンハルト」
「何だ」

 浮かない顔をしていた彼だったが、意外にもすぐに言葉を返してきた。

「どうかしたの?」

 こんなことは聞かない方がいいかもしれない。そう思いながらも、気になるので尋ねてみた。
 するとベルンハルトは、ほんの少し俯いて答える。

「……どうもしない」

 彼ははっきりとそう言いきった。けれども、その表情は、明らかに何かある人間の表情だ。何かを抱いていながら言わないでおこうとしていることは、誰の目にも明らかである。

「本当に?」

 今は移動中ゆえ、ルンルンやシュヴァルが近くにいる。だから、あまり大きな声で話すことはできない。

「本当に、何もないの?」

 自分の従者のことくらいは知っておきたい。中でも、ベルンハルトの心には、特に関心がある。だから、こうして問いを重ねるのだ。迷惑かもしれないけれど。

「……ふと昔を思い出した」

 けれども、結果的には何度か聞いてみて良かった。
 というのも、何度も質問を重ねたことで、ようやく口を開いてくれたからである。

「Cエリアは僕の生まれ育ったところだ」
「今から向かうところ?」
「そうだ」
「なら、知り合いとかに会えるんじゃない?」
「……そうだな」

 ベルンハルトはそう言って、ふっ、と自嘲気味な笑みを浮かべる。

「オルマリンに屈服するなんて、と幻滅されるに違いない」
「まさか! そんなことないわよ」
「いや、そういうものなんだ。オルマリンの王女に仕えるなど、裏切り以外の何でもない」

 ベルンハルトは裏切り者ではない。
 従者となった今でも、彼は、彼であることを諦めず暮らしているのだから。

 それに、もしベルンハルトが王女の従者になっただけで裏切り者扱いするような人がいるならば、そんな人たちとの関係を持ち続ける価値などあまりないだろう。

 そんな心の狭い人間は、ベルンハルトには相応しくない。

「何を言うの。誇り高い貴方が、裏切り者なわけないじゃない」
「僕はネージアを捨てた。それがすべてだ」

 ベルンハルトは考えを変える気はないようだ。裏切ったと言われる、と、完全に思い込んでいる様子である。

「スォロスォロトゥーチャクシマスヨ!」

 ルンルンが告げる。
 まもなくCエリアに着くようだ。


「ココハ、ネージアディンヲオオクシュウヨウシトゥエイル、イェリアニナリマス!」

 先頭を行くルンルンが、父親に説明していた。

「おぉ、ネージア人か。ネージア人といったら確か——」
「セイトヨリズゥーットキタニイッタトゥコロニアルシマニスンデイタヒトタチドゥエス!」
「そういえばそうだったな」

 父親はあまりよく分かっていないのかもしれない——会話を聞いていて、そんな風に思った。

 もっとも、あまり大きな声では言えないことだけれども。

「星王様。くれぐれもお気をつけ下さいませ」
「シュヴァル? 何を言うんだ?」
「ネージア人は極めて危険な種族ですから、何をやらかすか分かりませんよ」

 父親はよく分かっていないらしく、シュヴァルの言葉を聞いても目をぱちぱちさせていた。

「クリタヴェール。星王様に危害を加えようとする者がおらぬか、確認済みなのでしょうね?」
「モティロンデス!」
「反逆者には死を」
「ダ、ダ、ダ、ダイジョウブディスヨー! サトゥガニ、ソンナアブナイヤトゥハイマテンヨー!」

 殺伐とした空気を漂わせるシュヴァルを見て、ルンルンは慌てたように言う。その時のルンルンは、シュヴァルの冷たい瞳から放たれる威圧感に怯えているようにも見えた。

「……なら構いませんが」
「アンシンシテクドゥァサイ! オエライサマグァタニメイワクヲオカケスルコトノナイヨウ、キッチリミハラスェテイタドゥァキマツ!」

 シュヴァルとルンルンが言葉を交わすのを聞きながら、私はそっと、隣にいるベルンハルトを一瞥する。

 彼の表情は明るくはなかった。
 ひんやりしていて、どこか寂しげ。この土地の気候はそんな感じだ。今のベルンハルトの表情は、それによく似ていた。

「大丈夫? ベルンハルト」

 小声で話しかけてみる。

 すると彼は、こちらへすっと視線を向けて、一度だけ静かに頷いた。

 彼の表情は明るいものではない。けれども、瞳の鋭さは健在だ。目つきが弱々しい、ということはまったくない。

「無理しなくていいのよ」
「……していない」
「強いのね、貴方は」

 そう返してから、私は、すぐ近くにあったベルンハルトの手を握る。
 いきなりこんなことをしたら、驚かせてしまうかもしれないが。

「っ!?」

 ……案の定、驚かせてしまったようだ。

「な。いきなり何をするんだ」
「こうしていた方が元気が出るかなー、なんて」
「イーダ王女が僕に気を遣う必要はない」

 ベルンハルトはそう言うと、離してほしそうに手をぱたぱた動かし始めた。

「……こうしているのは、嫌?」
「いや、そういうわけではないが」
「ならどうして拒むの?」
「主に手を握ってもらう従者など、情けないからだ」

 思わず「そんなこと?」と言いそうになった。が、気を悪くさせてしまっては申し訳ないので、寸前のところで口を閉ざした。

「……離してはもらえないだろうか」
「嫌よ。もう少しこうしていたいわ」
「その……人の目があるところで手を繋ぐというのは、どうかと思うのだが……」
「大丈夫よ。誰も見ていないもの」
「そ、そうか……」

 直後、私たちに降り注ぐリンディアの声。

「まったく、仲良しねー」

 誰も見ていないものと思っていたが、どうやら、見られてしまっていたようだ。見られていない、というのは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。
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