イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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85話 十日ほど経過して

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 それから十日ほど経過した、ある日。

 父親から呼び出しを受けた。

 星王の間へ呼ばれるなんて珍しい。
 私は、念のためベルンハルトを連れて、星王の間へと向かった。

「来てくれたかぁ! イーダ!」
「それで父さん、話って何?」
「実は、紹介したい人がいてなぁ!」

 最初は、何か叱られでもするのかと不安だった。しかし、父親の表情や言葉から、すぐに、「叱られるのではなさそうだな」と察することができた。

「紹介したい人?」
「そうだ! イーダの侍女にもってこいの女の子だぞぉ!」

 ……侍女、か。

 私としては、もうこれ以上知り合いを増やす気はないのだが。

「じゃ、少し待っていてくれぇ!」
「えぇ」

 今から連れてくるのか。そう突っ込みたい気分だが、取り敢えず、大人しく待っておくことにした。


「紹介しよう! フィリーナちゃんだぁ!」

 父親が連れてきたのは、やや赤みを帯びた濃い茶色の髪と琥珀のような瞳が特徴的な少女——そう、第一収容所で会った彼女だった。

 黒のブラウスに、同じく黒の膝下まであるスカート。そして、その上に乳白色のエプロン。
 そんな侍女の制服を身にまとっている。

「よ、よろしくお願いしますぅ……」

 彼女、フィリーナは、弱々しく挨拶しながら頭を下げる。
 頭を下げる度、軽く波打った肩辺りまでの髪がふわりと揺れる。その様は、非常に女の子らしい。

「侍女として働いてくれるからなぁ! イーダ、仲良くするんだぞぉ!」

 父親がそう言うと、ベルンハルトは一歩前へ進み出る。

「待て。その女が役に立つとは、とても思えないのだが」

 ベルンハルトの冷たい瞳が、父親へ、フィリーナへ、鋭い視線を放つ。

「何を言うんだぁ? やる気は十分だぞぉ」
「彼女は視察の時に一度会ったが、有能と思える状態ではなかった。イーダ王女に仕えるには、能力不足かと」

 ベルンハルトは淡々と述べた。

 それを聞いたフィリーナは、琥珀のような瞳を潤ませる。ほんの数十秒前までは軽く微笑んでいたのに、今は、今にも泣き出しそうな表情になってしまっている。

「ふ、ふぇぇ……。反対ですかぁ……?」
「ベルンハルト! 女の子を泣かしちゃ駄目だろぉっ!」
「だ、駄目ですよね……やっぱり……こんな馬鹿じゃ……」

 数秒後、ついに、彼女の琥珀色の瞳から涙が零れた。
 ぽつり、ぽつり、と。

 それはまるで、雨の降り始めのよう。

「うぅう……」

 両の手を顔へ当て、いかにも女の子らしく泣くフィリーナ。

「ほらぁ! 泣いちゃっただろぅ!」
「僕は関係ない」
「ベルンハルトが能力不足とか言うからだぞぉ!」

 父親に責められても、ベルンハルトは動じない。ぷいとそっぽを向くだけだ。

「謝れよぉ!」
「謝る気はない。僕はただ、真実を述べただけだ」
「女の子が泣いてしまったんだぞぉ!?」
「知るものか」

 ベルンハルトがあまりに淡々と返すものだから、さすがの父親も、謝らせるのは諦めたようだ。
 視線を私へと移してくる。

「イーダは駄目とか言わないよなぁ? いい娘だもんなぁ?」
「あまり増やす気はないのだけれど……」
「うそーん!」

 父親は、眼球が飛び出しそうなくらい目を見開き、唇が裂けそうなほどに口を開けている。星王がこんなでいいのか、と突っ込みたくなるような、凄く派手な表情だ。

「い、いや! でもイーダぁ! 可愛い系はまだいないだろぅ!?」

 可愛い系、て。
 そういう問題ではないだろう。

「だから、さ、ほら! 泣いてるし!?」

 父親は必死だ。これだけ懸命に説得してくるということは、彼としてはフィリーナを私の侍女にさせたいのだろう。

「……分かったわ」
「分かってくれたか!?」

 ここで断ると、余計に面倒臭いことになりそうだ。だから、受け入れておくことにした。

「そこまで言うなら、それでもいいわよ」
「フィリーナちゃんを受け入れてくれるのかぁっ!?」
「えぇ」

 私がそう言うと、父親の顔つきが、ぱあっと明るくなる。

「さすがイーダだぁーっ!」

 父親は両腕を開いて飛びかかってくる。
 私は、咄嗟に横へ移動し、抱き着こうとしてくる父親をかわす。

「へぶっ」

 父親は、飛びかかった勢いのまま、床に転んでしまっていた。

 とても星王とは思えない振る舞いを続ける父親に、フィリーナは困惑した顔。愛らしい顔に、何がどうなっているのか理解できない、というような表情を滲ませている。

 フィリーナが困惑するのも無理はない。
 星一つを治めるという高い位にある星王が、抱き着こうと娘に飛びかかり、しかも避けられているのだから。

「あ、あの……えぇと……大丈夫、なのですか?」

 笑えてしまうほど見事に転倒した父親を見下ろしながら、フィリーナが尋ねてくる。

「えぇ、気にしないで。よくあることよ」
「そ、そうなのですね……」

 フィリーナは、胸に手を当て、安堵の溜め息を漏らしていた。

「それで、その……本当に、侍女として雇っていただけるのでしょうか?」

 安堵の溜め息をついた後、彼女は、私を真っ直ぐに見つめて質問してくる。
 琥珀色の澄んだ瞳には、私の姿だけが映っていた。

「えぇ。父さんに頼まれちゃ断れないもの」
「ほわぁ……。星王様の権力、凄いですね」
「まぁ、そうね」
「ふわぁ……! 凄いですぅ……!」

 胸の前で両の手のひらを合わせ、瞳を輝かせるフィリーナ。

「やはり、星王様にはとてつもない権力が……!」

 権力の話でなぜここまで目を輝かせるのかがよく分からない。

「でも、絶対的な権力があるわけではないわよ」
「そうなんですか?」
「当然よ。世には『絶対』なんてないもの」

 すると、フィリーナは黙り込んだ。
 言わない方がいいことを言ってしまっただろうか? と、少し不安になる。

 しかし、数秒経つと、彼女は明るい笑みを浮かべた。

「……そうですよね!」

 穏やかそうな愛らしい顔に、雲一つない空のような笑みが浮かんでいる。眩しいくらいの、屈託のない笑みだ。

「受け入れて下さって、ありがとうございます!」

 私には、こんなに愛らしく笑うことはできない。
 意味もなく、そんなことを確信した。
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