イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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95話 魔の手から逃れよ

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 じわりじわりと歩み寄ってくるラナの瞳は、確かに私を捉えている。

 このままではまずい。
 このままでは、仕留められてしまう。

 反撃する術を考えたいところではある。が、考えても無駄かもしれない。私が何かしようと、ラナには通用しないだろうから。

 彼女はベルンハルトと互角に戦えるほどの力を持っているのだ。

「……こ、来ないで!」
「悪いけど、それは無理やわ」

 ラナは徐々に寄ってくる。私は徐々に後ろへ下がる。

「お願いだから、待って。武器を置いて。話をしましょう」

 ベルンハルトが「イーダ王女!」と叫ぶのが聞こえた。けれど、視線を彼へ移すことはできない。彼の方を見たのがほんの数秒だけであっても、その隙に、ラナに殺られそうな気がしたからである。

「話? 今さら何を言い出すんや。そんなん無理に決まってるやろ」

 ラナの濃紺の瞳に、ジロリと睨まれてしまった。

「不愉快やわ!」

 私に向かって振り下ろされる手。それを私は、ベッドの後ろへ回ることによって何とか避けた。

「危ないじゃない! 止めて!」
「ちょこまか逃げんな!」
「逃げるわよ! 死にたくないもの!」

 しかし、まだ終わってはいない。
 というのも、ラナが、またしても巨大な手を振り上げたのだ。

 もう一撃来る。

 本能的に、そう察した。

 ただ、察することができたところでどうしようもない。攻撃される察することは大事だが、最重要なのは攻撃をかわすことだからである。

「観念しぃや!」

 巨大な手が迫る。

 今度こそ、逃げ場はない。

 私はこんなところで死ぬのか。大人しく殺られる道しかないというのか。ベルンハルトやリンディアなんかと出会い、ようやく、少しずつ幸せになってきたというのに。

 ——嫌だ。

 迫る手を見ながら、初めて、はっきりとそう思った。

 ずっと流されるように生きてきたけれど、今この瞬間だけは、流れに逆らいたいと強く思った。

 終わりにするのは嫌だ。
 私はまだ、この人生を続けていきたい。

 イーダ・オルマリンとして、この人生を……。

「イーダ王女ッ!!」


 …………。


 はっ、と正気を取り戻す。

 その時、ちょうど、ラナの顔面に枕が当たっている瞬間だった。

 私が投げつけたのだろう。はっきりとした記憶はないが、恐らく、半ば無意識のうちに投げつけたに違いない。

 柔らかい枕ゆえ、ラナにダメージを与えることはできていないだろう。しかし、顔面に命中したことで、彼女の動きが止まっている。

 これは絶好のチャンス!

 そう思い、私はベルンハルトがいる方へと走った。

「ベルンハルト!」
「イーダ王女!」

 懸命に駆ける私を、彼は温かく迎えてくれた。

「無事か、イーダ王女」
「えぇ。平気よ」

 ベルンハルトも取り敢えずは大丈夫そうだ。

「ちっ! 案外素早いやん!」

 ラナは舌打ちしつつ顔をしかめている。

「枕で隙を作るとは、なかなか面白いな。イーダ王女にそんな頭があるとは思わなかった」
「ほぼ無意識よ」
「なるほど。それなら納得だ」
「少し失礼じゃない……?」

 余裕が生まれたからとこんなことを言うのは調子に乗りすぎかもしれないが——正直、彼女は詰めが甘いと思う。

 無論、詰めが甘い彼女が相手だったから生き延びられたわけだから、感謝すべきことなのだが。


 その時、扉が開く。


 私は一切迷いなく思った。
 異変を察知したリンディアが、様子を見に来てくれたのだと。

「やはり交戦中でしたか」

 が、それは間違いだった。
 現れたのはリンディアではなく、前にホテルでアスターが気絶させたあの女性。

「なぜここに……」

 思わずそう漏らしてしまう。

「こんばんは。なぜ、なんて聞かないでいただきたいものですね」
「どうしているの? 確か、貴女の身は父さんに引き渡したはず……」
「効率的に復活しました」

 そんな馬鹿な、という気分だ。

 このタイミングでラナ側の人間が増えるなんて……。

「ミスト! 何で来たん!?」
「ラナが苦戦しているかもと思ったからです」
「何やそれ! うちが苦戦なんかするわけないやろ」

 以前アスターにランプで殴られた女性は、ミストという名前のようだ。
 ラナとの会話から、それを察することができた。

「苦戦していたのではないのですか」
「ミスト! うちは苦戦なんかしてへん! 勘違いせんとってくれる!?」
「分かりました。これ以上は言いません」

 ラナとミストは、話し終えると、二人揃って私たちの方を向いた。

「これで二対二です」

 ミストは淡々とした調子で言ってきた。

 だが、それはおかしい。

 確かに、人の数ということでならば、二対二だ。しかし、向こうが二人とも強いのに比べて、こちらは戦闘要員がベルンハルト一人しかいない。つまり、戦うとなると二対一になってしまうのだ。

 今この状況で戦闘が勃発すると、明らかにこちら側が不利である。

「ま、来てしまったら仕方ないな。ミスト。ここからは二人で仕掛けるで」
「そうですね。効率的に仕留めましょう」

 敵が増えてしまうとは、アンラッキー。
 こちらにも仲間が増えないものだろうか……リンディアとか。

「どうする? ベルンハルト。このままじゃまずいわ」
「まともにやり合っては、かなり不利だろうな」

 ベルンハルトは落ち着いた口調で返してきた。
 こんな状況におかれていながら、落ち着きを保っていられるなんて。私には絶対に真似できない。

「何とかならないのかしら」

 すると、ベルンハルトは私の手首を掴んだ。

「えっと……何をするつもり?」
「一旦退く」

 数秒後。
 ベルンハルトは私の手首を掴んだまま、扉に向かって駆け出す。

 私は彼に引っ張られるまま、扉の方へと進んでいった。

「ちょ、逃げるんかいっ!」
「逃がしません」
「追うで! ミスト!」
「分かっています」
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