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122話 ミスト
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私たちの前に現れたのは、灰色がかった水色の髪をした女性——ミスト。
私は、彼女がこの場にいるという現実を、すぐには信じられなかった。というのも、彼女はラナと共に捕らわれているはずだったのである。
にもかかわらず、今彼女は目の前にいる。つまり、解放されたということだ。
私にはそれが、どうしても信じられなかった。
「……何をしに来たのかね?」
アスターは眉をひそめる。
またしても現れた敵に攻撃されないよう、私はさりげなく彼の後ろへと隠れた。
「生き延びたと聞いて驚きました、アスター・ヴァレンタイン。あれだけ刺せば……まともに復活はできまいと思っていたのですが」
淡々と述べる彼女の手には、ステッキが握られている。
以前顔を合わせた時、彼女は確か、クナイを持っていたような気がする。しかし、今の彼女が持っているのはステッキのみだ。
「はは。予想が外れて残念だったね」
「……そう簡単にはいきませんか」
「そうそう! そういうことだよ!」
ミストは真剣な顔。アスターのことをじっとりと睨んでいる。一方アスターはというと、夏の空のように明るさのある笑みを浮かべている。ミストの陰湿な表情とは真逆で、爽やかさのある顔つきだ。
「で、何か用かね」
「シュヴァルさんより、王女及びその従者の殺害を命じられています」
アスターは目を細め、銃を持っているのとは逆の手で頭を掻く。
「やれやれ、面倒臭いね」
それから彼は、はぁ、と、わざとらしい溜め息を漏らした。ミストを刺激しようとしているかのような、大袈裟な溜め息のつき方である。
そんな嫌みな態度を取るアスターへ、ミストはステッキを向けた。
ミストの顔面には何一つとして変化は起こっていない。ただ、ステッキを握る手に微かに力を加えたところから察するに、今のミストは平常心ではないのだろう。怒鳴り散らしたり暴れまわったりとまではいかずとも、多少苛ついていることは確かと考えて間違いないはずだ。
「言いたいことがあるような顔だね? 君は。私に話したいことは、何かな?」
無言でステッキの先を向けてくるミストに対し、アスターはそんなことを発した。
言葉自体は特に何でもないようなものだ。しかし、その声色は、少々嫌み混じりなものである。
「付き合って下さい、なら、丁重にお断りするがね?」
「……馬鹿なことを言わないで下さい」
その時になって、ミストの表情が初めて揺らいだ。
——不快の色に。
「品のないジョークは嫌いです。もはや、不快を通り越して、最低です」
「最低? いやはや、酷い言われようだ」
「自覚があるなら、改善していただきたいもので——」
ミストが言い終えないうちだった。
入り口の向こう側から、バタバタと足音が聞こえてきた。
またしても敵が!? と焦り、冷や汗が背を伝う。
こちらはアスターしかいない。しかも、この前怪我したばかりの、まだ完全でない状態のアスターだ。これ以上敵が増えたりしたら、さすがに危険だろう。
一人そんなことを考えていると、入り口が急に開く。
「イーダ王女!」
聞こえてきたのは、青年の声。よく聞いたことのある——ベルンハルトの声だった。
「ベルンハルト!?」
思わず叫ぶ。
直後、入り口から一人の青年が入ってきた。
黒に近い色をした髪。素早い動き。そして、凛々しい顔立ち。
「ベルンハルト!」
やはりそうだ!
彼はベルンハルト。間違いない、彼だ!
「……イーダ王女!」
「来てくれたのね!」
私の存在に気づいた彼は、すぐにこちらへ駆け寄ってこようとした——が、ミストの姿を目にし、ナイフを構える。
彼が私やアスターのところへ来るには、ミストという高い壁を越えなくてはならないのだ。
「またしても仲間ですか。鬱陶しいですね」
「邪魔者は退け」
ベルンハルトは一切の躊躇いなく、ミストに向かっていく。
今の彼は、これまでのいつよりも積極的に、攻撃に出ていた。
「ふっ!」
腕ごと振る動作と握ったまま突く動作を巧みに織り交ぜ、攪乱しつつ攻めてゆくベルンハルト。対するミストは、ナイフによる攻撃をステッキで弾いたり受け流したりして、何とか凌いでいる。
けれど、ベルンハルトが圧倒している。
ミストも弱いことはないのだろうが、今はベルンハルトが有利な状態だ。
「……くっ」
「通してくれ」
激しい攻防の果て、隙を作ってしまったミストはベルンハルトに回し蹴りを入れられる。
「……っ!」
一度の回し蹴りくらいでは、大きなダメージを与えることはできなかったようだ。ミストは、上体を下げることさえなかった。
ただ、動きは止まった。
その隙にベルンハルトは、私たちの方へと駆けてくる。
「ベルンハルト!」
「無事か、イーダ王女」
「えぇ」
再会することに成功した私とベルンハルトは、勢いに乗って、つい手を取り合ってしまった。
こんなことをする関係ではないのに……。
しかしベルンハルトは、まったく何も意識してはいないようで、すぐに、私の横のアスターへと視線を移した。
「ところでアスター。お前はいつからここにいた」
「いつから? ……うーむ、それは難しい質問だね。なんせ、ここには時計がない。だから、私がここへ来てからどのくらい時間が経ったのかなんて、分からないよ」
アスターはわりとよく喋る。
「あのまま直接ここへ来たのか?」
「んー……少し違うかな」
「違うのか」
「糖分を摂取してから、まずは狙撃。そして、ここへ来たのだよ」
アスターが楽しげに話す間、ベルンハルトはずっと怪訝な顔をしていた。
「だがまぁ、安心してくれたまえ。イーダくんに傷はないよ」
「そうだな……それは助かった」
ベルンハルトは珍しく、あっさりと話を終わらせる。そしてすぐにミストへ視線を向けた。突き刺すような、鋭い視線を。
「ここからは僕がやる。アスターは帰れ」
「帰れ!? それは酷くないかね!?」
「酷い、だと? 意味不明だな。まだ本調子でないことを考慮して言ったのだが」
「な、なるほど。確かに、それなら酷くはないね。勘違いしてすまない」
そんな風にアスターと言葉を交わしつつも、ベルンハルトはミストを睨み続けている。
「そんな憎しみのこもった目で見られるのは久々です」
「……お前は拘束されていたはず。なぜまたしても出てきた」
「シュヴァルさんのお力です。感謝せねばなりませんね」
ベルンハルトはまだミストを睨んでいる。
「やはりな。……もはや完全に倒すしかないということか」
低い声で呟くベルンハルト。彼は、倒すべき敵である目の前のミストを睨み続けている。その眼差しは鋭く、まるで剣の先のようだ。
戦いが始まるかと思われた——刹那。
「倒されるのはそちらですよ」
背後から声が聞こえ、振り返る。
そこには、意識を取り戻したシュヴァルの姿があった。
私は、彼女がこの場にいるという現実を、すぐには信じられなかった。というのも、彼女はラナと共に捕らわれているはずだったのである。
にもかかわらず、今彼女は目の前にいる。つまり、解放されたということだ。
私にはそれが、どうしても信じられなかった。
「……何をしに来たのかね?」
アスターは眉をひそめる。
またしても現れた敵に攻撃されないよう、私はさりげなく彼の後ろへと隠れた。
「生き延びたと聞いて驚きました、アスター・ヴァレンタイン。あれだけ刺せば……まともに復活はできまいと思っていたのですが」
淡々と述べる彼女の手には、ステッキが握られている。
以前顔を合わせた時、彼女は確か、クナイを持っていたような気がする。しかし、今の彼女が持っているのはステッキのみだ。
「はは。予想が外れて残念だったね」
「……そう簡単にはいきませんか」
「そうそう! そういうことだよ!」
ミストは真剣な顔。アスターのことをじっとりと睨んでいる。一方アスターはというと、夏の空のように明るさのある笑みを浮かべている。ミストの陰湿な表情とは真逆で、爽やかさのある顔つきだ。
「で、何か用かね」
「シュヴァルさんより、王女及びその従者の殺害を命じられています」
アスターは目を細め、銃を持っているのとは逆の手で頭を掻く。
「やれやれ、面倒臭いね」
それから彼は、はぁ、と、わざとらしい溜め息を漏らした。ミストを刺激しようとしているかのような、大袈裟な溜め息のつき方である。
そんな嫌みな態度を取るアスターへ、ミストはステッキを向けた。
ミストの顔面には何一つとして変化は起こっていない。ただ、ステッキを握る手に微かに力を加えたところから察するに、今のミストは平常心ではないのだろう。怒鳴り散らしたり暴れまわったりとまではいかずとも、多少苛ついていることは確かと考えて間違いないはずだ。
「言いたいことがあるような顔だね? 君は。私に話したいことは、何かな?」
無言でステッキの先を向けてくるミストに対し、アスターはそんなことを発した。
言葉自体は特に何でもないようなものだ。しかし、その声色は、少々嫌み混じりなものである。
「付き合って下さい、なら、丁重にお断りするがね?」
「……馬鹿なことを言わないで下さい」
その時になって、ミストの表情が初めて揺らいだ。
——不快の色に。
「品のないジョークは嫌いです。もはや、不快を通り越して、最低です」
「最低? いやはや、酷い言われようだ」
「自覚があるなら、改善していただきたいもので——」
ミストが言い終えないうちだった。
入り口の向こう側から、バタバタと足音が聞こえてきた。
またしても敵が!? と焦り、冷や汗が背を伝う。
こちらはアスターしかいない。しかも、この前怪我したばかりの、まだ完全でない状態のアスターだ。これ以上敵が増えたりしたら、さすがに危険だろう。
一人そんなことを考えていると、入り口が急に開く。
「イーダ王女!」
聞こえてきたのは、青年の声。よく聞いたことのある——ベルンハルトの声だった。
「ベルンハルト!?」
思わず叫ぶ。
直後、入り口から一人の青年が入ってきた。
黒に近い色をした髪。素早い動き。そして、凛々しい顔立ち。
「ベルンハルト!」
やはりそうだ!
彼はベルンハルト。間違いない、彼だ!
「……イーダ王女!」
「来てくれたのね!」
私の存在に気づいた彼は、すぐにこちらへ駆け寄ってこようとした——が、ミストの姿を目にし、ナイフを構える。
彼が私やアスターのところへ来るには、ミストという高い壁を越えなくてはならないのだ。
「またしても仲間ですか。鬱陶しいですね」
「邪魔者は退け」
ベルンハルトは一切の躊躇いなく、ミストに向かっていく。
今の彼は、これまでのいつよりも積極的に、攻撃に出ていた。
「ふっ!」
腕ごと振る動作と握ったまま突く動作を巧みに織り交ぜ、攪乱しつつ攻めてゆくベルンハルト。対するミストは、ナイフによる攻撃をステッキで弾いたり受け流したりして、何とか凌いでいる。
けれど、ベルンハルトが圧倒している。
ミストも弱いことはないのだろうが、今はベルンハルトが有利な状態だ。
「……くっ」
「通してくれ」
激しい攻防の果て、隙を作ってしまったミストはベルンハルトに回し蹴りを入れられる。
「……っ!」
一度の回し蹴りくらいでは、大きなダメージを与えることはできなかったようだ。ミストは、上体を下げることさえなかった。
ただ、動きは止まった。
その隙にベルンハルトは、私たちの方へと駆けてくる。
「ベルンハルト!」
「無事か、イーダ王女」
「えぇ」
再会することに成功した私とベルンハルトは、勢いに乗って、つい手を取り合ってしまった。
こんなことをする関係ではないのに……。
しかしベルンハルトは、まったく何も意識してはいないようで、すぐに、私の横のアスターへと視線を移した。
「ところでアスター。お前はいつからここにいた」
「いつから? ……うーむ、それは難しい質問だね。なんせ、ここには時計がない。だから、私がここへ来てからどのくらい時間が経ったのかなんて、分からないよ」
アスターはわりとよく喋る。
「あのまま直接ここへ来たのか?」
「んー……少し違うかな」
「違うのか」
「糖分を摂取してから、まずは狙撃。そして、ここへ来たのだよ」
アスターが楽しげに話す間、ベルンハルトはずっと怪訝な顔をしていた。
「だがまぁ、安心してくれたまえ。イーダくんに傷はないよ」
「そうだな……それは助かった」
ベルンハルトは珍しく、あっさりと話を終わらせる。そしてすぐにミストへ視線を向けた。突き刺すような、鋭い視線を。
「ここからは僕がやる。アスターは帰れ」
「帰れ!? それは酷くないかね!?」
「酷い、だと? 意味不明だな。まだ本調子でないことを考慮して言ったのだが」
「な、なるほど。確かに、それなら酷くはないね。勘違いしてすまない」
そんな風にアスターと言葉を交わしつつも、ベルンハルトはミストを睨み続けている。
「そんな憎しみのこもった目で見られるのは久々です」
「……お前は拘束されていたはず。なぜまたしても出てきた」
「シュヴァルさんのお力です。感謝せねばなりませんね」
ベルンハルトはまだミストを睨んでいる。
「やはりな。……もはや完全に倒すしかないということか」
低い声で呟くベルンハルト。彼は、倒すべき敵である目の前のミストを睨み続けている。その眼差しは鋭く、まるで剣の先のようだ。
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