奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
10 / 209

9話「ウィクトルの激励」

しおりを挟む
 自動運転車に乗り、宿舎から十分と少し。劇場に到着した。

 劇場は、大きな箱を地面に置いたような外観。そこには『歌姫祭』の垂れ幕が何本も下がっていて、お祭り感満載だ。劇場前は公園のようになっていて、噴水まである。

 ウィクトルたちも一緒に来てくれた。

 彼らは仕事で来れないかもと心配していたが、今日は休暇が取れたようだ。

「綺麗なところ……」
「ウタくんなら一番になれる。負けるな」
「歌で勝ち負けって、おかしな感じね」
「キエルで唯一の歌のコンテストだと聞いた。これは負けられない戦いだ」

 血の気が多いのよ、血の気が。

「主、あまりそのようなことばかり言っていては、ウタ様が緊張なさいますよ?」

 口を挟んできたのは、さらりとした髪のリベルテ。

「平和主義だな、リベルテは」
「一番だけがすべてではございません」
「いや、何事も勝ってこそ意味がある。当たり前のことだろう」
「……歌は任務ではございませんよ?」

 リベルテは私の心を代弁してくれていた。
 ありがたい。
 ただ、催しに参加する以上、場の雰囲気を乱さないようきちんとした振る舞いをしなくてはならない。もちろん、歌唱もしかりだ。歌を聞きに来ている人たちの前で下手な歌を披露するわけにはいかない。

「ウタ様! どうか、無理はなさらないで下さいね!?」
「ありがとう」

 取り敢えず、私にできることをしよう。
 可能な範囲で全力を出す。今はそれしかない。


 裏口から劇場内へ入り、楽屋へ向かう。
 同行してくれているのはウィクトル一人。リベルテとフーシェは、正面の入り口から入り、客席へと向かった。

「その……ありがとう。一緒に来てくれて」
「異星人にいきなり一人で行動しろと言うのは酷だろう」
「……そうね。一緒に来てくれると、助かるわ」

 廊下を歩いていた時、数名の着飾った女性とすれ違った。

 彼女たちは皆、美しいドレスを身にまとい、髪型も化粧も完璧に仕上げていて。不思議な魔力をまとっているような風貌だった。

 そんな中に私が入って大丈夫なのだろうか。浮かないだろうか。

「皆、凄いわね」
「そうか?」
「だって、お化粧してるし。髪型も凄いことになってるし」

 私は、リベルテが仕上げたワンピースを着ているだけで、他のところはほとんどいじっていない。化粧はゼロだし、髪型もただのハーフアップ。地球で平凡に暮らしていた頃と何も変わっていない状態である。

「ダサいって思われないかしら……」

 心配をつい口から出してしまうと。

「いや、君が一番素朴で良い」

 ウィクトルは淡々とした調子でそう言った。
 眉一つ動かさない真顔で。
 彼の琥珀色の瞳にじっと見つめられ、恥ずかしさが一気に込み上げる。異性に見つめられた経験が少なすぎて、彼を直視できない。思わず視線を逸らしてしまう。

「顔が赤いが、どうした?」
「えっ……」
「そうか、分かった。とても緊張しているのだな」

 貴方に見つめられることにね、と言いたい気分だ。

「それは分かる。私も帝国に来て初めての任務が始まる前の晩は眠れなかった」

 いや、それは違……。

「だが心配は要らない。私も、踏んだり蹴ったりな状態での初任務だったが、成功させることができた。私にできたのだから、君にもできるはずだ」

 勝手に話が進んでいく……なぜに?

「君の歌はこの国を変える。それだけの力が君にはあると信じている」
「あ、ありがとう」
「そうやって前向きに考えれば、すべてが上手くいく」
「そうね。ありがとう」

 突っ込みたいところはたくさんあるが、ウィクトルなりに応援してくれているのだろう。そう思えば、ありがたいことだ。


 楽屋は狭い部屋だった。そして、その中に出演者何人もが詰め込まれている。ウィクトルが同行してくれたから良かったが、もし私一人だったなら正気ではいられなかったかもしれない。そう思うほどに、室内には緊迫した空気が漂っていた。

 そっぽを向いて、両耳に何か小さな機械のようなものを突っ込み、眉間にしわを寄せている者。
 椅子に腰掛け、楽譜を凝視しながら、難しい顔をしている者。

 皆、楽しげな顔をしてはいない。

 祭とついてはいるもののコンテストだからだろうか? 一種の勝負だから、皆こんな風に厳しい顔をしているのだろうか?

 もしかしたら、ここは、私には入っていけないような世界なのかもしれない。

 歌うのは好き。
 旋律を奏でるのは楽しい。

 でも、彼女たちの中に入ってゆくためには、それだけでは駄目なのかもしれない——ふとそんなことを思ったり。

「平気か? ウタくん」
「え、えぇ。平気」
「周囲を気にすることはない。君は君の歌を歌えば良いのだから」

 込み上げる不安が消えることはない。けれども、励ましの言葉を貰ったことで、少しは元気になってきたような気がする。周囲は関係ない。私にできることをすればいい。彼の言葉がどこまでも響く。

「そうね! 頑張るわ!」

 偶然と奇跡、それだけが紡いできた今この時。
 これもきっと何かの縁なのだろう。ならば、楽しもう。


 そのうちに始まる『歌姫祭』。

 これは他の参加者を見ていて気づいたことだが、どうやら、出演の数分前になると係の人が楽屋まで呼びに来るみたいだ。
 だから下手に動かないようにしておいた。

 そして、待つことしばらく。

「ウタさんですね」
「あ、はい」
「そろそろお時間です。舞台袖へ向かって下さい」
「はい。ありがとうございます」

 その時が来た。
 私はウィクトルに別れを告げ、舞台袖へと一人向かう。


「ちょぉーっと! 何ですの!」

 舞台袖へと向かっていた最中、薄暗く狭い通路で誰かにぶつかってしまい、怒られた。

「すみません」
「この小娘! あたくしが怪我でもしたらどうしてくれるおつもりですの!?」

 頭三個分ほどの高さの大きなかつらに、通路ぎりぎりまで広がった豪華なドレス。睫毛は付け睫毛によって人とは思えぬほどまで長くなり、美しいを通り越して恐ろしい顔面になっている。そんな女だ。

「申し訳ありません」
「まったくもう! これだから地味な小娘は!」

 女性は吐き捨てるように言って、そそくさと歩いていく。
 やたらと尻を突き出すような歩き方になっているのが、さりげなく笑えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

処理中です...