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9話「ウィクトルの激励」
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自動運転車に乗り、宿舎から十分と少し。劇場に到着した。
劇場は、大きな箱を地面に置いたような外観。そこには『歌姫祭』の垂れ幕が何本も下がっていて、お祭り感満載だ。劇場前は公園のようになっていて、噴水まである。
ウィクトルたちも一緒に来てくれた。
彼らは仕事で来れないかもと心配していたが、今日は休暇が取れたようだ。
「綺麗なところ……」
「ウタくんなら一番になれる。負けるな」
「歌で勝ち負けって、おかしな感じね」
「キエルで唯一の歌のコンテストだと聞いた。これは負けられない戦いだ」
血の気が多いのよ、血の気が。
「主、あまりそのようなことばかり言っていては、ウタ様が緊張なさいますよ?」
口を挟んできたのは、さらりとした髪のリベルテ。
「平和主義だな、リベルテは」
「一番だけがすべてではございません」
「いや、何事も勝ってこそ意味がある。当たり前のことだろう」
「……歌は任務ではございませんよ?」
リベルテは私の心を代弁してくれていた。
ありがたい。
ただ、催しに参加する以上、場の雰囲気を乱さないようきちんとした振る舞いをしなくてはならない。もちろん、歌唱もしかりだ。歌を聞きに来ている人たちの前で下手な歌を披露するわけにはいかない。
「ウタ様! どうか、無理はなさらないで下さいね!?」
「ありがとう」
取り敢えず、私にできることをしよう。
可能な範囲で全力を出す。今はそれしかない。
裏口から劇場内へ入り、楽屋へ向かう。
同行してくれているのはウィクトル一人。リベルテとフーシェは、正面の入り口から入り、客席へと向かった。
「その……ありがとう。一緒に来てくれて」
「異星人にいきなり一人で行動しろと言うのは酷だろう」
「……そうね。一緒に来てくれると、助かるわ」
廊下を歩いていた時、数名の着飾った女性とすれ違った。
彼女たちは皆、美しいドレスを身にまとい、髪型も化粧も完璧に仕上げていて。不思議な魔力をまとっているような風貌だった。
そんな中に私が入って大丈夫なのだろうか。浮かないだろうか。
「皆、凄いわね」
「そうか?」
「だって、お化粧してるし。髪型も凄いことになってるし」
私は、リベルテが仕上げたワンピースを着ているだけで、他のところはほとんどいじっていない。化粧はゼロだし、髪型もただのハーフアップ。地球で平凡に暮らしていた頃と何も変わっていない状態である。
「ダサいって思われないかしら……」
心配をつい口から出してしまうと。
「いや、君が一番素朴で良い」
ウィクトルは淡々とした調子でそう言った。
眉一つ動かさない真顔で。
彼の琥珀色の瞳にじっと見つめられ、恥ずかしさが一気に込み上げる。異性に見つめられた経験が少なすぎて、彼を直視できない。思わず視線を逸らしてしまう。
「顔が赤いが、どうした?」
「えっ……」
「そうか、分かった。とても緊張しているのだな」
貴方に見つめられることにね、と言いたい気分だ。
「それは分かる。私も帝国に来て初めての任務が始まる前の晩は眠れなかった」
いや、それは違……。
「だが心配は要らない。私も、踏んだり蹴ったりな状態での初任務だったが、成功させることができた。私にできたのだから、君にもできるはずだ」
勝手に話が進んでいく……なぜに?
「君の歌はこの国を変える。それだけの力が君にはあると信じている」
「あ、ありがとう」
「そうやって前向きに考えれば、すべてが上手くいく」
「そうね。ありがとう」
突っ込みたいところはたくさんあるが、ウィクトルなりに応援してくれているのだろう。そう思えば、ありがたいことだ。
楽屋は狭い部屋だった。そして、その中に出演者何人もが詰め込まれている。ウィクトルが同行してくれたから良かったが、もし私一人だったなら正気ではいられなかったかもしれない。そう思うほどに、室内には緊迫した空気が漂っていた。
そっぽを向いて、両耳に何か小さな機械のようなものを突っ込み、眉間にしわを寄せている者。
椅子に腰掛け、楽譜を凝視しながら、難しい顔をしている者。
皆、楽しげな顔をしてはいない。
祭とついてはいるもののコンテストだからだろうか? 一種の勝負だから、皆こんな風に厳しい顔をしているのだろうか?
もしかしたら、ここは、私には入っていけないような世界なのかもしれない。
歌うのは好き。
旋律を奏でるのは楽しい。
でも、彼女たちの中に入ってゆくためには、それだけでは駄目なのかもしれない——ふとそんなことを思ったり。
「平気か? ウタくん」
「え、えぇ。平気」
「周囲を気にすることはない。君は君の歌を歌えば良いのだから」
込み上げる不安が消えることはない。けれども、励ましの言葉を貰ったことで、少しは元気になってきたような気がする。周囲は関係ない。私にできることをすればいい。彼の言葉がどこまでも響く。
「そうね! 頑張るわ!」
偶然と奇跡、それだけが紡いできた今この時。
これもきっと何かの縁なのだろう。ならば、楽しもう。
そのうちに始まる『歌姫祭』。
これは他の参加者を見ていて気づいたことだが、どうやら、出演の数分前になると係の人が楽屋まで呼びに来るみたいだ。
だから下手に動かないようにしておいた。
そして、待つことしばらく。
「ウタさんですね」
「あ、はい」
「そろそろお時間です。舞台袖へ向かって下さい」
「はい。ありがとうございます」
その時が来た。
私はウィクトルに別れを告げ、舞台袖へと一人向かう。
「ちょぉーっと! 何ですの!」
舞台袖へと向かっていた最中、薄暗く狭い通路で誰かにぶつかってしまい、怒られた。
「すみません」
「この小娘! あたくしが怪我でもしたらどうしてくれるおつもりですの!?」
頭三個分ほどの高さの大きなかつらに、通路ぎりぎりまで広がった豪華なドレス。睫毛は付け睫毛によって人とは思えぬほどまで長くなり、美しいを通り越して恐ろしい顔面になっている。そんな女だ。
「申し訳ありません」
「まったくもう! これだから地味な小娘は!」
女性は吐き捨てるように言って、そそくさと歩いていく。
やたらと尻を突き出すような歩き方になっているのが、さりげなく笑えた。
劇場は、大きな箱を地面に置いたような外観。そこには『歌姫祭』の垂れ幕が何本も下がっていて、お祭り感満載だ。劇場前は公園のようになっていて、噴水まである。
ウィクトルたちも一緒に来てくれた。
彼らは仕事で来れないかもと心配していたが、今日は休暇が取れたようだ。
「綺麗なところ……」
「ウタくんなら一番になれる。負けるな」
「歌で勝ち負けって、おかしな感じね」
「キエルで唯一の歌のコンテストだと聞いた。これは負けられない戦いだ」
血の気が多いのよ、血の気が。
「主、あまりそのようなことばかり言っていては、ウタ様が緊張なさいますよ?」
口を挟んできたのは、さらりとした髪のリベルテ。
「平和主義だな、リベルテは」
「一番だけがすべてではございません」
「いや、何事も勝ってこそ意味がある。当たり前のことだろう」
「……歌は任務ではございませんよ?」
リベルテは私の心を代弁してくれていた。
ありがたい。
ただ、催しに参加する以上、場の雰囲気を乱さないようきちんとした振る舞いをしなくてはならない。もちろん、歌唱もしかりだ。歌を聞きに来ている人たちの前で下手な歌を披露するわけにはいかない。
「ウタ様! どうか、無理はなさらないで下さいね!?」
「ありがとう」
取り敢えず、私にできることをしよう。
可能な範囲で全力を出す。今はそれしかない。
裏口から劇場内へ入り、楽屋へ向かう。
同行してくれているのはウィクトル一人。リベルテとフーシェは、正面の入り口から入り、客席へと向かった。
「その……ありがとう。一緒に来てくれて」
「異星人にいきなり一人で行動しろと言うのは酷だろう」
「……そうね。一緒に来てくれると、助かるわ」
廊下を歩いていた時、数名の着飾った女性とすれ違った。
彼女たちは皆、美しいドレスを身にまとい、髪型も化粧も完璧に仕上げていて。不思議な魔力をまとっているような風貌だった。
そんな中に私が入って大丈夫なのだろうか。浮かないだろうか。
「皆、凄いわね」
「そうか?」
「だって、お化粧してるし。髪型も凄いことになってるし」
私は、リベルテが仕上げたワンピースを着ているだけで、他のところはほとんどいじっていない。化粧はゼロだし、髪型もただのハーフアップ。地球で平凡に暮らしていた頃と何も変わっていない状態である。
「ダサいって思われないかしら……」
心配をつい口から出してしまうと。
「いや、君が一番素朴で良い」
ウィクトルは淡々とした調子でそう言った。
眉一つ動かさない真顔で。
彼の琥珀色の瞳にじっと見つめられ、恥ずかしさが一気に込み上げる。異性に見つめられた経験が少なすぎて、彼を直視できない。思わず視線を逸らしてしまう。
「顔が赤いが、どうした?」
「えっ……」
「そうか、分かった。とても緊張しているのだな」
貴方に見つめられることにね、と言いたい気分だ。
「それは分かる。私も帝国に来て初めての任務が始まる前の晩は眠れなかった」
いや、それは違……。
「だが心配は要らない。私も、踏んだり蹴ったりな状態での初任務だったが、成功させることができた。私にできたのだから、君にもできるはずだ」
勝手に話が進んでいく……なぜに?
「君の歌はこの国を変える。それだけの力が君にはあると信じている」
「あ、ありがとう」
「そうやって前向きに考えれば、すべてが上手くいく」
「そうね。ありがとう」
突っ込みたいところはたくさんあるが、ウィクトルなりに応援してくれているのだろう。そう思えば、ありがたいことだ。
楽屋は狭い部屋だった。そして、その中に出演者何人もが詰め込まれている。ウィクトルが同行してくれたから良かったが、もし私一人だったなら正気ではいられなかったかもしれない。そう思うほどに、室内には緊迫した空気が漂っていた。
そっぽを向いて、両耳に何か小さな機械のようなものを突っ込み、眉間にしわを寄せている者。
椅子に腰掛け、楽譜を凝視しながら、難しい顔をしている者。
皆、楽しげな顔をしてはいない。
祭とついてはいるもののコンテストだからだろうか? 一種の勝負だから、皆こんな風に厳しい顔をしているのだろうか?
もしかしたら、ここは、私には入っていけないような世界なのかもしれない。
歌うのは好き。
旋律を奏でるのは楽しい。
でも、彼女たちの中に入ってゆくためには、それだけでは駄目なのかもしれない——ふとそんなことを思ったり。
「平気か? ウタくん」
「え、えぇ。平気」
「周囲を気にすることはない。君は君の歌を歌えば良いのだから」
込み上げる不安が消えることはない。けれども、励ましの言葉を貰ったことで、少しは元気になってきたような気がする。周囲は関係ない。私にできることをすればいい。彼の言葉がどこまでも響く。
「そうね! 頑張るわ!」
偶然と奇跡、それだけが紡いできた今この時。
これもきっと何かの縁なのだろう。ならば、楽しもう。
そのうちに始まる『歌姫祭』。
これは他の参加者を見ていて気づいたことだが、どうやら、出演の数分前になると係の人が楽屋まで呼びに来るみたいだ。
だから下手に動かないようにしておいた。
そして、待つことしばらく。
「ウタさんですね」
「あ、はい」
「そろそろお時間です。舞台袖へ向かって下さい」
「はい。ありがとうございます」
その時が来た。
私はウィクトルに別れを告げ、舞台袖へと一人向かう。
「ちょぉーっと! 何ですの!」
舞台袖へと向かっていた最中、薄暗く狭い通路で誰かにぶつかってしまい、怒られた。
「すみません」
「この小娘! あたくしが怪我でもしたらどうしてくれるおつもりですの!?」
頭三個分ほどの高さの大きなかつらに、通路ぎりぎりまで広がった豪華なドレス。睫毛は付け睫毛によって人とは思えぬほどまで長くなり、美しいを通り越して恐ろしい顔面になっている。そんな女だ。
「申し訳ありません」
「まったくもう! これだから地味な小娘は!」
女性は吐き捨てるように言って、そそくさと歩いていく。
やたらと尻を突き出すような歩き方になっているのが、さりげなく笑えた。
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