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127話「リベルテの解放」
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リベルテが侵入してきた一件から、数日。
アナシエアがリベルテを連れてやって来た。
「ウタ。彼を解放しに来ました」
指先まですっと伸びた両手を腹の前に当てたまま、アナシエアは述べる。
「「えっ……!」」
私とウィクトルが声を発したのはほぼ同時だった。
リベルテの解放。それは、期待しながらもすぐには叶わないだろうと想像していたことだった。だからこそ、その日が来たことに驚きを隠せなかったのだ。
「数日様子を確認しましたが、怪しい要素は見受けられませんでした。ですから、解放することに決めたのです。今後は自由に行動することを許可します」
解放が決まったリベルテは、くりりとした目をぱちぱちさせている。どうやら、彼自身も、この決定に戸惑っているようだ。彼もまた、私やウィクトルと同じ心境なのかもしれない。
「えっと……では、これからは三人で暮らして問題ないのですか?」
戸惑いの海に沈み込みつつ、私は問う。
するとアナシエアはゆっくりと頷く。
「えぇ、許可します」
「でも……あんなに怒っていらっしゃったのに。リベルテを許して下さるのですか?」
あの日、アナシエアはリベルテを本気で殺しにかかっていた。
彼女の瞳に躊躇いはなく。彼女はリベルテのことを『悪しき侵入者』と捉え、その生命を絶とうとしていた。
だからこそ、この流れには驚かずにはいられない。
リベルテはどうやって信頼を得た?
……謎でしかない。
彼は器用な人間だけれど、敵意を抱いている者には器用さだけでは太刀打ちできまい。いくら愛想が良くても、それで敵意を掻き消せるわけではないはず。
だからこそ、リベルテがこうして自由行動を許可されたのが大きな謎。
心ない時のアナシエアから信頼を勝ち取るなんて、どうやったらできるのだろう。想像がつかない。
「改めて話をしました。それによって、彼が真の意味で主人を探しに来たのだと理解したのです」
アナシエアの口調は柔らかい。
今は穏やかな方の彼女だ。
この世のすべての生物を包み込んでくれるような不思議な優しさを漂わせている。
「我々も果物という主を信じる者。主人がいなくなれば、探しに行く——それは当然のことであり、その心は我々にも理解できるものでした」
そこまで続け、アナシエアは開いた右手を軽く前へ出す。
「侵入したことは罪。けれども、死すほどの罪ではないと、そう判断しました。よって、拘束を解くこととなったのです」
今のアナシエアは穏やかそのものだが、だからこそ得体の知れない不気味さを覚えずにはいられない。
人というのは大抵性格が決まっていて、それに準じた行動を取るものだ。しかし、彼女にはそれがない。決まった部分がないのである。アナシエアは、聖母のような包容力を放っているかと思えば、魔の者のような冷ややかな目つきをすることもある。
彼女の人となりというものが、私にはいまだに掴めない。
それゆえ、優しくしてもらっている時でも、油断ができない。
突如豹変する可能性がある。たった一つのその事実があるがために、私は、彼女と余裕のある付き合いをすることができないのだ。
どんな状況下であっても、どこかしら警戒してしまっている部分があって。
だから、心を許せない。
「三人で過ごすということが、一番望ましいことでしょう」
「アナシエアさん……ありがとうございます」
私はそっと頭を下げた。
リベルテを殺さないでくれたことに感謝して。
「いえ、良いのです。それより……ウタ、この前は殴ったりしてすみませんでした。大人げのない行為に及んだこと、今ここで謝罪します」
アナシエアの口から「殴ったり」という言葉が出た時、私のすぐ隣にいたウィクトルは衝撃を受けたような顔をしていた。それを目にした時、ウィクトルがあの一連の流れを知らなかったのだと、私は気づいた。
数秒後、ウィクトルがこちらへ視線を向け尋ねてくる。
「殴られたのか……?」
心配させてしまうのは申し訳ないから、私は咄嗟に「杖が当たってしまっただけよ」と答えた。
あれは明らかに意思を持って殴ってきていたように感じる。けれども、そんなことをウィクトルが知れば、親切な彼は心配するかもしれない。ウィクトルの心に負担をかけたくないから、私はごまかしておくことを選択したのだ。
リベルテとも合流することができ、ようやく三人が揃った。
懐かしい顔を目にしたら、うっかり泣いてしまいそうだ。
「リベルテ、肩は? この前光線みたいなのでやられていたでしょう。平気?」
「あの後手当てを受けることができました。ですから、それほど大きな問題はございません」
あぁ、懐かしい。リベルテのこの笑み。
もうずっと見られないかと思っていた彼の愛らしい顔をまた見ることができた——率直に言って、嬉しい。
ウィクトルと二人歩むと決意して、帝国から逃げ出して。その選択を後悔してはいなかったけれど、リベルテと会えないことを少し寂しく思う時もあった。ウィクトルの方がリベルテのことを強く気にしていたことは確か。でも、私も、彼のことがまったく気にならなかったわけではない。
「肩に何かされたのか? リベルテ」
「い、いえ! それほど酷いことをされたわけではございません! それよりも……主。またお会いできて嬉しいです」
よく見ると分かった。リベルテの肩にはきちんと包帯が巻かれていると。きちんと目で確認せずに質問してしまったことを、私は、若干恥ずかしく思った。もっとも、誰かに責められたわけではないのだけれど。
「リベルテ。あの時はすまなかったな、放置してしまって」
「い、いえ……どうか、気になさらないで下さい。リベルテは、その……寂しくは思いましたが、仕方のないことと理解しておりましたので」
さよならも言えず別れ、しばらく会っていなかった。それでも、ウィクトルとリベルテの関係に変化はなく。二人は以前と同じ——いや、それ以上に、心を通わせ合っているようだった。
アナシエアがリベルテを連れてやって来た。
「ウタ。彼を解放しに来ました」
指先まですっと伸びた両手を腹の前に当てたまま、アナシエアは述べる。
「「えっ……!」」
私とウィクトルが声を発したのはほぼ同時だった。
リベルテの解放。それは、期待しながらもすぐには叶わないだろうと想像していたことだった。だからこそ、その日が来たことに驚きを隠せなかったのだ。
「数日様子を確認しましたが、怪しい要素は見受けられませんでした。ですから、解放することに決めたのです。今後は自由に行動することを許可します」
解放が決まったリベルテは、くりりとした目をぱちぱちさせている。どうやら、彼自身も、この決定に戸惑っているようだ。彼もまた、私やウィクトルと同じ心境なのかもしれない。
「えっと……では、これからは三人で暮らして問題ないのですか?」
戸惑いの海に沈み込みつつ、私は問う。
するとアナシエアはゆっくりと頷く。
「えぇ、許可します」
「でも……あんなに怒っていらっしゃったのに。リベルテを許して下さるのですか?」
あの日、アナシエアはリベルテを本気で殺しにかかっていた。
彼女の瞳に躊躇いはなく。彼女はリベルテのことを『悪しき侵入者』と捉え、その生命を絶とうとしていた。
だからこそ、この流れには驚かずにはいられない。
リベルテはどうやって信頼を得た?
……謎でしかない。
彼は器用な人間だけれど、敵意を抱いている者には器用さだけでは太刀打ちできまい。いくら愛想が良くても、それで敵意を掻き消せるわけではないはず。
だからこそ、リベルテがこうして自由行動を許可されたのが大きな謎。
心ない時のアナシエアから信頼を勝ち取るなんて、どうやったらできるのだろう。想像がつかない。
「改めて話をしました。それによって、彼が真の意味で主人を探しに来たのだと理解したのです」
アナシエアの口調は柔らかい。
今は穏やかな方の彼女だ。
この世のすべての生物を包み込んでくれるような不思議な優しさを漂わせている。
「我々も果物という主を信じる者。主人がいなくなれば、探しに行く——それは当然のことであり、その心は我々にも理解できるものでした」
そこまで続け、アナシエアは開いた右手を軽く前へ出す。
「侵入したことは罪。けれども、死すほどの罪ではないと、そう判断しました。よって、拘束を解くこととなったのです」
今のアナシエアは穏やかそのものだが、だからこそ得体の知れない不気味さを覚えずにはいられない。
人というのは大抵性格が決まっていて、それに準じた行動を取るものだ。しかし、彼女にはそれがない。決まった部分がないのである。アナシエアは、聖母のような包容力を放っているかと思えば、魔の者のような冷ややかな目つきをすることもある。
彼女の人となりというものが、私にはいまだに掴めない。
それゆえ、優しくしてもらっている時でも、油断ができない。
突如豹変する可能性がある。たった一つのその事実があるがために、私は、彼女と余裕のある付き合いをすることができないのだ。
どんな状況下であっても、どこかしら警戒してしまっている部分があって。
だから、心を許せない。
「三人で過ごすということが、一番望ましいことでしょう」
「アナシエアさん……ありがとうございます」
私はそっと頭を下げた。
リベルテを殺さないでくれたことに感謝して。
「いえ、良いのです。それより……ウタ、この前は殴ったりしてすみませんでした。大人げのない行為に及んだこと、今ここで謝罪します」
アナシエアの口から「殴ったり」という言葉が出た時、私のすぐ隣にいたウィクトルは衝撃を受けたような顔をしていた。それを目にした時、ウィクトルがあの一連の流れを知らなかったのだと、私は気づいた。
数秒後、ウィクトルがこちらへ視線を向け尋ねてくる。
「殴られたのか……?」
心配させてしまうのは申し訳ないから、私は咄嗟に「杖が当たってしまっただけよ」と答えた。
あれは明らかに意思を持って殴ってきていたように感じる。けれども、そんなことをウィクトルが知れば、親切な彼は心配するかもしれない。ウィクトルの心に負担をかけたくないから、私はごまかしておくことを選択したのだ。
リベルテとも合流することができ、ようやく三人が揃った。
懐かしい顔を目にしたら、うっかり泣いてしまいそうだ。
「リベルテ、肩は? この前光線みたいなのでやられていたでしょう。平気?」
「あの後手当てを受けることができました。ですから、それほど大きな問題はございません」
あぁ、懐かしい。リベルテのこの笑み。
もうずっと見られないかと思っていた彼の愛らしい顔をまた見ることができた——率直に言って、嬉しい。
ウィクトルと二人歩むと決意して、帝国から逃げ出して。その選択を後悔してはいなかったけれど、リベルテと会えないことを少し寂しく思う時もあった。ウィクトルの方がリベルテのことを強く気にしていたことは確か。でも、私も、彼のことがまったく気にならなかったわけではない。
「肩に何かされたのか? リベルテ」
「い、いえ! それほど酷いことをされたわけではございません! それよりも……主。またお会いできて嬉しいです」
よく見ると分かった。リベルテの肩にはきちんと包帯が巻かれていると。きちんと目で確認せずに質問してしまったことを、私は、若干恥ずかしく思った。もっとも、誰かに責められたわけではないのだけれど。
「リベルテ。あの時はすまなかったな、放置してしまって」
「い、いえ……どうか、気になさらないで下さい。リベルテは、その……寂しくは思いましたが、仕方のないことと理解しておりましたので」
さよならも言えず別れ、しばらく会っていなかった。それでも、ウィクトルとリベルテの関係に変化はなく。二人は以前と同じ——いや、それ以上に、心を通わせ合っているようだった。
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