144 / 209
143話「ウタの訴えの果て」
しおりを挟む
シャルティエラは黙る。一言も発することなく、こちらをじっと見ていた。その瞳に揺らぎはない。その目つきを見たら、彼女の決意を崩すことなんてできないのかもしれない、と思えてくる。それほどに静かな目をしている。
「そのような生温い言葉でわたくしの決意を崩せるつもりでいますの? なら、その考えは改めるべきですわ。残念ですけれど、そのような言葉、ちっとも響きませんの」
やがて口を開いた彼女は冷静だった。
決意もまだ揺らいではいない。
「誰が何と言おうが関係ない。わたくしの願いはわたくしだけのもの。たとえ理解されずとも、構いませんの」
一旦言葉を切り、数秒経ってから続ける。
「けれど、わたくし、貴女のことは嫌いではありませんわ。ウタ、貴女がわたくしたちを選んでくれたなら……良かったのに、と、思いはしますのよ」
長い文章を述べた後、彼女は改めて槍を構え直した。
その先端は容赦なくこちらを向いている。
このまま突撃してこられれば、抵抗する術を持たぬ私にできることはない。けれども、ここを退いたら、シャルティエラとウィクトルの戦いが再開してしまう。
「では、さようなら」
殴り捨てるように述べ、次の瞬間シャルティエラは突っ込んでくる。
異様な風を感じた。
——刹那。
「……っ!」
シャルティエラの槍とウィクトルの細い剣が目前で交わった。
ウィクトルは私と彼女の間に入ってくれたのだ。
それにしても、至近距離で両者がぶつかる迫力といったら、凄まじい。
「え」
「何をしている!」
「……ウィクトル、駄目よ、無意味な戦いは」
「いいから下がれ」
両者の武器はまだぶつかり合っている。
互いに一歩も引かない。それゆえ、硬直状態に陥ってしまっている。
「前に出るべきではない」
「でも……!」
「ウタくんの訴えこそ、無駄だ」
「そ、そんな言い方!」
「復讐心に呑まれた者には——何を言っても届かない」
どうしてそんなことを言うの。そう言おうとした。でも、ウィクトルの表情を目にしたら、何も言えなくなって。私は、口から出かけていた言葉を飲み込んだ。
復讐に駆られ生きる者を幾人も見てきたのであろうウィクトルが述べる言葉には説得力があった。
だが、だからといってどちらかの死を受け入れられるわけではない。
「ウィクトル! 貴方だけはこの手で!」
「一方的に恨まれても困る」
「黙ってくたばりなさい!」
「……断る」
冷ややかに言い放ち、ウィクトルは剣を振る。
硬直状態から抜け出すための一撃。
レイピアの先が、シャルティエラの脇腹を薙ぐ。
ウィクトルの攻撃によって右脇腹に傷を負ったシャルティエラは、片手で傷を押さえながら、数歩後退する。詰まるような息を小さく漏らし、顔をしかめている。
「お嬢様!」
シャルティエラに駆け寄るのは侍女。
無表情だった彼女の顔が始めて崩れた。
「シャロお嬢様、お怪我を」
「……下がっていて下さるかしら」
「しかし!」
「戦いはまだ終わっていませんわ!」
心配する侍女に対し、シャルティエラは厳しい態度を取る。
彼女の復讐心はまだ消えていない。傷を負ってもなお、黒い炎は胸の内で燃えたぎっている。
「終わりませんのよ……あの男の首を取るまでは」
シャルティエラはシーグリーンの瞳でウィクトルを睨む。
そんな彼女に向けて、侍女は述べる。
「もう止めましょう、お嬢様」
いきなり制止するようなことを言われ、シャルティエラは言葉を失う。愕然としたような目で侍女を見ていた。反対するようなことを言われたことに驚きを隠せなかったのだろう。
「貴女まで……貴女まで、わたくしの復讐を邪魔するんですの……?」
「お嬢様まで命を落としては、何にもなりません」
「なんてこと! 貴女のことだけは信じていましたのに!」
シャルティエラは声を荒らげる。
彼女は泣き出しそうだった。
付き合いが長く、最も信頼している部下でもある侍女に反対意見を言われ、心が保てなくなってしまったのかもしれない。
「シャロお嬢様の身を大切に思っているからこそ、です」
「大人しくしていて!」
「いいえ。もはや黙って見ていることはできません。聞いて下さい、シャロお嬢様。貴女が傷つくことで一番悲しむのは、ご両親なのですよ」
侍女はシャルティエラを大切に思っている。それは伝わってきた。
でも、大切に思っているならなおさら、なぜもっと早い段階で止めなかったのだろう。
侍女には侍女の立場があったのだろうから、彼女を責めるというのは筋違いだが、「彼女がもう少し早くシャルティエラを制止していれば」と思わずにはいられない。
無論、共に復讐の道を行くなら、それは構わない。それもまた一つの選択だから。だが、今になって止めようとするのなら、もっと早く止めていれば良かったのだ。そうすれば、シャルティエラの人生も変わっただろうに。
ただ、今は侍女に乗らせてもらおう。
「その方の言う通りです。シャロさんはこんなことを続けるべきではない」
「ウタ……」
「二度目になりますが、それでも言わせて下さい。今あるものを大切にすべきだと」
ウィクトルはレイピアを構えたまま「まだ説得するのか?」と言いおかしなものを見たような顔をする。
そんな顔をされるのを不快だと言う気はない。
なんせ、私にだってよく分からないのだ——なぜここまで説得しようとしてしまうのか。
「シャロさん、もう戦いは止めましょう。貴女には貴女の命を大切に思う人がいるのです。だからこそ、その身を大切にしなければなりません。貴女が傷つくことを悲しむ人は、間違いなく存在するのですから」
私の発言を最後に、静寂が訪れる。
やがて、何一つ音のない世界の中に、一つの音が生まれた。それは、シャルティエラが槍を落とす音だった。俯いた彼女は、一言も発さぬまま、じっとしている。
「……殺しなさい」
長い沈黙の果て、彼女の口から出たのはそんな言葉だった。
傍にいた侍女は信じられないような顔でシャルティエラを見つめている。
「敵討ちも成せず生き延びることに……意味などありませんわ……」
「そのような生温い言葉でわたくしの決意を崩せるつもりでいますの? なら、その考えは改めるべきですわ。残念ですけれど、そのような言葉、ちっとも響きませんの」
やがて口を開いた彼女は冷静だった。
決意もまだ揺らいではいない。
「誰が何と言おうが関係ない。わたくしの願いはわたくしだけのもの。たとえ理解されずとも、構いませんの」
一旦言葉を切り、数秒経ってから続ける。
「けれど、わたくし、貴女のことは嫌いではありませんわ。ウタ、貴女がわたくしたちを選んでくれたなら……良かったのに、と、思いはしますのよ」
長い文章を述べた後、彼女は改めて槍を構え直した。
その先端は容赦なくこちらを向いている。
このまま突撃してこられれば、抵抗する術を持たぬ私にできることはない。けれども、ここを退いたら、シャルティエラとウィクトルの戦いが再開してしまう。
「では、さようなら」
殴り捨てるように述べ、次の瞬間シャルティエラは突っ込んでくる。
異様な風を感じた。
——刹那。
「……っ!」
シャルティエラの槍とウィクトルの細い剣が目前で交わった。
ウィクトルは私と彼女の間に入ってくれたのだ。
それにしても、至近距離で両者がぶつかる迫力といったら、凄まじい。
「え」
「何をしている!」
「……ウィクトル、駄目よ、無意味な戦いは」
「いいから下がれ」
両者の武器はまだぶつかり合っている。
互いに一歩も引かない。それゆえ、硬直状態に陥ってしまっている。
「前に出るべきではない」
「でも……!」
「ウタくんの訴えこそ、無駄だ」
「そ、そんな言い方!」
「復讐心に呑まれた者には——何を言っても届かない」
どうしてそんなことを言うの。そう言おうとした。でも、ウィクトルの表情を目にしたら、何も言えなくなって。私は、口から出かけていた言葉を飲み込んだ。
復讐に駆られ生きる者を幾人も見てきたのであろうウィクトルが述べる言葉には説得力があった。
だが、だからといってどちらかの死を受け入れられるわけではない。
「ウィクトル! 貴方だけはこの手で!」
「一方的に恨まれても困る」
「黙ってくたばりなさい!」
「……断る」
冷ややかに言い放ち、ウィクトルは剣を振る。
硬直状態から抜け出すための一撃。
レイピアの先が、シャルティエラの脇腹を薙ぐ。
ウィクトルの攻撃によって右脇腹に傷を負ったシャルティエラは、片手で傷を押さえながら、数歩後退する。詰まるような息を小さく漏らし、顔をしかめている。
「お嬢様!」
シャルティエラに駆け寄るのは侍女。
無表情だった彼女の顔が始めて崩れた。
「シャロお嬢様、お怪我を」
「……下がっていて下さるかしら」
「しかし!」
「戦いはまだ終わっていませんわ!」
心配する侍女に対し、シャルティエラは厳しい態度を取る。
彼女の復讐心はまだ消えていない。傷を負ってもなお、黒い炎は胸の内で燃えたぎっている。
「終わりませんのよ……あの男の首を取るまでは」
シャルティエラはシーグリーンの瞳でウィクトルを睨む。
そんな彼女に向けて、侍女は述べる。
「もう止めましょう、お嬢様」
いきなり制止するようなことを言われ、シャルティエラは言葉を失う。愕然としたような目で侍女を見ていた。反対するようなことを言われたことに驚きを隠せなかったのだろう。
「貴女まで……貴女まで、わたくしの復讐を邪魔するんですの……?」
「お嬢様まで命を落としては、何にもなりません」
「なんてこと! 貴女のことだけは信じていましたのに!」
シャルティエラは声を荒らげる。
彼女は泣き出しそうだった。
付き合いが長く、最も信頼している部下でもある侍女に反対意見を言われ、心が保てなくなってしまったのかもしれない。
「シャロお嬢様の身を大切に思っているからこそ、です」
「大人しくしていて!」
「いいえ。もはや黙って見ていることはできません。聞いて下さい、シャロお嬢様。貴女が傷つくことで一番悲しむのは、ご両親なのですよ」
侍女はシャルティエラを大切に思っている。それは伝わってきた。
でも、大切に思っているならなおさら、なぜもっと早い段階で止めなかったのだろう。
侍女には侍女の立場があったのだろうから、彼女を責めるというのは筋違いだが、「彼女がもう少し早くシャルティエラを制止していれば」と思わずにはいられない。
無論、共に復讐の道を行くなら、それは構わない。それもまた一つの選択だから。だが、今になって止めようとするのなら、もっと早く止めていれば良かったのだ。そうすれば、シャルティエラの人生も変わっただろうに。
ただ、今は侍女に乗らせてもらおう。
「その方の言う通りです。シャロさんはこんなことを続けるべきではない」
「ウタ……」
「二度目になりますが、それでも言わせて下さい。今あるものを大切にすべきだと」
ウィクトルはレイピアを構えたまま「まだ説得するのか?」と言いおかしなものを見たような顔をする。
そんな顔をされるのを不快だと言う気はない。
なんせ、私にだってよく分からないのだ——なぜここまで説得しようとしてしまうのか。
「シャロさん、もう戦いは止めましょう。貴女には貴女の命を大切に思う人がいるのです。だからこそ、その身を大切にしなければなりません。貴女が傷つくことを悲しむ人は、間違いなく存在するのですから」
私の発言を最後に、静寂が訪れる。
やがて、何一つ音のない世界の中に、一つの音が生まれた。それは、シャルティエラが槍を落とす音だった。俯いた彼女は、一言も発さぬまま、じっとしている。
「……殺しなさい」
長い沈黙の果て、彼女の口から出たのはそんな言葉だった。
傍にいた侍女は信じられないような顔でシャルティエラを見つめている。
「敵討ちも成せず生き延びることに……意味などありませんわ……」
0
あなたにおすすめの小説
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~
黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。
そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。
あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。
あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ!
猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。
※全30話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる