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206話「シャルティエラのこと」
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ある日のこと、リベルテにミソカニから連絡が入った。
帝国での公演以降は会う機会も減り、しばらく会いも話しもしていなかった。そんな中での突然の連絡。驚かずにはいられなかったけれど、その内容にますます驚くことになる。
連絡の内容がシャルティエラ絡みだったのだ。
正直なことを言うなら、私はシャルティエラのことなどすっかり忘れていた。ウィクトルに想いを伝えられたことがあったこともあり、生活が穏やか過ぎることもあいまって、彼女にまで思考が及ばなくなっていたのだ。
けれども、リベルテから「シャルティエラに関する情報が送られてきた」と聞いて、彼女のことを急激に思い出した。
ちなみに。
ミソカニが送ってきたのは、シャルティエラの現状についてだ。
彼が送ってきたメッセージによれば、ミソカニの弟がビタリーと親しくしていたらしい。それゆえシャルティエラの情報も得られた、ということなのだろう。そして、そこには、シャルティエラが帝都から一時的に離れることにした、ということが書かれていた。
また、書かれていた重要なことはそれだけではない。
帝都から離れている間に私たちの家を訪問するかもしれない、ということも、メッセージの中には記述されていた。
とはいえ、正確な訪問日が書かれているわけではなく。どのような形でやって来るのかも記述されておらず。結局、詳しいことは何も分からないという状態だった。
いつかシャルティエラが訪ねてくるかもしれない——分かることはそれだけ。
私は、メッセージについて聞いた日、一人で少し考えた。彼女に会ったら何を話そうか、と。どんな顔をして迎え、どんな風に接すれば良いのだろう。そんなことも考えて、けれども、それらしい答えを出すことはできなかった。
今のシャルティエラとなら、きっと、楽しい時間を過ごすことができるだろう。
結局、ただそれを信じておくことしかできない。
……なんだかんだで無駄なのだ、まだ起こっていないことに関する思考なんて。
その日は案外すぐにやって来た。
午前のまだ早めの時間に玄関の扉を誰かがノックした。朝食の片付けを終えたばかりのリベルテが確認に行くと、扉の向こうに立っていたのはシャルティエラと侍女。ミソカニが言っていたことが実際に起こったのだと理解したリベルテは、二人を家の中へ入れる。そして、私はシャルティエラと顔を合わせることになった。
「お久しぶりですわね。ウタ」
シャルティエラは心なしか元気がなさそうな雰囲気だった。
だがそれでも、話し出せば凛としている。
「来て下さったのですね」
「えぇ。いつかまたお茶をしたいと思っていましたもの」
「体調はいかがですか?」
「まぁ……それなりですわね。バタバタはしていましたけれど」
最初は心なしか元気さを欠いていたシャルティエラだったが、言葉を交わしているうちに段々表情が明るくなってきた。人と交流することの効果だろうか。
何にせよ、明るく元気でいてもらえる方がありがたい。
「良かった。色々ありましたけど、お元気そうで何よりです」
「えぇ」
藤色の髪の侍女はシャルティエラの背後に控えている。その顔つきは以前と変わっていない。人のいない庭園のような眼差し、穏やかだが温かくはないような雰囲気。
シャルティエラが敵意を抱いていないのだから、彼女だけが敵意を抱いているということはないだろう。ただ、彼女の場合はシャルティエラと違って、大きく変わったということはない。
「あ、そうでした。公演の時はありがとうございました。観に来て下さって」
「ふふ。いいんですのよ。楽しめましたわ」
そこまで話してから、ふと思う。
立たせたままでは駄目なのではないか? と。
「あ、それと、ソファにどうぞ」
「座って構わないんですの?」
「はい。不快でなければ座って下さい」
「えぇ……分かりましたわ」
シャルティエラはスカートの裾を手で押さえつつソファに腰を下ろす。
砂浜に近い海のような色の髪は結ばれず、真っ直ぐに落ちていた。
「ウタは座らないんですの? 座れば良いですのに」
「え。でも、失礼でないですか」
「面白いことを言いますわね! 気にすることはないですわよ。座って座って?」
「あ、はい」
取り敢えずシャルティエラにだけ座ってもらえば良いと考えていたが、彼女はそれで良いとは考えなかったようだ。私にも座るように言ってきた。最初は戸惑いもあったが、促されているのに拒否するのも失礼かと思い、ひとまず座っておくことにした。
ちょうどその頃だ、リベルテが私たちの前に現れたのは。
「お茶をお持ち致しました」
リベルテはカップを二つ持ってきてくれていた。それらは、シャルティエラと侍女のためのものだった。そのことに気がついたシャルティエラは、即座に「ウタの分はありませんの?」と確認する。リベルテが「後で持って参ります」と述べると、シャルティエラは「それが良いですわ。自分だけ飲むなんて、退屈ですもの」と返した。
「それでシャロさん……これからは、どうなさるんですか」
改めて話を振る。
「それはどういう質問ですの?」
「変な意味ではないんです。ただ、気になって」
「これからのことが気になったんですのね。分かりますわ。人の未来ほど気になるもの、ですわね」
シャルティエラはカップを両手で持ってお茶を飲む。
「でも、はっきりとは決めていないんですの」
微笑むシャルティエラは無垢な少女のようだ。
「これからゆっくり考えようかと……思ってるんですの」
「それは良いですね!」
「……まぁ。いきなり声が大きくなりましたわね」
言われて気づいた。いつもより大きな声が出てしまっていたことに。
「す、すみません。迷惑でしたね」
「迷惑ということはないですけれど……」
「と、とにかく。話に戻りましょう。それで、これからのことですけど——」
帝国での公演以降は会う機会も減り、しばらく会いも話しもしていなかった。そんな中での突然の連絡。驚かずにはいられなかったけれど、その内容にますます驚くことになる。
連絡の内容がシャルティエラ絡みだったのだ。
正直なことを言うなら、私はシャルティエラのことなどすっかり忘れていた。ウィクトルに想いを伝えられたことがあったこともあり、生活が穏やか過ぎることもあいまって、彼女にまで思考が及ばなくなっていたのだ。
けれども、リベルテから「シャルティエラに関する情報が送られてきた」と聞いて、彼女のことを急激に思い出した。
ちなみに。
ミソカニが送ってきたのは、シャルティエラの現状についてだ。
彼が送ってきたメッセージによれば、ミソカニの弟がビタリーと親しくしていたらしい。それゆえシャルティエラの情報も得られた、ということなのだろう。そして、そこには、シャルティエラが帝都から一時的に離れることにした、ということが書かれていた。
また、書かれていた重要なことはそれだけではない。
帝都から離れている間に私たちの家を訪問するかもしれない、ということも、メッセージの中には記述されていた。
とはいえ、正確な訪問日が書かれているわけではなく。どのような形でやって来るのかも記述されておらず。結局、詳しいことは何も分からないという状態だった。
いつかシャルティエラが訪ねてくるかもしれない——分かることはそれだけ。
私は、メッセージについて聞いた日、一人で少し考えた。彼女に会ったら何を話そうか、と。どんな顔をして迎え、どんな風に接すれば良いのだろう。そんなことも考えて、けれども、それらしい答えを出すことはできなかった。
今のシャルティエラとなら、きっと、楽しい時間を過ごすことができるだろう。
結局、ただそれを信じておくことしかできない。
……なんだかんだで無駄なのだ、まだ起こっていないことに関する思考なんて。
その日は案外すぐにやって来た。
午前のまだ早めの時間に玄関の扉を誰かがノックした。朝食の片付けを終えたばかりのリベルテが確認に行くと、扉の向こうに立っていたのはシャルティエラと侍女。ミソカニが言っていたことが実際に起こったのだと理解したリベルテは、二人を家の中へ入れる。そして、私はシャルティエラと顔を合わせることになった。
「お久しぶりですわね。ウタ」
シャルティエラは心なしか元気がなさそうな雰囲気だった。
だがそれでも、話し出せば凛としている。
「来て下さったのですね」
「えぇ。いつかまたお茶をしたいと思っていましたもの」
「体調はいかがですか?」
「まぁ……それなりですわね。バタバタはしていましたけれど」
最初は心なしか元気さを欠いていたシャルティエラだったが、言葉を交わしているうちに段々表情が明るくなってきた。人と交流することの効果だろうか。
何にせよ、明るく元気でいてもらえる方がありがたい。
「良かった。色々ありましたけど、お元気そうで何よりです」
「えぇ」
藤色の髪の侍女はシャルティエラの背後に控えている。その顔つきは以前と変わっていない。人のいない庭園のような眼差し、穏やかだが温かくはないような雰囲気。
シャルティエラが敵意を抱いていないのだから、彼女だけが敵意を抱いているということはないだろう。ただ、彼女の場合はシャルティエラと違って、大きく変わったということはない。
「あ、そうでした。公演の時はありがとうございました。観に来て下さって」
「ふふ。いいんですのよ。楽しめましたわ」
そこまで話してから、ふと思う。
立たせたままでは駄目なのではないか? と。
「あ、それと、ソファにどうぞ」
「座って構わないんですの?」
「はい。不快でなければ座って下さい」
「えぇ……分かりましたわ」
シャルティエラはスカートの裾を手で押さえつつソファに腰を下ろす。
砂浜に近い海のような色の髪は結ばれず、真っ直ぐに落ちていた。
「ウタは座らないんですの? 座れば良いですのに」
「え。でも、失礼でないですか」
「面白いことを言いますわね! 気にすることはないですわよ。座って座って?」
「あ、はい」
取り敢えずシャルティエラにだけ座ってもらえば良いと考えていたが、彼女はそれで良いとは考えなかったようだ。私にも座るように言ってきた。最初は戸惑いもあったが、促されているのに拒否するのも失礼かと思い、ひとまず座っておくことにした。
ちょうどその頃だ、リベルテが私たちの前に現れたのは。
「お茶をお持ち致しました」
リベルテはカップを二つ持ってきてくれていた。それらは、シャルティエラと侍女のためのものだった。そのことに気がついたシャルティエラは、即座に「ウタの分はありませんの?」と確認する。リベルテが「後で持って参ります」と述べると、シャルティエラは「それが良いですわ。自分だけ飲むなんて、退屈ですもの」と返した。
「それでシャロさん……これからは、どうなさるんですか」
改めて話を振る。
「それはどういう質問ですの?」
「変な意味ではないんです。ただ、気になって」
「これからのことが気になったんですのね。分かりますわ。人の未来ほど気になるもの、ですわね」
シャルティエラはカップを両手で持ってお茶を飲む。
「でも、はっきりとは決めていないんですの」
微笑むシャルティエラは無垢な少女のようだ。
「これからゆっくり考えようかと……思ってるんですの」
「それは良いですね!」
「……まぁ。いきなり声が大きくなりましたわね」
言われて気づいた。いつもより大きな声が出てしまっていたことに。
「す、すみません。迷惑でしたね」
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「と、とにかく。話に戻りましょう。それで、これからのことですけど——」
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