奇跡の歌姫

四季

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エピローグ

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 十年後。

 帝都近くの劇場、その入り口にできた人だかりの中に、私はいた。

 空は晴れている。青と緑を混ぜたような色。白色の雲はところどころに小さなものが浮かんでいる程度で、そんなに目立たない。降り注ぐ光はそこそこ強いが肌が焼けるような強さではなく、涼しい風が暑さを消し去ってくれている気がする。

「……母さん、舞台ってどんな感じ?」

 傍らにいるまだ小さい少女——彼女は私の娘だ。

 暗めの茶色の髪は肩につくかつかないかくらいの長さ。直毛で、艶のある毛をしている。一本一本が細いので、光を浴びると透き通るような明るい色に見える。真横に切り揃えた前髪と、ふっくらした頬が、愛らしい人形のよう。

「物語を聞くの。それと、人も出てくるわ」
「……人? 人と、物語?」
「そうよ。そんな感じ。といっても、もうずっと観に来ていないから、少し変わっているかもしれないわね」

 そんな時、背後から声がかかる。

「ウタくん。これで良かったか」

 振り返ると、飲み物の入ったペットボトルを三本所持しているウィクトルが立っていた。

「買ってきてくれたのね!」
「あぁ。あずきにんにくそばジュースと、レモンスカッシュだったな」
「えぇそうよ! 助かるわ」

 私とウィクトルの関係は変わらなかった。自然に夫婦になり、流れのままに今に至っている。感じるのは、穏やかという幸せだけ。

「良かったわね! あずきにんにくそばジュース!」
「……うん」
「一気に飲み過ぎないよう気をつけるのよ? 劇場内ではほぼ買えないから」
「……分かった」

 ウィクトルに買ってきてもらった飲み物の一本を娘に渡す。
 これまで劇場には数回来たが、そのたびに、こんな風にしていた。劇場内の販売機では購入できないことが多いので、前もって購入しておくのだ。

「でも楽しみね。今日の演目。確か、私たちをモチーフにした話なのよね」

 私はあの後しばらくしてミソカニの公演に出ることは止めた。彼との間に問題があったわけではないけれど。でも、家族との時間も大事だと思ったのだ。今でも時折歌を披露する依頼を受けることはあるけれど、それはあくまで趣味の延長である。お金をたくさん取るわけでもない。

 一方、ミソカニはというと、私が離れた後に劇団を立ち上げた。

 帝国で初めての劇団。
 彼もまた、この国の歴史に大きな足跡を残したのだ。

「あぁ。ただ……少々恥ずかしさはあるな」

 ちなみに、フリュイは今でもミソカニの劇団に入っているらしい。面倒臭そうに振る舞っていたわりにはやる気があったようだ。

 ……暇潰しで参加しているだけかもしれないが。

「リベルテも来るのでしょう? 彼はきっと喜ぶわ」
「そうだろうな」

 今日観に来たのは、ミソカニの劇団の舞台。
 そして、そのモチーフになっているのは、私とウィクトル。

「あ。開場したわね」
「入るか?」
「急ぐことはないわよ、指定席だもの」
「そうだな。圧死は避けたい」


 客席に座る。周囲の席はまだ埋まりきっていない。それらの席の人たちは、きっと、外で喋ったり手洗いに行ったりしているのだろう。だがそれもあと数分。皆、開演の五分前くらいには着席することだろう。

「主! ウタ様!」

 開演までまだ十分はある、という頃に、誰かが私たちの名を呼んだ。
 声がした方を見て、納得。
 私たちを呼んだ声の主はリベルテだったのだ。

「あぁ、リベルテか」
「お久しぶりでございますね! 主!」

 駆け寄ってくるリベルテの容姿は三人で過ごしていた頃とあまり変わっていない。特殊な術を使える特殊な体質ゆえ容姿的な老化が遅いということは聞いていたが、本当に変わっていなくて驚きだ。

「ウタ様も、お元気そうで何よりでございます!」

 電話では連絡を取っているが、こうして対面するのは数カ月ぶりだ。

「え、えぇ。それにしても……相変わらず若いわね」
「へ?」
「あ、その……ごめんなさい。失礼だったかしら」
「そういうことでございましたか! いえ、失礼ではございませんよ」

 リベルテは今、実家に戻っているらしい。そこで、父親の商売の手伝いをしているとか。詳しいことは知らないが、帝国領内のいろんなところを渡り歩いているようだ。

「……リベルテの、おじさん」

 いきなり娘が参加してきた。

「おじ!? ……あ、失礼しました。何かご用でしょうか? お嬢さん?」

 彼女は前に一度顔を合わせて以来リベルテに興味を持っている。
 それは今日も例外ではなかった、

「……おじさん、お金持ちってホント?」

 既に着席していた娘はわざわざ立ち上がってリベルテの方へと歩いていく。

「実家が商売をしているのですよ」

 リベルテが子ども嫌いでなかったことは幸運だった。もし彼が子ども嫌いだったら、いちいち迷惑をかけることになってしまうところだったのだ。

「そう……じゃあ、権力者?」
「権力者!? ……そ、それはまた唐突な」

 丁寧にしゃがみ込んでまで話を聞くリベルテは、善人そのもの。
 傾聴ボランティアもすんなりこなせそうだ。

「この国を支配できる……? お金の力で」
「国を支配!? さ、さすがにそれは無理かと……」

 そのうちに開演五分前がやって来る。
 いつの間にやら、座席が埋まり始めていた。


『かくして、二人は結ばれ、共に人生という道を行くこととなったのでした』

 最後の一文を読んでいたのは、確かにフリュイだった。
 今作でも朗読は彼。小説であれば地の文と呼ばれるであろうところを、彼はすべて一人で呼んでのけた。セリフは演じる者が述べるように制度が変わっていたけれど。


「あぁ……なんて素晴らしい……」

 公演終了後、リベルテは涙目になっていた。

 彼もまた私たちと共に歩いてきた身だ。幕の向こう側で演じられていた物語は、彼がその目で見つめてきた物語でもある。

 それゆえ、感動も大きいのだろう。

 当然、作品の見事な仕上がりがあってこその感動だろうが。

「フリュイさんは今日も上手かったわね」
「君がいないのが残念だがな」
「もう。またそんなこと言って。いいじゃない、ここにいるんだから」
「あぁ、そうだな。それはそう思う」

 私は私の望む場所で生きる。
 それでいいの。

「……でも不思議ね。私とウィクトルの人生が、もう舞台上の出来事になっているなんて」


◆おわり◆
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