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前編

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「お前! 茶も淹れられないのか!」
「え……」
「茶を淹れろと言っただろう!!」
「き、聞いてな……」
「うるさい! 黙ってやれ! 今すぐにな!」
「はっはい……」

 私の婚約者は一国の王子だ。
 名はドゥガン・エデルレイッツ、正当な後継ぎ。
 国王と王妃の間に生まれた子である。

 しかしこの彼、非常にわがままで。

 婚約者のことも奴隷か何かと勘違いしているような様子だ。

「おい! お前! ここ埃残ってるぞ! 何やってんだ馬鹿!!」
「え……ほ、埃……?」
「馬鹿! 気づいていないふりをするな! 部屋の中は常に綺麗にしておけと何度も言っただろうが!!」
「聞いていませ……」
「黙れ! 余計なことは言うな!」

 本当は、姉が彼と婚約するはずだった。
 でも姉は病気がちで。
 体調の事情もあって私が彼のところへ行くこととなったのだ。

 はじめは姉のために頑張ろうと思っていた。

 でも今は――日々溜め息しか出ない。

 姉を災難から守れている、そういう意味ではこの日々にも意味はあるのだろう。けれども何とも言えない気分だ。まさか何の非もないのにこんな目に遭うなんて。どうしても、理不尽過ぎる、と思ってしまう。

「馬鹿女! 鼻水を拭け!」
「え?」
「俺の鼻水だ! 清潔な布で拭け! いつも命じているだろう、忘れるな!」
「初めて聞きました」
「はぁ? 生意気な女だな! 余計なことは言わなくていいんだ。いいから拭け! 早くしろ! 垂れるだろう!!」

 こんな日々から、早く逃れたい。
 その思いは時が経てば経つほどに強まる。

 理不尽に怒鳴られる日々から早く逃れたい、それが本心だった。

 ――そんなある日。

「来たな馬鹿女」
「は、はい。それで、用事とは……」
「婚約は破棄とする!!」

 キタ……キタキタキタァーッ!!

 歓喜の瞬間は突然訪れた。
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