エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
36 / 131

35話 「銀の髪のベルンハルト」

しおりを挟む
 少しの間、沈黙があった。そして目の前の銀髪の男性は口を開く。

「まずは——、そこの躾のなっていない犬をどうにかしていただけますかな?」

 気がつくと、男性の首元に、エリアスが持つ槍の先が突きつけられていた。恐らくそのことを言っているのだろうと分かった私は、エリアスに指示する。

「エリアス。今はいいわ。一旦下がって」
「ですが、王女……」
「いいから下がって! 私の命令が聞けないの?」

 私は鋭く命令した。

 目の前のこの男、どうやら私をすぐに殺すつもりではないらしい。だがいずれは戦いになるだろう。その時に備えて、エリアスには休憩しておいてもらわないと。

「……分かりました」

 エリアスは命令に従い槍の先を銀髪の男性から離す。

「ふむ。一応まっとうな飼育をしているようですな」
「飼育とか言わないで下さい」
「おや。これはこれは、失礼しましたな」

 少しして男性は続ける。

「それにしてもこの国は実に興味深い国だ。王は大勢の護衛を連れて一番に逃げ、王女を護る者は二人しかいないのですな」

 ディルク王は実の父だが、あまり親しくないのだ。彼に置いていかれるのも仕方がない。

「その二人を殺せば貴女は……どんな表情をしますかな」
「寄らないでちょうだい!」

 ヴァネッサが噛みつきそうな勢いで叫ぶ。男性は呆れたような顔つきをして笑う。

「……黙れ」
「あっ! ……う」

 短い悲鳴をあげヴァネッサは地面に倒れ込んだ。私は何が起きたのか分からず、ただ愕然とするだけだった。

「動くなよ」

 男性は槍を構えかけたエリアスに対して、静かだが怖さのある声で言い放った。赤黒い瞳が鈍く輝く。エリアスに言ったのだろうが、こんなことを言われては私も動きづらくなる。

「……何をした」

 エリアスは怪訝な表情で小さく聞く。

「我が魔気を注入した。ただそれだけのことですぞ」

 男性は愉快そうに答え、私の方に薄ら笑いで向きなおる。

「魔気を浴びた天使がどうなるか、ご存じですかな?」
「……知りません」

 恐らく何か害を及ぼすのだということだけは分かったが、その理論は知らないので嘘ではない。

「天使が急激に多量の魔気を摂取すれば身を滅ぼす。魔気に慣れない体なのですから、当然といえば当然ですな」
「そんな! じゃあヴァネッサは……」

 すると男性は仰々しく丁寧なお辞儀をする。口調も行動も、乱暴でないところが、ますます怪しさを高めている。

「ご安心下さい、この女にはたいした量は入れていませんぞ。即死することはないでしょう。一時的に軽いショック症状を起こしただけですな」
「貴方、酷いわ。いきなり何てことをするの」

 すると男性は急に距離を縮め、冷ややかな声で忠告する。

「……よいですかな? 我は貴女とお話をしたいと言っただけ。貴女が大人しくしてくだされば、乱暴な手段を使わずに済むのですぞ」

 言葉こそ淡々とした調子だが、その表情はとても恐ろしかった。威圧的な表情、それに加えて戦慄するような魔気。逆らったら殺されるだろうと思うぐらいだ。

 民衆も王とそれを護る親衛隊も既に避難していて、この場にいるのは私たち三人と目の前の男性だけ。私は、ヴァネッサを心配する気持ちと、もっと早く逃げておくべきだったという後悔が混ざった、複雑な気持ちを抱いていた。しかし、やはり後者の方が大きい。私が無理矢理引っ張ってでもあの時逃げていたなら、ヴァネッサやエリアスもこんなことに巻き込まれずに済んだのに。

「……よろしい。では早速。エンジェリカの秘宝について伺ってもよろしいですかな?」

 またか、と思った。
 エンジェリカの秘宝についてはライヴァンにも尋ねられたことだが、私は本当に何も知らない。隠しているなどという話ではなく、事実知らないのだ。だからどうしようもない。

「ごめんなさい。エンジェリカの秘宝については話せません」

 男性は眉をひそめる。初めて表情が薄ら笑いから変わった。

「何ですと?」
「エンジェリカの秘宝については私も知らないんです。だから尋ねられても話しようがありません」

 強い魔気を発する悪魔で、エンジェリカの秘宝を手に入れようと探している。これはライヴァンと同じだ。

「もしかして、貴方は四魔将の方ですか?」

 私の中でそういう結論に至った。おおかた、ライヴァンが失敗したため次を差し向けてきた、というところだろう。

「おや、よくお分かりで。さすがは物分かりのよい方。ではその賢明さを称え、一応名乗っておきますかね」

 彼は大袈裟に拍手をしながら言い、そこで一度切って、それからまた続ける。

「我は四魔将が一人、ベルンハルト。魔界の王妃カルチェレイナ様に使えております。改めまして、以後お見知りおきを」

 銀髪の男性——ベルンハルトは礼儀正しく自己紹介をすると、赤黒い瞳で私を見つめた。

「エンジェリカの秘宝はどんな願いでも叶える。それは事実ですかな?」

 私は首を左右に振り否定する。

「知りません。でも、そんな都合のいいものがこの世にあるとは、私には思えません」
「まぁ何でもよろしい。では次を聞かせていただきますぞ」
「どうぞ」

 そう答えるしかない。拒否などしたところでヴァネッサの二の舞になるだけだ。

「エンジェリカの秘宝というのは、その赤いブローチのことなのですかな?」
「違います。それは断じて!」

 これは母との思い出、母との記憶。ライヴァンの時みたく奪われるわけにはいかない。

「なるほど。しかし、一応調べさせていただきますぞ」

 ベルンハルトの手がブローチに触れようとする。
 私は思わず、その手を払い除けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...