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39話 「感情に揺れる心」
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私とジェシカは医務室を出ると、すぐ隣のカウンセリング室と書かれた部屋に入る。
中はいたって平凡だった。壁も床も、天井も白く、医務室と同じ材質だが、広さは比較的狭い。三人以上入ると窮屈に感じるであろうぐらいの広さしかない。木製のテーブルと椅子二人があり、壁に時計がかけてある。それ以外は何もないとてもシンプルな部屋だ。
私とジェシカは取り敢えず向い合わせの椅子に腰かける。
「それで、話は何?」
ジェシカが改めて尋ねた。いつもより真剣な顔をしている。
「実はね、少し前からなんだけど……たまに黒い女の人が見えるの」
「黒い女の人?」
ジェシカは不思議そうに首を傾げる。不思議な顔をするのも無理はない。いきなり話しても事情が分かるはずがない。
「その人はどこに見えるの?」
「鏡の中とか、夢の中とかに突然現れるの。そして不気味なことばかり言ってくるの……」
いきなり力が欲しいかと言ってきたり、大爆発を起こしたり、恐ろしい未来を見せたり。あの黒い女はいつも、何がしたいのかさっぱり理解できないことばかりする。
「例えばどんな?」
目の前のジェシカが眉をひそめて聞いてくる。私は少し躊躇いつつも勇気を出して答える。
「私のことを、エンジェリカを終わらせる天使だ、とか……」
すると彼女は納得のいかないような顔をした。
「何それ、完璧におかしな人じゃん。意味不明だし。エンジェリカの王女様が、エンジェリカを終わらせるわけないじゃん」
私だってそう思うわ。私は生まれ育ったエンジェリカが好きだもの、「終わらせてやる」なんて考えたことは一度もない。
「でも確かに、そんなこと急に言われたら嫌だよね」
「そうなの。それで、さっきのノアさんの話を聞いて、もしかしてって思ったの。私は普通と違うのかなって……」
私がいたらみんなも巻き込んでしまうのかなって。そんなのは嫌だ。巻き込みたくない。私のために傷ついてほしくない。
「もし私に特別な力があって、それがみんなを傷つけるようなものなら、私はどうすればいいのかって思って、不安になったの。私、怖い……。エリアスやみんなを巻き込むのが怖い」
「そんなこと、ならないよ。大丈夫だって!」
「でも! ヴァネッサはもう犠牲になったわ!」
私は酷い。それに自分勝手。自分でもそう思う。こちらから相談しておいて、優しい彼女にこんなきついことを言えるのだから、私は最低だ。
「私のせいで傷ついたの! まだ意識も戻らないのよ! エリアスだって私のせいであんなに戦わされて……」
「待って。違うよ、そんな」
悲しそうな顔をするジェシカに、私は今まで溜め込んでいた不安を一気に吐き出す。……私、本当に最低だ。でも、頭ではそう思っていても、言葉が止まらない。
「エリアスもヴァネッサみたいになるかもしれない! 私のせいで、苦しむことになるわ! ……どうしてなの。私はこんなこと望んでなんてないのに!」
「待って。お願い。王女様、落ち着いてよ」
「次はエリアス……彼が不幸になるかもしれない。私のせいで……どうしてこんな……」
「いい加減にしてっ!!」
ジェシカが怒鳴った。その怒声で正気に戻った私は、「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝る。
「エリアスは強いよ。だから王女様を絶対に護る! 侍女のヴァネッサさんとはまったく別の話じゃん!」
彼女の言う通りだと思う。エリアスがそう簡単に戦いに負けるはずがない。だが、頭でそれは分かっていても、時折不安が押し寄せてくるのだ。
「冷静になって。そんなやつの言うこと、信じなくていいよ。気にしたら負けってやつ!」
そう言われて無条件に頷けるなら、とっくに気にしていないだろう。気にしてしまうから、こんな不安になっているのだ。
「って言ってもそう簡単には無理だよね。ちなみに、その女を最初に見たのはいつ?」
「……晩餐会の前の夜、夢の中で初めて見たわ」
「あたしたちと出会う前の日ってこと?」
その確認にはしっかりと頷けた。
「次に見たのは?」
「準備をおおかた終えた時、部屋の鏡で見たわ。その時はヴァネッサに言ったけど、疲れているだけだって、まともに聞いてもらえなかったの」
ジェシカは「そっか」と小さく言ったきり、しばらく黙り込んでしまった。何かを考えているようにも見える。私は静かな空間で、彼女が再び口を開くのを待つ。
「……晩餐会の時さ、グラスが割れたり椅子が倒れたりしたよね。もしかして、あれもその女がやったんじゃない? 超能力的な何かで……」
ドンドンドン!
突如ドアを叩く大きな音が響く。ノックとは程遠い音だ。
「入ります!」
そう言ってカウンセリング室に入ってきたのはエリアスだった。
「王女、また悪魔が来ました」
「そんな!」
私は思わず悲鳴のような声をあげる。
その口をエリアスが咄嗟に手のひらで塞いだ。
「貴女はここにいて下さい。私とノアでなんとかしますから。ジェシカ、王女を頼む」
「うん、任せて。エリアスも気をつけてね」
短時間の会話を済ませると、エリアスは白い衣装を翻し、すぐさま部屋から出ていった。
「待って! エリアス! お願い、行かないで!」
急に心細くなった私は叫んでいた。
「駄目だよ、王女様」
「エリアス!」
ジェシカの制止を振り払い、私は彼の後を追っていた。外へ出たら迷惑、足を引っ張るだけ。そんなこと分かっていたのに、私は彼の傍にいたい衝動に動かされた。
中はいたって平凡だった。壁も床も、天井も白く、医務室と同じ材質だが、広さは比較的狭い。三人以上入ると窮屈に感じるであろうぐらいの広さしかない。木製のテーブルと椅子二人があり、壁に時計がかけてある。それ以外は何もないとてもシンプルな部屋だ。
私とジェシカは取り敢えず向い合わせの椅子に腰かける。
「それで、話は何?」
ジェシカが改めて尋ねた。いつもより真剣な顔をしている。
「実はね、少し前からなんだけど……たまに黒い女の人が見えるの」
「黒い女の人?」
ジェシカは不思議そうに首を傾げる。不思議な顔をするのも無理はない。いきなり話しても事情が分かるはずがない。
「その人はどこに見えるの?」
「鏡の中とか、夢の中とかに突然現れるの。そして不気味なことばかり言ってくるの……」
いきなり力が欲しいかと言ってきたり、大爆発を起こしたり、恐ろしい未来を見せたり。あの黒い女はいつも、何がしたいのかさっぱり理解できないことばかりする。
「例えばどんな?」
目の前のジェシカが眉をひそめて聞いてくる。私は少し躊躇いつつも勇気を出して答える。
「私のことを、エンジェリカを終わらせる天使だ、とか……」
すると彼女は納得のいかないような顔をした。
「何それ、完璧におかしな人じゃん。意味不明だし。エンジェリカの王女様が、エンジェリカを終わらせるわけないじゃん」
私だってそう思うわ。私は生まれ育ったエンジェリカが好きだもの、「終わらせてやる」なんて考えたことは一度もない。
「でも確かに、そんなこと急に言われたら嫌だよね」
「そうなの。それで、さっきのノアさんの話を聞いて、もしかしてって思ったの。私は普通と違うのかなって……」
私がいたらみんなも巻き込んでしまうのかなって。そんなのは嫌だ。巻き込みたくない。私のために傷ついてほしくない。
「もし私に特別な力があって、それがみんなを傷つけるようなものなら、私はどうすればいいのかって思って、不安になったの。私、怖い……。エリアスやみんなを巻き込むのが怖い」
「そんなこと、ならないよ。大丈夫だって!」
「でも! ヴァネッサはもう犠牲になったわ!」
私は酷い。それに自分勝手。自分でもそう思う。こちらから相談しておいて、優しい彼女にこんなきついことを言えるのだから、私は最低だ。
「私のせいで傷ついたの! まだ意識も戻らないのよ! エリアスだって私のせいであんなに戦わされて……」
「待って。違うよ、そんな」
悲しそうな顔をするジェシカに、私は今まで溜め込んでいた不安を一気に吐き出す。……私、本当に最低だ。でも、頭ではそう思っていても、言葉が止まらない。
「エリアスもヴァネッサみたいになるかもしれない! 私のせいで、苦しむことになるわ! ……どうしてなの。私はこんなこと望んでなんてないのに!」
「待って。お願い。王女様、落ち着いてよ」
「次はエリアス……彼が不幸になるかもしれない。私のせいで……どうしてこんな……」
「いい加減にしてっ!!」
ジェシカが怒鳴った。その怒声で正気に戻った私は、「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝る。
「エリアスは強いよ。だから王女様を絶対に護る! 侍女のヴァネッサさんとはまったく別の話じゃん!」
彼女の言う通りだと思う。エリアスがそう簡単に戦いに負けるはずがない。だが、頭でそれは分かっていても、時折不安が押し寄せてくるのだ。
「冷静になって。そんなやつの言うこと、信じなくていいよ。気にしたら負けってやつ!」
そう言われて無条件に頷けるなら、とっくに気にしていないだろう。気にしてしまうから、こんな不安になっているのだ。
「って言ってもそう簡単には無理だよね。ちなみに、その女を最初に見たのはいつ?」
「……晩餐会の前の夜、夢の中で初めて見たわ」
「あたしたちと出会う前の日ってこと?」
その確認にはしっかりと頷けた。
「次に見たのは?」
「準備をおおかた終えた時、部屋の鏡で見たわ。その時はヴァネッサに言ったけど、疲れているだけだって、まともに聞いてもらえなかったの」
ジェシカは「そっか」と小さく言ったきり、しばらく黙り込んでしまった。何かを考えているようにも見える。私は静かな空間で、彼女が再び口を開くのを待つ。
「……晩餐会の時さ、グラスが割れたり椅子が倒れたりしたよね。もしかして、あれもその女がやったんじゃない? 超能力的な何かで……」
ドンドンドン!
突如ドアを叩く大きな音が響く。ノックとは程遠い音だ。
「入ります!」
そう言ってカウンセリング室に入ってきたのはエリアスだった。
「王女、また悪魔が来ました」
「そんな!」
私は思わず悲鳴のような声をあげる。
その口をエリアスが咄嗟に手のひらで塞いだ。
「貴女はここにいて下さい。私とノアでなんとかしますから。ジェシカ、王女を頼む」
「うん、任せて。エリアスも気をつけてね」
短時間の会話を済ませると、エリアスは白い衣装を翻し、すぐさま部屋から出ていった。
「待って! エリアス! お願い、行かないで!」
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