エンジェリカの王女

四季

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50話 「偶然の遭遇」

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 薄暗い路地裏で天使の悪魔が交戦しているなんて、地上界の人間は知らないのだろう。こんな薄汚いところに入ってくる人間などいるわけがないから。

「キャハッ! 王子様気取りとかおもしろーい!」

 宙に飛び上がり、リボンでくくられている私の方へ接近してくるノア。
 その勢いといったら結構なもので、いつもののんびりしたノアとは別人のようだ。いや、もちろん、エリアスに匹敵するほどではないけれど。

「でーも、王女はあげらんないんだよねぇ。キャハッ!」

 その背後からヴィッタの放った赤い電撃が迫る。ノアは咄嗟にシールドで弾き返す。

「どうかなー」

 ノアはニヤリと笑う。紫の聖気が彼の片手に集まる。そして剣の先のように鋭くなった手で私をくくりつけるリボンを縦に切り裂いた。一瞬にして体が空中に放り出される。

「お……落ちる!」

 一度はフワリと浮きかけたが、そう言った直後に一気に落下し、見事に地面へ落下した。

「……い、痛ぁ……」

 今日一番の痛みだった。

「テメェ、何してくれてんだ! オイ!!」

 ヴィッタが乱暴に叫ぶ。折角の可愛らしい顔が台無しだ。彼女はノアに向けてもう一度赤い電撃を放った。前回よりも威力が上がっているように見えるが、それでもノアのシールドを破るほどではない。

「あーヤダヤダ! これだから男は嫌いなんだよっ!! ……なーんてね」

 ノアは地面に降りてくる——が、その途中で動きが止まる。右足にリボンが巻きついていた。リボンがノアを上へと吊り上げる。

「王女はカルチェレイナ様のものだしぃ、もう一匹捕まえとくってのも悪くないかもねぇ。キャハハハッ!」

 ノアを自分と同じくらいの高さにまで吊り上げてから、逆さむきのノアに向かって言う。

「キャハッ。アンタ、右足怪我してるでしょ」
「さぁねー」

 ヴィッタは片側の口角を引き上げる。

「そーいうの、動きでバレバレだよ。ヴィッタ、怪我とかには詳しいから。キャハッ!」

 彼女は非常に楽しそうだが、ノアはとても不快そうな顔をしている。

「ノアさん! 助けるわ!」
「いやいや、王女様は早く逃げてよー」
「そんな! 嫌よ!」

 そもそも私が原因なのに、放って逃げるなんてできるわけがない。

「それにしても天使はいいなぁ、こーんな綺麗な羽を持ってて。羨まし」

 ヴィッタはノアの片翼の羽を指でつまむと一気に引きちぎった。ブチッ、と痛々しい音がして、数枚の羽がハラハラと降ってくる。ノアの顔が苦痛に歪む。

「キャハッ! どーしたのー? あっ、もしかして痛かった? 天使の弱点、案外羽だったりしてーっ。キャハハハッ! アンタいい顔するじゃん!? ヴィッタ、気に入っちゃった!」

 何やら暴走している。

「……落ちろ」

 さっきそう言った時、私は勢いよく地面に落ちた。——もしかしたらあの悪魔も落とせるかもしれない。そう思い、私は叫んだ。

「落ちろっ!」

「おかしなやつ。そんなこと言ったって……んん?」

 馬鹿にしていたヴィッタだったが、突如地面へ落下する。突然物凄い重力がかかったかのように。

「キャアアァァッ!」

 悲鳴を上げながら地面まで垂直落下した。それに伴いノアも落下する。
 ドォン、と低い音が響く。

「ったく……、いきなり何すんだテメェは!」

 ヴィッタは黒いワンピースについた埃を払いながら怒鳴る。
 しかし涙目になっている。

「覚えてろ、エンジェリカの王女! 次は手加減しねぇ!」

 そう吐き捨てると、彼女は指パッチンをして消えた。

「お、王女様……さすがー」

 ヴィッタと一緒に落ちてきていたノアが言う。私は一瞬忘れていたが、その声で思い出し、彼に駆け寄る。

「ノアさん、大丈夫?」
「平気平気ー。ありがとう、王女様。おかげで助かったよー」

 ノアは普段通り笑っていたので安心した。たいしたダメージではなさそうだ。

「ごめんなさい。私、勝手に怒って飛び出しちゃって……」
「え、そうだったっけー?」

 キョトンとするノア。

 ……もしかして忘れているの? 何ということだ。

「ほら、バスに乗ってて……」
「あ! そうだったねー。ジェルキャンドルの材料買わないといけないんだったー」

 ノアは立ち上がると、私の目の前に手を差し出してくる。

「王女様、歩けるー?」
「もちろん。私は大丈夫よ」


 こうしてヴィッタから逃れた私とノアは、そのまま、ショッピングモールへ行くことになった。ジェルキャンドルの材料を買うために。
 停留所まで歩き、バスに乗り込む。それまでの間いろんなことを話したが、ノアは一度も私を責めなかった。本当に心の広い天使だ。まさに『天使』と呼ぶに相応しい。

「えっ! もしかして、王女様とノア!?」

 バスの車内で座っていた時、声をかけてきたのはジェシカだった。私はとても驚く。家にいると思っていたから。

「ショッピングモールに行ってるんじゃなかったっけ!?」

 ジェシカもとても驚いていた。ショッピングモールに行っていたならこの停留所から乗ってくることはありえないからだろう。

「ジェシカはどこ行くのー?」

 言葉を詰まらせていると、ノアが先に言った。

「あたしもショッピングモール! 何か食べ物買おうかなって。今からなら一緒に行く?」
「いいねー。三人で行くと家族みたいだねー」
「……エリアスに殺されそう」

 ノアののんびりした発言にジェシカは呆れていた。

「でも確かに、友達と食べるご飯って楽しそうよね」

 私はいつも一人か大勢で食事をしていた。一人で食べるのは寂しいし、大勢で食べる時でも嫌いな者がいたりして不快だった。

「友達? 王女様、あたしたちのこと友達って思ってるの?」

 ジェシカが驚いて尋ねてくる。

「……あ、何かまずかった?」

「そんなことない! とっても、とっても嬉しいっ!」

 突然強く抱き締められ焦る。私はこんな風に触れ合うのに慣れていないから。

 でも……とても温かい。
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