エンジェリカの王女

四季

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97話 「悪夢の終焉」

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 一方、その頃エリアスは、森の中でルッツと出会っていた。
 ルッツは一度退いて再び戦いにやって来たところだったのだ。

 対峙する白と黒は、かつて一番の友であった。生まれも育ちも同じ、通っている血も同じ。
 それなのにこんな道をたどる外ないとは、運命はあまりに残酷だ。

「ルッツ……」
「やはりこうなる運命だったんだ。俺たちは」

 黒いルッツは過去を懐かしむように言う。

「あの日エリアスが王妃に出会わなかったなら。二人が親しくならなかったなら。こんな運命、避けられたのかもしれないね」

 エリアスとラヴィーナが出会わなければ、ルッツが悪魔の力を得て堕ちることはなかった。こうして敵対することもなかっただろう。今でも昔のように共に働いていたかもしれない。

 エリアスはかつてルッツが誇れる立派な兄であろうとした。しかし結果的にそれがルッツのすべてを壊してしまったという事実。弟から天使としての生を奪ってしまったこと。それらがエリアスの心に暗い影を落としている。
 アンナの傍にいて、どんなに幸せになっても、その影は消えないだろう。

 そもそも、それ以前に彼は幸せになる道を選べない。大きなチャンスが訪れても、弟への罪悪感で最後の一歩を踏み出せず、結局は足踏み状態になってしまう。
 このままではいけない。それは本人も分かっていて、それでも前へ踏み出せないのだ。

「そういえばエリアス、アンナ王女は? 一緒じゃないんだね。彼女はどこへ行ったんだい」

 ルッツは今になってふと気づき、魔気で赤黒い大剣を作りつつ尋ねる。

「……カルチェレイナのところへ」

 ルッツの問いに対し小さな声で答えるエリアス。

 ——後悔していた。

 アンナがカルチェレイナを倒せるはずがない。それなのにアンナを止めなかったことを、エリアスは何よりも悔やんでいた。
 あの時、強制的にでも引き留めるべきだった。それでも無理なら自分が同行するでもいい。とにかく、あそこで別れるべきではなかったのだ。
 今更悔やんだところでもう手遅れだが。

「戦う力もないのにカルチェレイナ様に挑むなんて、死にに行くようなもの。そんなの分かりきっていることだよね。それなのにエリアスは彼女を止めなかったんだ」

 ルッツは片側の口角を持ち上げて笑みを浮かべる。まるで「残酷だね」とでも言うかのように。
 エリアスは歯を食い縛り、悔しさを滲ませながら長槍を構える。

「だが王女を一人にはしない。お前を倒し、カルチェレイナのところへ行く」
「俺を倒せると思っているんだ。随分舐められたものだね」
「覚悟しろ。ルッツ」

 それを合図に、戦いの火蓋は切られた。白い槍と黒い剣が交わり、火花が散る。その二人にはもう、兄弟であった頃の面影はない。


 互角の戦いはずっと続いた。今二人の実力は拮抗している。だから、どちらかの体力が尽きるまで勝ち負けはつかない。

 かつてのルッツならエリアスと互角には戦えなかっただろうが、今は違う。
 地位を、名誉を、天使であるということさえも。すべてを捨てて魔気という名の『力』を手に入れたルッツは、エリアスと同じように戦えるぐらい強くなった。
 そのために払った犠牲はあまりに大きすぎたかもしれないが……。

 一方エリアスはというと、戦いながらも寂しい気持ちになっていた。

 アンナの護衛隊長になり早数年。思い返せば彼の隣にはいつも彼女がいた。
 どんな強敵が相手で、どれだけ傷ついても、振り返れば彼女がいる。だからどんなに厳しくとも挫けず戦えた。彼女が後ろにいてくれる。ただそれだけのことが、エリアスにどれだけ勇気を与えてくれたか。

 流されるように生きてきたエリアスの手を取って、彼に新たな道という希望を与えたアンナ——彼女は今、カルチェレイナと戦っているだろう。

 ……早く助けに行きたい。

 それがエリアスの今の思いである。


「そろそろ終わりにしよう、エリアス」
「私も同じ思いだ」

 二人は一度距離をとり、お互いに武器を構える。
 ルッツは黒い魔気を剣に溜めるが、エリアスは槍に聖気を溜めることはしなかった。アンナのいない自分にはルッツを貫けないと分かっていたから。


 そして、運命の時が訪れる。


 エリアスとルッツは互いに武器を握り、勝敗を決する一撃に出た。

 ——結果は予想通りだった。

 ルッツの斬撃により、エリアスは赤く染まった。白い衣装に鮮血はよく映える。アンナがその場にいたならば、絶叫していただろう。
 エリアスの選択は、ある意味正しかったのかもしれない。


「や……やった……、やった! 越えた! 俺はエリアスを!」

 ルッツは興奮して激しく叫んだ。もしこの場にまったく縁もゆかりもない第三者がいたとしたら、「憐れだ」と思うくらいに喜び叫ぶルッツ。

「どうだエリアス! これで完全に俺の勝ちだ!」

 誇らしげに言い放つルッツに対してエリアスは悲しげな笑みを浮かべる。

「……そうだな。私は肉親を殺して生きられるほど強くなかった」

 向けられた表情に、ルッツの心が初めて揺らぐ。
 憎しみしかないと思っていた心に信じられない記憶が蘇ってくる。
 完璧で誰からも尊敬されるエリアスに憧れていた。遠い昔の、そんな記憶。

「……兄さん、俺は……」

 すると急にルッツの頬を一筋の涙が伝う。その涙は自然と溢れてきたものだった。

「お前の悪夢は私がすべて終わらせる」

 エリアスは自身の持つすべての聖気を一ヵ所に集める。

「だからルッツ。もう眠れ」

 彼は聖気を解き放った。


 ——巻き起こる白い大爆発は、森の木々を吹き飛ばし、近くにいた悪魔を消滅させる。

 隅々まで悪魔になってしまっていたルッツは、その爆発で跡形もなく消えた。
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