エンジェリカの王女

四季

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101話 「すぐに帰ってくるから」

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 ほんの数秒、沈黙があった。
 何か悪いことを言ってしまっただろうか、と少し不安になる。私はエリアスの反応を待つ。

 しばらくすると、エリアスの瑠璃色の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。突然のことに驚き戸惑う。「何事?」という感じだ。

「あ……す、すみません……」

 エリアスは慌てて涙を拭く。
 私が泣き止んだと思ったら今度は彼か。私たち似た者同士ね。

「嬉しくて……あまりに……」

 いきなり倒置法。気になる。まぁたいして気にすることではないのだが。

 私は「嬉し涙なら良かった」と思い胸を撫で下ろした。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。

「そうでした。カルチェレイナはどうなったのですか?」

 ようやく普通に話せるようになってきたエリアスが尋ねてくる。

「今はライヴァンが食い止めてくれているわ」

 傷があるエリアスの腹部を一瞥する。どうやら出血は止まったようだった。かなりの量が体外へ出てしまっただろうが、彼の様子を見ている感じだと、命に別状はなさそうだ。意識ははっきりしているし、首から上や腕は動かせている。

 もちろん治療は必要だと思うが、何とかなりそうな状態だ。

「ライヴァンですか……」

 エリアスは怪訝な顔をしながら上半身を起こそうとする。しかし途中でガクッとなったので、咄嗟に支える。

「もう少し横になっていた方がいいわ」

 今はライヴァンのことよりもエリアスの体が心配だ。

「はい。すみません」

 ゆっくりと横たわらせる。すると、彼の服にこびりついていた血がべったりと手につく。それを見て複雑な心境になったが、なるべく気にしないようにした。
 エリアスが生きていればそれでいいのだから。

「ねぇ、あの小さな瓶の薬は持っていないの?」
「クヤハズキオルーナですか」
「そうそう。それよ」

 するとエリアスは上着のポケットへ手を伸ばす。そして数秒後に水色の小瓶を取り出した。

「これをどうなさるのです?」

 予想外の質問をされ困惑する。「エリアスが飲む意外に選択肢はないでしょう!」と突っ込みを入れたい気分だ。これを素で言っているとすれば、かなりの天然である。

「貴方が飲むのよ」
「私が?」

 今日のエリアスはどうかしているわね。明らかに変。

「いいから飲んで! ちょっとでも早く傷を治さなくちゃならないでしょ!」

 少しイラッとして調子を強めた。
 エリアスは「はい」と短く返事して小瓶の中の薬を飲む。意外と少量なのか、あっという間に飲み終えた。

「美味しかった?」

 興味本意で尋ねてみると、エリアスは苦笑する。

「あまり美味しくありません。草の味がします」

 草の味!? ……それは厳しい。

 原材料が薬草だから仕方がないのかもしれないが、調味料などで多少味付けしておけばいいのにと思う。
 傷病者が飲むわけだから、ある程度美味しくしておくべきよね。怪我はともかく、病気の時に草の味がする液を飲むのはかなり辛いだろうし。

 その時、カルチェレイナがいる方角から爆発音が聞こえた。そこまで大きくはないが何回も鳴り響く。

「そうだった、そろそろ行かなくちゃ。エリアスは一人で平気?」

 本当は重傷の彼をこんなところに置いていきたくない。安全な場所へ一緒に避難して、一刻も早く手当てしなくては。

 だが私はカルチェレイナとの戦いから逃げられない。絶対にあの場所へ戻らなくてはならないのだ。
 何度も「このまま逃げてしまおうか」と思った。そうすれば私もエリアスも無事でいられるし、一番簡単な道だから。だがそれは私たち二人しか救われない道だ。あの場所にいるジェシカたちや、カルチェレイナと戦っているであろうライヴァン。私に味方して力を貸してくれた者たちを犠牲にするわけにはいかない。

 私の願いは大切な者たちと幸せに暮らすこと。一人でも欠ければその願いは成就しない。

「私は平気ですが……本当にカルチェレイナのところへ行かれるのですか? 王女が無理して行かれることはないのですよ」

 エリアスは眉を寄せて複雑そうな顔つきになる。私がカルチェレイナのところへ行くのを止めたそうだ。

「そうね。でも、こんなことになったのは私のせい。だから私が決着をつけるの」

 躊躇いなくそう答えられた。
 今はカルチェレイナを倒すという揺るぎない決意があるから、私は迷わないし間違えない。

「……本気なのですね、王女」

 瑠璃色の瞳が私を真っ直ぐ見つめる。こちらが目を逸らすことを許さないくらい真っ直ぐな視線。
 エリアスを心配させることは分かっている。それでも、私はこんな憎しみ合いの連鎖を終わらせたい。そうしなくては本当の幸せは訪れないのだ。

「もし戦うのなら、それを使って下さい」

 エリアスは納得したような表情をしながら、私の胸元にある銀のブローチを指し示す。
 カルチェレイナがまだ麗奈だった頃、彼女から貰ったブローチ。複雑な思い出があるものだが、昔からの習慣もあって、いまだにずっと身につけている。

「これ?」
「はい。その羽には私の聖気が入っています」

 エリアスは柔らかな笑みを浮かべつつ続ける。

「私はもう戦えませんが、私の相棒が王女を護るはずです」

「相棒?」

 私は彼の言うことが理解できず首を傾げた。
 するとエリアスは答えてくれる。

「槍のことです。危ない時に使って下さい」

 え?

 そんなものを私に持たせてどうなるのだろうか。槍術どころか運動すらまともにできない私がエリアスの槍を持ったところで、戦えるはずがない。ほぼ無意味に近しい。
 だが彼は良心でしてくれたのだろう。その思いを否定するのは少々失礼だ。

「ありがとう、エリアス。それじゃあ行ってくるわね」

 私は今日一番の笑顔を作った。

「いってらっしゃいませ、王女。……どうかご無事で」

 エリアスの顔には不安の色が浮かんでいる。だが、彼は私を止めなかった。私の選んだ道を尊重してくれたのだろう。

「待っていてね。すぐに帰ってくるわ」
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