105 / 131
104話 「闇の果て」
しおりを挟む
私はしばらく目を開けられなかった。
何がどういう状況になっているのか分からなかったし、あまり見たくなかったから。
鎌にやられていれば、どんな形であろうと多少の痛みは伴うはず。私に痛みがないということは——それ以上考えられなかった。正しくは、考えてはならない気がしたのだ。
目を開けることにこれほどの恐怖を感じたのは、生まれて初めてだと思う。
「……そん……な」
カルチェレイナの動揺に満ちた小さな声が耳に入り、恐る恐る目を開ける。
私が握っている槍はカルチェレイナを確かに貫いていた。
ヴィッタの絶叫する声が聞こえる。けれども、何がどうなったのか、暫し理解できなかった。ただ一つ分かるのは、槍がカルチェレイナを貫いていることだけである。
「……やるじゃない」
カルチェレイナは膝を折り、地面へ垂直に座り込んだ。
体は脱力し、鎌はカランと落ちて消えた。
「貴女の勝ちよ」
力なく座り込んだ彼女は何もかも諦めたような表情で言う。
「あたしは結局……何もできなかった。四百年、この日を待ち続けてきたというのに……」
このまま放っておいてもいずれ消滅するだろうが、本来ならもう一撃食らわせて止めを刺すべきなのだろう。だが私にはできなかった。
出会ってまもない頃、彼女がいつも見せてくれた笑顔。あれが偽りだと、私にはどうしても思えない。
だからだろうか。私は半ば無意識に彼女の手を取っていた。
「……何のつもり?」
カルチェレイナは困惑したようにほんの少しだけ眉を寄せる。
「こんな方法しか思いつかなくてごめんなさい。私は貴女のこと好きよ。だからカルチェレイナ、最後に私からプレゼントをあげるわ」
私は彼女の手を握ったまま目を閉じた。そして念じる。
彼女が幸せな夢をみられるように、と。
次に目を開けると、真っ白な空間にいた。空にも地面にも色はなく、ただひたすらに一面が白である。
少し先には川が流れていた。その川の手前にカルチェレイナが立っている。どうやら向こう岸にも誰かがいるようだ。
私は少し離れたその場所に立ったまま様子を見ることにした。
「ママ!」
向こう岸から可愛らしい声が聞こえる。姿はハッキリと見えないが、水色の髪をしていることだけは視認できる。
それから頑張って目を凝らしてみると、向こう岸には三人ほどいることが分かった。
カルチェレイナは躊躇うことなく川に入る。するとその少女もそこまで来て、二人は抱き締めあった。
「お兄ちゃんとパパもいるよ。ママに会えるのをとっても楽しみにしてたんだ! 結構長いこと待ってたよ」
「……みんな揃っているのね」
よく似た水色の髪の少女を強く抱き締めながら、カルチェレイナは泣いていた。泣いているけれど、今までで一番嬉しそうだった。
向こう岸にいる二人も、手を振ったりしている。恐らく少女が言う「お兄ちゃんとパパ」なのだろう。
——家族。
母親と父親がいて、子どもがいて。魔界の王族とはいえ、いたって普通の幸せな家庭ではないか。
その温かな光景を目にして、私は正直羨ましいと思った。私が手に入れられなかったものをカルチェレイナは持っていたのだ。もしも運命がこんなに残酷でなかったなら、彼女は私よりずっと幸せに暮らしていたのかもしれない。
その時。カルチェレイナが振り返り、こちらを向いた。
その黄色い瞳に憎しみの色はまったくない。柔らかく穏やかで、幸せそうな表情だ。
「これがプレゼント?」
水色の髪の少女を抱き締めたまま、ほんの少し口角を上げて尋ねてくる。
私は妙に切なくなって、口を動かせなかった。何か言葉を発すると彼女との別れが辛くなる気がしたから、ただ首を縦に動かすだけにした。
それにしても実に不思議だ。最初は友達だったとはいえ、私は彼女に何度も命を狙われた。大切な者たちを傷つけられもして。それなのに、私は最後まで彼女を嫌いにはなれなかった。
「『エンジェリカの秘宝』はどんな願いも叶えてくれる……本当だったのね」
カルチェレイナはどこか寂しそうに笑う。
「ありがとう。アンナ」
また考えてしまった。
もし彼女と友達のままでいられたら、どんなに素敵だっただろうかと。
良き友になれる道もあったのではないかと思う。それだけがたった一つの心残りだ。
「神木麗奈は貴女を好きだった。それではね。またいつか会いましょう」
川を渡ってから一度だけ振り向いた彼女は、曇りのない微笑みで言った。私は結局何も言えず、ただ手を振って彼女の背を見送る。
カルチェレイナは家族と共にまだ見ぬ未来へ歩み出す。
彼女はもう闇を抜けた。その心には絶望も復讐もない。やがて訪れる未来は、決して不幸なものではないだろう。
友達にはなれなかった私が、彼女にただ一つしてあげられたこと。これによって彼女は少しでも救われただろうか。
さて、私もそろそろ戻らなくちゃ。
私にはまだまだたくさんの用事がある。万事解決にはまだ早い。
——帰ろう。エンジェリカへ。
何がどういう状況になっているのか分からなかったし、あまり見たくなかったから。
鎌にやられていれば、どんな形であろうと多少の痛みは伴うはず。私に痛みがないということは——それ以上考えられなかった。正しくは、考えてはならない気がしたのだ。
目を開けることにこれほどの恐怖を感じたのは、生まれて初めてだと思う。
「……そん……な」
カルチェレイナの動揺に満ちた小さな声が耳に入り、恐る恐る目を開ける。
私が握っている槍はカルチェレイナを確かに貫いていた。
ヴィッタの絶叫する声が聞こえる。けれども、何がどうなったのか、暫し理解できなかった。ただ一つ分かるのは、槍がカルチェレイナを貫いていることだけである。
「……やるじゃない」
カルチェレイナは膝を折り、地面へ垂直に座り込んだ。
体は脱力し、鎌はカランと落ちて消えた。
「貴女の勝ちよ」
力なく座り込んだ彼女は何もかも諦めたような表情で言う。
「あたしは結局……何もできなかった。四百年、この日を待ち続けてきたというのに……」
このまま放っておいてもいずれ消滅するだろうが、本来ならもう一撃食らわせて止めを刺すべきなのだろう。だが私にはできなかった。
出会ってまもない頃、彼女がいつも見せてくれた笑顔。あれが偽りだと、私にはどうしても思えない。
だからだろうか。私は半ば無意識に彼女の手を取っていた。
「……何のつもり?」
カルチェレイナは困惑したようにほんの少しだけ眉を寄せる。
「こんな方法しか思いつかなくてごめんなさい。私は貴女のこと好きよ。だからカルチェレイナ、最後に私からプレゼントをあげるわ」
私は彼女の手を握ったまま目を閉じた。そして念じる。
彼女が幸せな夢をみられるように、と。
次に目を開けると、真っ白な空間にいた。空にも地面にも色はなく、ただひたすらに一面が白である。
少し先には川が流れていた。その川の手前にカルチェレイナが立っている。どうやら向こう岸にも誰かがいるようだ。
私は少し離れたその場所に立ったまま様子を見ることにした。
「ママ!」
向こう岸から可愛らしい声が聞こえる。姿はハッキリと見えないが、水色の髪をしていることだけは視認できる。
それから頑張って目を凝らしてみると、向こう岸には三人ほどいることが分かった。
カルチェレイナは躊躇うことなく川に入る。するとその少女もそこまで来て、二人は抱き締めあった。
「お兄ちゃんとパパもいるよ。ママに会えるのをとっても楽しみにしてたんだ! 結構長いこと待ってたよ」
「……みんな揃っているのね」
よく似た水色の髪の少女を強く抱き締めながら、カルチェレイナは泣いていた。泣いているけれど、今までで一番嬉しそうだった。
向こう岸にいる二人も、手を振ったりしている。恐らく少女が言う「お兄ちゃんとパパ」なのだろう。
——家族。
母親と父親がいて、子どもがいて。魔界の王族とはいえ、いたって普通の幸せな家庭ではないか。
その温かな光景を目にして、私は正直羨ましいと思った。私が手に入れられなかったものをカルチェレイナは持っていたのだ。もしも運命がこんなに残酷でなかったなら、彼女は私よりずっと幸せに暮らしていたのかもしれない。
その時。カルチェレイナが振り返り、こちらを向いた。
その黄色い瞳に憎しみの色はまったくない。柔らかく穏やかで、幸せそうな表情だ。
「これがプレゼント?」
水色の髪の少女を抱き締めたまま、ほんの少し口角を上げて尋ねてくる。
私は妙に切なくなって、口を動かせなかった。何か言葉を発すると彼女との別れが辛くなる気がしたから、ただ首を縦に動かすだけにした。
それにしても実に不思議だ。最初は友達だったとはいえ、私は彼女に何度も命を狙われた。大切な者たちを傷つけられもして。それなのに、私は最後まで彼女を嫌いにはなれなかった。
「『エンジェリカの秘宝』はどんな願いも叶えてくれる……本当だったのね」
カルチェレイナはどこか寂しそうに笑う。
「ありがとう。アンナ」
また考えてしまった。
もし彼女と友達のままでいられたら、どんなに素敵だっただろうかと。
良き友になれる道もあったのではないかと思う。それだけがたった一つの心残りだ。
「神木麗奈は貴女を好きだった。それではね。またいつか会いましょう」
川を渡ってから一度だけ振り向いた彼女は、曇りのない微笑みで言った。私は結局何も言えず、ただ手を振って彼女の背を見送る。
カルチェレイナは家族と共にまだ見ぬ未来へ歩み出す。
彼女はもう闇を抜けた。その心には絶望も復讐もない。やがて訪れる未来は、決して不幸なものではないだろう。
友達にはなれなかった私が、彼女にただ一つしてあげられたこと。これによって彼女は少しでも救われただろうか。
さて、私もそろそろ戻らなくちゃ。
私にはまだまだたくさんの用事がある。万事解決にはまだ早い。
——帰ろう。エンジェリカへ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる