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108話 「少なくとも普通ではない」
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「エリアスさん、こんな酷い怪我を何度もなさっていると、そのうち後遺症が残りますよ。ほどほどにして下さい」
看護師の天使がエリアスの腹部の裂傷を布で軽く拭いつつ言う。
確かに彼は、短期間に何度も大怪我をしているので、看護師から注意を受けるのも無理はない。もっとも、その大怪我の大半が私を護るために負ったものなので、原因は私にある。私がやたらと悪魔に襲われるのが一番の原因だ。
だが、そんな日々ももう終わるだろう。
カルチェレイナはこの世から消えた。つまり、私を狙う悪魔は一気に減るはずだ。当然ゼロになるとは言い切れないが、少なくともカルチェレイナの命によって私を狙う者はいなくなる。それでも大きな変化だ。ここしばらく、ずっと、いつ誰に襲撃されるか分からないような状況だった。久々にゆったりとした時間をすごしたいものである。
「消毒します。少し染みるかもしれません」
看護師が消毒液に浸していたガーゼで傷を拭く。エリアスは時々顔をしかめる。歯を食いしばり、痛みを堪えているようだった。彼が痛い思いをするのは可哀想だが、菌が体内に侵入するのを防ぐためだから仕方ない。エリアスもそれはよく分かっているはずだ。
ヴァネッサと共にエリアスを見守っていると、何やら大きな声が耳に飛び込んでくる。
「オー! 王女様お久しぶりデス!」
金の長い髪が特徴的なラピスだった。今日は前と違ってシンプルなワンピースを着ている。とても動きやすそうな服装である。快活な声と独特な発音ですぐに彼女だと分かった。
会うのはいつ以来だろうか。確か……建国記念祭の後以来だったかな?はっきり記憶にないが確かそうだったと思う。実際にはあれからそんなに日は経っていない。せいぜい一か月以内。だが、地上界でも色々あったからか、物凄く長い時間が経過しているような感覚だ。
ラピスから漂う甘い香りが過去の記憶を徐々に呼び覚ます。
そういえば、あの建国記念祭はベルンハルトの襲撃で潰れてしまったんだったわね……。せっかく開催期間を延ばして一週間にしたのに、惜しかったわ。
「ラピスさんはいつまでここに?」
ふと気になって尋ねてみる。
彼女はヴァネッサに呼ばれてどこかからやって来たのだ、いつか帰らねばならない日が来るはず。今いるというだけでも驚きだ。
「いつまでいるかデスカ? ウーン……もうしばらくいますヨ!」
どうやらあまり何も考えていなかったようだ。聞いても無駄だったかも。けれども、急いで帰らねばならないことはないようなので、少しホッとした。
私の誕生日パーティーのためにわざわざ来てもらっておきながら、巻き込むだけ巻き込んで礼もなしに帰らせるというのは、どうにも失礼な気がする。少しくらいは何かお返しをしたいものだ。
「ラピス。貴女、宮廷歌手の仕事はいいの?」
「もちろんヨー! 大好きなヴァネッサのためなら何でもスルスル!」
テンションが一気に上がったラピスは、突然ヴァネッサに抱きつく。抱きつかれたヴァネッサは眉を寄せて不愉快そうな表情を浮かべながら、「そういうのはいらないわ」と低い声を出す。ご機嫌ななめな時の声色だ。
しかしラピスはそんなことは気にしない。ヴァネッサの頬に自分の頬をスリスリしたり、ヴァネッサの黒いシニヨンを触ったり、好き勝手している。
「もう止めてっ!」
ついにヴァネッサがキレた。彼女の恐ろしい雷が落ちる。
「いい加減にしないとハエたたきで叩き潰すわよ! それが嫌なら、今すぐ離れてちょうだい! 今すぐにっ!!」
「ヴァネッサ怖いネ」
「ふざけるんじゃないわよっ! これ以上触れないで!」
ヴァネッサがここまで怒鳴り散らすのは珍しい。私もよく叱られはするが、ここまで破壊力のある言われ方をすることはほとんどない。ラピスとはそれだけ親しい仲ということか。しかしそれを言うとさらに怒るのは目に見えているので、敢えて言うことはしない。いや、言えるわけがないのである。
ちょうど傷の処置をしてもらい終えたばかりのエリアスが、うんざり顔でヴァネッサに言い放つ。
「ヴァネッサさん、あまり騒がないで下さい。王女が困ってられます」
「私だって騒ぎたくて騒いでいるわけじゃないわ」
そりゃそうでしょうね。大人のヴァネッサが騒ぎたくて騒いでいたとしたら、それはドン引きものだわ。あまりに珍しいものだから、天変地異が起こる前触れかと不安になるかもしれない。
「従者が、自身の都合で王女に迷惑をかけるというのは、どうなのでしょうね」
エリアスの口調にはたっぷりの嫌みが含まれている。
「貴方は本当に、一言余計ね」
「私は間違えていますか」
ヴァネッサとエリアスは口論のような会話を交わす。
二人の視線が火花を散らし、私は入っていけない空気だ。
しかし、予想外にもヴァネッサが折れた。
「……そうね。間違えてはいないわ」
「そうでしょう」
一瞬勝ち誇った表情になるエリアス。しかし、これだけで終わるヴァネッサではなかった。
「……誰もが貴方のように正しくあれるわけではないのよ。一切迷いなく、自分の損を考えず、ただひたすらに主人に付き従う。それが理想の従者なのでしょうけど、普通の者には無理だわ」
ヴァネッサは聡明だ。だからわりとよく痛いところを突く発言をする。
「エリアス、端から見れば貴方は異常よ。いくら主人を護るためとはいえ、自分が傷つき続けるのはおかしいわ」
話についていけていないラピスは、キョトンとして、エリアスとヴァネッサを交互に見ている。
「私が……異常?」
怪訝な顔で繰り返すエリアス。その顔にはどこか不安の色が浮かんでいる。
「少なくとも普通ではないわ。どんなに大切と思っていても、どんなに愛していても——結局自分の命が一番なのよ」
ヴァネッサの表情は哀愁を帯びていた。エリアスもどうやらそのことに気づいた様子だった。
看護師の天使がエリアスの腹部の裂傷を布で軽く拭いつつ言う。
確かに彼は、短期間に何度も大怪我をしているので、看護師から注意を受けるのも無理はない。もっとも、その大怪我の大半が私を護るために負ったものなので、原因は私にある。私がやたらと悪魔に襲われるのが一番の原因だ。
だが、そんな日々ももう終わるだろう。
カルチェレイナはこの世から消えた。つまり、私を狙う悪魔は一気に減るはずだ。当然ゼロになるとは言い切れないが、少なくともカルチェレイナの命によって私を狙う者はいなくなる。それでも大きな変化だ。ここしばらく、ずっと、いつ誰に襲撃されるか分からないような状況だった。久々にゆったりとした時間をすごしたいものである。
「消毒します。少し染みるかもしれません」
看護師が消毒液に浸していたガーゼで傷を拭く。エリアスは時々顔をしかめる。歯を食いしばり、痛みを堪えているようだった。彼が痛い思いをするのは可哀想だが、菌が体内に侵入するのを防ぐためだから仕方ない。エリアスもそれはよく分かっているはずだ。
ヴァネッサと共にエリアスを見守っていると、何やら大きな声が耳に飛び込んでくる。
「オー! 王女様お久しぶりデス!」
金の長い髪が特徴的なラピスだった。今日は前と違ってシンプルなワンピースを着ている。とても動きやすそうな服装である。快活な声と独特な発音ですぐに彼女だと分かった。
会うのはいつ以来だろうか。確か……建国記念祭の後以来だったかな?はっきり記憶にないが確かそうだったと思う。実際にはあれからそんなに日は経っていない。せいぜい一か月以内。だが、地上界でも色々あったからか、物凄く長い時間が経過しているような感覚だ。
ラピスから漂う甘い香りが過去の記憶を徐々に呼び覚ます。
そういえば、あの建国記念祭はベルンハルトの襲撃で潰れてしまったんだったわね……。せっかく開催期間を延ばして一週間にしたのに、惜しかったわ。
「ラピスさんはいつまでここに?」
ふと気になって尋ねてみる。
彼女はヴァネッサに呼ばれてどこかからやって来たのだ、いつか帰らねばならない日が来るはず。今いるというだけでも驚きだ。
「いつまでいるかデスカ? ウーン……もうしばらくいますヨ!」
どうやらあまり何も考えていなかったようだ。聞いても無駄だったかも。けれども、急いで帰らねばならないことはないようなので、少しホッとした。
私の誕生日パーティーのためにわざわざ来てもらっておきながら、巻き込むだけ巻き込んで礼もなしに帰らせるというのは、どうにも失礼な気がする。少しくらいは何かお返しをしたいものだ。
「ラピス。貴女、宮廷歌手の仕事はいいの?」
「もちろんヨー! 大好きなヴァネッサのためなら何でもスルスル!」
テンションが一気に上がったラピスは、突然ヴァネッサに抱きつく。抱きつかれたヴァネッサは眉を寄せて不愉快そうな表情を浮かべながら、「そういうのはいらないわ」と低い声を出す。ご機嫌ななめな時の声色だ。
しかしラピスはそんなことは気にしない。ヴァネッサの頬に自分の頬をスリスリしたり、ヴァネッサの黒いシニヨンを触ったり、好き勝手している。
「もう止めてっ!」
ついにヴァネッサがキレた。彼女の恐ろしい雷が落ちる。
「いい加減にしないとハエたたきで叩き潰すわよ! それが嫌なら、今すぐ離れてちょうだい! 今すぐにっ!!」
「ヴァネッサ怖いネ」
「ふざけるんじゃないわよっ! これ以上触れないで!」
ヴァネッサがここまで怒鳴り散らすのは珍しい。私もよく叱られはするが、ここまで破壊力のある言われ方をすることはほとんどない。ラピスとはそれだけ親しい仲ということか。しかしそれを言うとさらに怒るのは目に見えているので、敢えて言うことはしない。いや、言えるわけがないのである。
ちょうど傷の処置をしてもらい終えたばかりのエリアスが、うんざり顔でヴァネッサに言い放つ。
「ヴァネッサさん、あまり騒がないで下さい。王女が困ってられます」
「私だって騒ぎたくて騒いでいるわけじゃないわ」
そりゃそうでしょうね。大人のヴァネッサが騒ぎたくて騒いでいたとしたら、それはドン引きものだわ。あまりに珍しいものだから、天変地異が起こる前触れかと不安になるかもしれない。
「従者が、自身の都合で王女に迷惑をかけるというのは、どうなのでしょうね」
エリアスの口調にはたっぷりの嫌みが含まれている。
「貴方は本当に、一言余計ね」
「私は間違えていますか」
ヴァネッサとエリアスは口論のような会話を交わす。
二人の視線が火花を散らし、私は入っていけない空気だ。
しかし、予想外にもヴァネッサが折れた。
「……そうね。間違えてはいないわ」
「そうでしょう」
一瞬勝ち誇った表情になるエリアス。しかし、これだけで終わるヴァネッサではなかった。
「……誰もが貴方のように正しくあれるわけではないのよ。一切迷いなく、自分の損を考えず、ただひたすらに主人に付き従う。それが理想の従者なのでしょうけど、普通の者には無理だわ」
ヴァネッサは聡明だ。だからわりとよく痛いところを突く発言をする。
「エリアス、端から見れば貴方は異常よ。いくら主人を護るためとはいえ、自分が傷つき続けるのはおかしいわ」
話についていけていないラピスは、キョトンとして、エリアスとヴァネッサを交互に見ている。
「私が……異常?」
怪訝な顔で繰り返すエリアス。その顔にはどこか不安の色が浮かんでいる。
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