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118話 「戴冠式を知らない天使たち」
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ジェシカがノアを起こすべく色々なことを試し始めて数分後、ノアはむにゃむにゃ言いながら目を開けた。トロンとした目つきで気だるそうな様子。しんどいからなのか、ただ単に寝起きが悪いいつものパターンなのか、判別しにくい。
しばらく様子を静観していると、やがて彼は口を開いた。
「……あれー? 王女様ー……?」
語尾を若干伸ばす喋り方は健在みたいだ。
意識はあまりはっきりしていないように感じられるが、私を認識するくらいの力はあるらしい。
「見えてるの?」
ジェシカはベッドに張り付き、目を大きく開いて驚いた声で尋ねた。
「……ううん、微妙ー。でも聖気で分かるよー」
ノアはベッドに横たわったまま片手で目を擦り、それから、やっと開いてきた目をゆっくりとパチパチ動かす。瞳だけが辺りを見回している。
その様子は、とてつもなく長い眠りから覚めた眠り姫のよう。
「起きたのね、ノアさん。体の調子はどう?」
短く聞いてみると、彼は視線をこちらへ向ける。柔らかな眼差しから、切羽詰まった状況でないことは分かった。
しかし、うーん、と答えに悩んでいる。
純粋にどう答えるか迷っているのか、あるいは、私に気を遣って本当のことが言えないのでどう答えるべきか考えているのか。前者であった場合自意識過剰のようで恥ずかしいし、私がそこを質問するのもおかしな話なので聞けない。なので、気になるところではあるが敢えて気にしないことにした。
するとちょうどその時ノアが口を開く。
「動けないけど元気だよー」
さっきまで全力で眠っていた者とは思えない答えが返ってきて一瞬困惑した。動けないというのはその通りだが、元気だとは思えない。
だがそれを言うのは無粋だと思い、話題を変えることにした。
「そうなのね。あ、そうだ」
一応、今閃いたかのような演技をしておいた。私は演技が下手なので演技だとバレバレだろうがそれでも構わない。そこはたいして大事なことではないのだから。
「ジェシカさんとノアさんに話しておかなくちゃならないことがあるの」
二人の視線が私に集まる。
ジェシカは座っていたパイプ椅子をこちらへ近付け、そのうえ、身を乗り出すようにして待っている。その瞳は明るく輝いていた。ノアも「なになにー」と興味を示している。
「二週間後に建国記念祭を開催するらしいのだけど、そこで戴冠式を行うことになったの」
すると、ジェシカとノアはキョトンとした顔になり、お互いに顔を見合わせる。そして二人同時にこちらを向く。「何の話?」とでも言いたげな表情だ。
最初は驚いているのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。驚きというより困惑に近い色が浮かんでいる。
「王女様、あのさ……」
ジェシカが気まずそうに言いかけたのに、重ねるように、ノアが口を開く。
「戴冠式って何ー?」
——え? 今、何て言った?
私はしばらく、ノアの質問の意味が分からなかった。
エンジェリカの王子や王女が王位に就く時に開催される戴冠式。王国中の天使がお祝いに集まるこの式典は、建国記念祭に並ぶくらい有名なものだ。だから、エンジェリカで暮らしてきた天使が知らないはずがない。
それなのにノアは「戴冠式とは何か」と尋ねてきた。突っ込みを入れない辺りを見ると、ジェシカも戴冠式を知らないのだろうか。
「戴冠式を知らないの?」
ジェシカに目をやると、彼女は少し申し訳なさそうな顔つきになった。肩を内に寄せ、苦笑いする。
「うん。式典だってことは分かるんだけど……」
「聞いたことないよねー」
「知らないあたしたちが変なんだと思うけど、王女様、もし良かったら教えてくれない?」
エンジェリカで暮らす天使なら誰もが当たり前に知っているものと思っていた。しかしそれは私の思い込みだったのかもしれない。私が考えているより世界は広くて、だから、エンジェリカで暮らしていても戴冠式を知らない者もいるということか。
言葉探しに迷うくらい驚いたが、一つ学ぶことができたのは良かったわ。
「戴冠式っていうのはね、王子や王女が王様になりますよってみんなに伝える、大事な式典なの。王国中から天使が集まるらしいわ。と言っても、私も実際に見たことはないのだけれど」
一番最後に開催された戴冠式はディルクが王子から王様になった時。だから、ヴァネッサやエリアスは知っているのだろうが、私はまだ生まれていない。ジェシカとノアも生まれていなかった可能性が高いわね。
「えっ、じゃあ王女様が女王様になるの!?」
頭の回転が早いジェシカは一歩先のことを言った。ノアはのんびりと「へー、そっかー」などと言いつつ、落ち着いた表情を保っている。二人の反応は対照的だ。
私が小さく頷いて「そうなの」と返すと、ジェシカの表情がパアッと明るくなる。パイプ椅子から立ち上がり強く抱き締めてきた。
「おめでとうっ!」
く、苦しい……。
ジェシカがあまりに強く抱き締めるものだから、胸元が締めつけられて呼吸しにくい。彼女は感情が高ぶりすぎて力の制御ができていないのだろうが、「こんなに強く抱き締めなくても……」というのが本音だ。
いや、もちろん嬉しいことは嬉しいのだけれど。
「ジェシカ、力加減考えてー」
ノアはのんびりとした口調のまま注意する。
ナイス! と密かに思う。私がジェシカに「止めて」と言うのは、申し訳ない気がして無理そうだったから。
ノアの忠告を受け、ジェシカは私に絡めていた腕をパッと離す。
「あっ、ごめん。もしかして痛かった?」
「大丈夫。ちょっとだけよ」
するとジェシカは少し顔を赤らめてはにかむ。
「ごめん。あたし、力加減苦手なところあるんだよね。前エリアスにも注意されちゃった」
彼女は本当に良い天使だと思う。
貧しい環境で育ちながら、ずっと裕福な暮らしをしてきた私に嫉妬することもなく、いつも応援してくれる。純粋に、曇りのない笑顔で。
明るくて優しくて、とても温かな天使。小さくて華奢なのに、勇気があって誰よりも強い。
「じゃあ王女様が女王様になるってことー?」
「えぇ、そうなの」
「女王様とかすっごいよね!」
「おめでとー」
——そしてエリアスと結婚するの。
それは言えなかった。
ジェシカが恋心を抱いていたエリアスと結婚するなんて言えるはずがない。
そんなことを言ってしまったら彼女を傷つけてしまう。だが黙っていても最終的に傷つけてしまうと思う。
だから勇気を出さなくては。
「それでね……私、その、エリアスと結婚する予定なの」
思い切って言うと、ジェシカの表情が硬直した。ノアも呆気に取られて固まっている。
——時が止まった。
私にはそんな風に感じられた。
しばらく様子を静観していると、やがて彼は口を開いた。
「……あれー? 王女様ー……?」
語尾を若干伸ばす喋り方は健在みたいだ。
意識はあまりはっきりしていないように感じられるが、私を認識するくらいの力はあるらしい。
「見えてるの?」
ジェシカはベッドに張り付き、目を大きく開いて驚いた声で尋ねた。
「……ううん、微妙ー。でも聖気で分かるよー」
ノアはベッドに横たわったまま片手で目を擦り、それから、やっと開いてきた目をゆっくりとパチパチ動かす。瞳だけが辺りを見回している。
その様子は、とてつもなく長い眠りから覚めた眠り姫のよう。
「起きたのね、ノアさん。体の調子はどう?」
短く聞いてみると、彼は視線をこちらへ向ける。柔らかな眼差しから、切羽詰まった状況でないことは分かった。
しかし、うーん、と答えに悩んでいる。
純粋にどう答えるか迷っているのか、あるいは、私に気を遣って本当のことが言えないのでどう答えるべきか考えているのか。前者であった場合自意識過剰のようで恥ずかしいし、私がそこを質問するのもおかしな話なので聞けない。なので、気になるところではあるが敢えて気にしないことにした。
するとちょうどその時ノアが口を開く。
「動けないけど元気だよー」
さっきまで全力で眠っていた者とは思えない答えが返ってきて一瞬困惑した。動けないというのはその通りだが、元気だとは思えない。
だがそれを言うのは無粋だと思い、話題を変えることにした。
「そうなのね。あ、そうだ」
一応、今閃いたかのような演技をしておいた。私は演技が下手なので演技だとバレバレだろうがそれでも構わない。そこはたいして大事なことではないのだから。
「ジェシカさんとノアさんに話しておかなくちゃならないことがあるの」
二人の視線が私に集まる。
ジェシカは座っていたパイプ椅子をこちらへ近付け、そのうえ、身を乗り出すようにして待っている。その瞳は明るく輝いていた。ノアも「なになにー」と興味を示している。
「二週間後に建国記念祭を開催するらしいのだけど、そこで戴冠式を行うことになったの」
すると、ジェシカとノアはキョトンとした顔になり、お互いに顔を見合わせる。そして二人同時にこちらを向く。「何の話?」とでも言いたげな表情だ。
最初は驚いているのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。驚きというより困惑に近い色が浮かんでいる。
「王女様、あのさ……」
ジェシカが気まずそうに言いかけたのに、重ねるように、ノアが口を開く。
「戴冠式って何ー?」
——え? 今、何て言った?
私はしばらく、ノアの質問の意味が分からなかった。
エンジェリカの王子や王女が王位に就く時に開催される戴冠式。王国中の天使がお祝いに集まるこの式典は、建国記念祭に並ぶくらい有名なものだ。だから、エンジェリカで暮らしてきた天使が知らないはずがない。
それなのにノアは「戴冠式とは何か」と尋ねてきた。突っ込みを入れない辺りを見ると、ジェシカも戴冠式を知らないのだろうか。
「戴冠式を知らないの?」
ジェシカに目をやると、彼女は少し申し訳なさそうな顔つきになった。肩を内に寄せ、苦笑いする。
「うん。式典だってことは分かるんだけど……」
「聞いたことないよねー」
「知らないあたしたちが変なんだと思うけど、王女様、もし良かったら教えてくれない?」
エンジェリカで暮らす天使なら誰もが当たり前に知っているものと思っていた。しかしそれは私の思い込みだったのかもしれない。私が考えているより世界は広くて、だから、エンジェリカで暮らしていても戴冠式を知らない者もいるということか。
言葉探しに迷うくらい驚いたが、一つ学ぶことができたのは良かったわ。
「戴冠式っていうのはね、王子や王女が王様になりますよってみんなに伝える、大事な式典なの。王国中から天使が集まるらしいわ。と言っても、私も実際に見たことはないのだけれど」
一番最後に開催された戴冠式はディルクが王子から王様になった時。だから、ヴァネッサやエリアスは知っているのだろうが、私はまだ生まれていない。ジェシカとノアも生まれていなかった可能性が高いわね。
「えっ、じゃあ王女様が女王様になるの!?」
頭の回転が早いジェシカは一歩先のことを言った。ノアはのんびりと「へー、そっかー」などと言いつつ、落ち着いた表情を保っている。二人の反応は対照的だ。
私が小さく頷いて「そうなの」と返すと、ジェシカの表情がパアッと明るくなる。パイプ椅子から立ち上がり強く抱き締めてきた。
「おめでとうっ!」
く、苦しい……。
ジェシカがあまりに強く抱き締めるものだから、胸元が締めつけられて呼吸しにくい。彼女は感情が高ぶりすぎて力の制御ができていないのだろうが、「こんなに強く抱き締めなくても……」というのが本音だ。
いや、もちろん嬉しいことは嬉しいのだけれど。
「ジェシカ、力加減考えてー」
ノアはのんびりとした口調のまま注意する。
ナイス! と密かに思う。私がジェシカに「止めて」と言うのは、申し訳ない気がして無理そうだったから。
ノアの忠告を受け、ジェシカは私に絡めていた腕をパッと離す。
「あっ、ごめん。もしかして痛かった?」
「大丈夫。ちょっとだけよ」
するとジェシカは少し顔を赤らめてはにかむ。
「ごめん。あたし、力加減苦手なところあるんだよね。前エリアスにも注意されちゃった」
彼女は本当に良い天使だと思う。
貧しい環境で育ちながら、ずっと裕福な暮らしをしてきた私に嫉妬することもなく、いつも応援してくれる。純粋に、曇りのない笑顔で。
明るくて優しくて、とても温かな天使。小さくて華奢なのに、勇気があって誰よりも強い。
「じゃあ王女様が女王様になるってことー?」
「えぇ、そうなの」
「女王様とかすっごいよね!」
「おめでとー」
——そしてエリアスと結婚するの。
それは言えなかった。
ジェシカが恋心を抱いていたエリアスと結婚するなんて言えるはずがない。
そんなことを言ってしまったら彼女を傷つけてしまう。だが黙っていても最終的に傷つけてしまうと思う。
だから勇気を出さなくては。
「それでね……私、その、エリアスと結婚する予定なの」
思い切って言うと、ジェシカの表情が硬直した。ノアも呆気に取られて固まっている。
——時が止まった。
私にはそんな風に感じられた。
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