エンジェリカの王女

四季

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122話 「鳩とチキンの記憶」

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 建国記念祭前日。

 いよいよ明日から開催される建国記念祭。戴冠式と結婚式も行われるこの一週間は、きっと今までにないくらい忙しくなると予想される。だがそれと同時に、とても素敵な、ずっと記憶に残る一週間になるに違いない。

 挨拶や式典での動きの練習、衣装の最終チェックなど、朝から用事がみっちり詰まり、とても慌ただしい一日だ。
 だがその慌ただしさが「いよいよ明日から建国記念祭なのだな」と気分を高めてくれる。ちゃんと振る舞えるのだろうかという不安や公の場に出る緊張もあるが、それ以上に楽しみが大きい。心が踊り、足取りも軽い。風をきって歩くことすら楽しく感じられる。


 ウキウキしながら軽快に廊下を歩いていると、ラピスにバッタリ出会った。

 いつも彼女は長い金髪を下ろしているが、今日は珍しくまとめ髪にしている。その三つ編みをねじり固めたようなヘアスタイルは、長い首がいつもよりスッキリと見える。上品さが漂い好印象だ。
 よく見ると服装も今までとは違い、初めて見るパンツスタイル。裾広がりのオシャレなパンツなので脚の長さが強調されてスタイルが良く見える。……いや、もちろんラピスの脚が長いというのはあるのだろうが。

「アーッ! 王女様ですネッ。こんにちはデス!」

 何やら少しおかしい気がするがそこは流し、褒め言葉を添えつつ挨拶する。

「こんにちは。今日の髪型、素敵ですね」

 すると彼女はポッと頬を赤く染める。

「そうデスカ!? 勇気を出してミタので褒めていただけて嬉しいですヨ!」
「よく似合っています」
「嬉シイ! 王女様の戴冠式の衣装チラッと見ましたケド、とっても綺麗だったデス。明日が楽しみにナッテきまシタ!」

 まだ一部の者にしか公開されていないはずなのだが、どこで見かけたのだろう。ヴァネッサが見せたのかな。ルールを厳守する彼女がそんなことをするとも思えないが。

「戴冠式の衣装の一般公開はまだなはずですけど、ラピスさんはどこでご覧になったのですか?」

 すると彼女はいたずらな笑みを浮かべながら人差し指を口元に添えて、「秘密デスヨ」と小さく言う。

「実は衣装係に知り合いがいるノデス。ダカラ、一足先に見セテもらえマシタ。持つべきものはトイウやつですネ!」

 そんなところから流出していたとは衝撃だ。
 衣装のことだからまだ良いものの、これが政治的に重要な情報だったりしたら、その天使は首を切られるだろうな……と思い少し身震いする。だが多くの天使が集まっている以上物事を完全に伏せるのは不可能だというのは誰にでも分かるようなことだ。

「……情報流出」

 突如発された男性の声に驚き、反射的に後ろへ退く。
 その勢いで転倒して腰を打った。痛い。腰をさすりながら顔を上げると、そこには黒いスーツに身を包んだ男性天使がいた。

 えっと、誰だっけ?

「フロライト! 急に出てきたらビックリヨー!」

 ラピスが大袈裟に頬を膨らませて彼に注意する。

 そうだ、フロライトだった。確か私の誕生日パーティーに来てくれた手品師だったかな。
 誕生日パーティー以来会っていないうえ影が薄いので忘れかけてしまっていたが、鳩を焼きチキンに変えるという珍妙なマジックを披露してくれたことだけは記憶にある。あの時の後味が悪い感じはよく覚えている。
 もう少しまともな思い出がないものか、という気はするが。

 フロライトは転倒した私の前まで歩み寄り、手を差し出してくる。

「……すまない」

 手を差し出してくれてはいるものの、視線はまったく合わせてくれない。それを見て、彼が照れ屋だったことを思い出す。黒ずくめのクールで厳つい外観に似合わない性格ね、と心の中で呟く。

「王女、こちらにいらっしゃいましたか」

 突然エリアスの声がして振り返ると、背後から彼がやや駆け足でこちらへ来ていた。

 結婚式の最終確認でもしていたのだろうか。黄金の糸で刺繍された詰め襟の白い上衣に、きっちり折り目をつけられた整った形のズボン。白よりの金髪は綺麗にセットされており、オールバックで額が出ているため、一瞬誰か分からなかった。

「エリアスじゃない。どうかしたの?」

 私は立ち上がり服の裾を軽くはたくと、別人のようにも見えるエリアスに視線を移す。
 オールバックというのは少し違和感があるが、いつもより大人の色気があるように思う。凛々しくも繊細な顔立ちとあいまってとても魅力的に仕上がっている。
 彼の横に私が立つのが恥ずかしくなりそうなくらいだ。

「呼び出しがかかっています。お時間大丈夫でしょうか」
「そうなの? 分かったわ」

 私はラピスとフロライトに別れを告げるように手を振り、エリアスについていく。
 ラピスと話していて、この後も用事がびっしり詰まっていることをすっかり忘れていた。もう大人になるのだからしっかりしなくては。いつまでも世話され甘やかされる王女でいてはならない。


 私はエリアスの後ろについて歩きながら、「さっきはどうして王女と呼んだの?」と尋ねる。ここしばらくずっとアンナと呼んでくれていたから、先ほど王女と呼ばれたのが気になったのだ。何か心境の変化でもあったのだろうか、と。
 しかし、彼の表情を見る感じ、そうではないようだ。

「他の天使がいる前で名前呼びは避けるようにとヴァネッサさんから注意を受けましたので、王女と呼ばせていただきました。事情の説明もせず申し訳ありません」

 なんだ、そんなこと。
 色々と厳しいヴァネッサが名前呼びを許してくれないであろうことは想像の範囲内。式を挙げて結婚してしまえば彼女は口出しできなくなるのだから、慌てふためくことはない。

「そういうことなら構わないわ。気にしないで。……それより、その髪型珍しいわね」

 エリアスのオールバックを見るのは今日が初めてな気がする。

「あまり似合っていない気がします。アンナはこの髪型、どう思いますか」
「色気があっていいと思うわ」
「やはり、あまり適していないようですね……」

 エリアスは歩きながら、少しがっかりしたような表情を浮かべる。

「待って、違うわ。かっこいいわよ」
「……そうですか?」

 疑うような目で私を見てくる。何もそんな顔しなくても——いや、彼も慣れないことをしなくてはならず不安なのかもしれない。それなら安心させてあげなくては。

「えぇ! 好みよ」

 笑顔でハッキリと答えた。彼の不安が少しでも解消されればいいな、と思いながら。
 すると彼は、眉尻を下げ視線を逸らして、恥じらう様子を見せる。

「もったいないお言葉です。けれど貴女に褒めていただけるなんて……ドキドキします」

 何だか女々しい。赤く濡れながら戦っていた彼とはかなり違う印象だ。ただ、私はそんなところも嫌いではない。

 すべて合わせてエリアスだと思っているから。
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