エンジェリカの王女

四季

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1話 「天界の王女アンナ」

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「これをあっちにー」
「すぐ運ぶぜ! 行きます!」
「……重すぎんだろ。建国記念祭を一週間もするとか何だよ……いつもは一日だったじゃねぇかよ……」

 ここ数日、王宮内はいつになく慌ただしい。それは何故か? 今年はエンジェリカの建国三百年という特別な年だからだ。

「荷物、運ぶわ。私に貸して」

 そんな忙しい日も王女の私はすることがない。準備というお祭り騒ぎに加われずつまらない私は、暇潰し感覚で何か手伝おうと近くにいた使用人に声をかける。

「えっ。そんなんいいっすよ。王女さんに荷物運びしてもらうなんて、後でしばかれますし」

 使用人はそう言って荷物を渡してくれない。

「いいから渡して! 運ぶから」

 少し口調を強める。

「いやいや、大丈夫っすか? 俺でも重いですけど……」
「それぐらい持てるわよ」

 私が胸を張って言うと、使用人は面倒臭そうな顔をしながら荷物を差し出した。

「無理して転けたりしないで下さいよ。頼んます」
「大丈夫! よぉし……あっ」

 予想外な重量の荷物に思わず前のめりに転けそうになる。使用人の顔がひきつるのが一瞬横目に見える。衝撃に備えて思わず目を閉じる。……しかし、突っ込んだのはわりと柔らかいところだった。

「ご無事ですか?」

 目を開けて上向くと、そこには青年の整った顔があった。荷物は見事に散乱してしまっていたが私は彼に支えられていた。

「エリアス! どうしてここにいるの?」
「どうして、とはおかしなことを仰いますね。当然です。貴女の護衛隊長ですから」

 エリアスはそう言って笑う。

 ほぼ白に近い金髪、長い睫毛に瑠璃色の瞳。彼の容姿の神々しさは天使の中でも突き抜けている。私達天使は誰もが生まれながらに聖気と呼ばれる力を持っているが、彼の持つ聖気はこれまた普通でない。天使離れした容姿とその聖気が合わさり、存在感が凄まじいことになっている。

「無理してお手伝いすることはありませんよ、王女。準備など使用人に任せておけば良いのですから」

 エリアスは言いながら床に散らばった荷物を拾い集める。

「でも私、退屈だったのよ。だから何かしたかったの」
「分かっていますよ。はい」

 拾い集めた荷物の中から少しだけを私に渡して再び微笑む。

「良い心がけです。王女はきっと素晴らしい女王となるでしょうね」
「いやね。褒めすぎよ」

 エリアスについて歩き出そうとした、その時。廊下の向こうから早足に女性がやって来る。黒い髪をうなじの辺りでかっちりとシニヨンにしていて、お堅い雰囲気が離れていても伝わってくる。すぐに分かった。私の侍女ヴァネッサだ。

「アンナ王女! いったいどこへ行っておられるのかと思えば、またエリアスと一緒でしたか」

 彼女を見たエリアスは非常に分かりやすく不快そうな表情をする。

「自室から出ることのないようにと忠告したはずです! アンナ王女、忘れたとは言わせませんよ。今朝も申し上げました!」
「ヴァネッサ、止めて。折角の祭りムードが台無しじゃない」

 建国記念祭はエンジェリカで一番大規模なイベント。それだけに毎年この時期は国全体が活発になる。特に今年は三百年のお祝いということで既にお祭り騒ぎになっている。

 自室に引きこもっていると退屈で果てそうだ。こんな時には王宮の外へも遊びに行ってみたいものだ。

「それよりヴァネッサ。ちょっとお願いがあるんだけど……」

 深海のような暗い青の瞳が冷淡にこちらを向く。

「街へ行ってきてもい」
「駄目です」

 私が言い終える前にヴァネッサは即答した。彼女はいつもこんな風だ。私の外へ行きたいという願いを微塵も聞き入れてくれない。それはもう、嫌がらせかと思うくらい。

「どうして駄目なの!」
「いくら怒っても許可出来ないものは出来ません。アンナ王女は自室へお戻り下さい」

 淡々とした調子で言われると余計に腹立つ。

「な、何で……!」

 自分が苛立ちで震えているのが分かる。

「準備で街に多くの人間が出入りしています。曲者が混ざっているかもしれません」

 ヴァネッサは冷静に言った。

「そんなのエリアスがいるから何も問題ないわ。そうよね、エリアス!」

 一対一では勝てそうにないのでエリアスを巻き込む。彼は私に優しいから心強い味方になってくれるはずだ。

「えぇ、私は常に王女の傍に。ヴァネッサさん、折角の機会ですし少しくらい外を見ても差し支えはないのでは?」

 エリアスは私に対する時とは真逆の不愉快そうな顔でそう意見する。さすがに彼は理解がある。

「無責任なことを! 貴方、アンナ王女に何かあればどうするつもり?」

 しかしヴァネッサはエリアスを睨み冷ややかに返した。元々二人は仲が悪いのだ。

「心配無用、私は強いのでね。……誰かと違って」

 エリアスが嫌味満載な発言をしたせいでますます空気が悪くなる。もっとも、二人はいつもこんな感じなのであまり気にはしないが。

「ヴァネッサさん、王女と少し外を回ってきます。貴女はここで待っていて下さい。……ぼんやりと」

 いつものことながら一言余計である。

「……エリアス、安定の嫌味ぶりね。まぁいいでしょう。アンナ王女、今日だけ特別に外出を許可します。ただしエリアスと常に離れないこと。分かりましたか?」

 ヴァネッサは条件を提示しつつ許可を出した。表情は嫌々という感じだが、私は嬉しくて、そんなことは気にならない。

「ありがとうヴァネッサ。じゃあ行こ、エリアス!」

 テンションの上がった私が彼の手をとり笑うと、彼も嬉しそうに微笑んだ。

「常に貴女の傍に」

 ヴァネッサは不本意そうな顔のままで声をかけてくる。

「ですがくれぐれもお気をつけて。危ないと感じたらすぐに帰ってくるようにして下さい」
「そうね!」

 私は適当に返事をすると期待に心を弾ませながら外を目指した。胸に希望が溢れる。王宮の外にはきっと素敵なことが私を待っている。そう思うの。
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