11 / 23
11話「不思議な感じです」
しおりを挟む
アイルティストンが連れてきたシェフのコース料理はとても美味しかった。
とても美味しかった、なんて言ったら、表現がありふれすぎていてその魅力や感動が伝わりづらいかもしれない。けれども、そんな風に語彙力が失われてしまうくらい美味しかった、というのが答えなのだ。その美味しさは、その感動は、細やかな言葉の表現ができる程度のものではなかったということなのである。
「今日は楽しんでもらえたか」
「はい、とても素敵な時間でした」
食事の後は二人で少し庭園を散歩。
軽い運動も兼ねて。
その時は庭に咲いている花について話をした――なんせ私たちにはまだぱっと盛り上がれるような話題がないのだ。
なので最もシンプルな話題を選んだ。
目の前にあるものについて話すなら誰でもできることだし容易いことだから。
だが、少々意外なことに、アイルティストンは花に詳しかった。
心ない人ではないものの淡々とした雰囲気のアイルティストンだから花が好きというようなイメージはなかったのだけれど、彼は、思っていたより良い調子で花の話に乗ってきてくれた。しかも花に関する知識もそこそこあるようで。むしろこちらが遅れてしまうほどに、彼はいろんなことを話してくれた。
――そうしてその日は終わった。
帰宅してからもしばらく私は浮かれていて。
こんな幸せな気分になるのはいつ以来だろう、というような感覚が、いつまでも胸の中に残っていた。
アイルティストンのことを考えるだけで自然と笑みが滲んできてしまう。
ガオンにされたこととか、親からの何とも言えない視線とか、今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりも目の前の幸せに身を委ねたい、なんて。贅沢なことだけれど、そんな風に思えて。
まだ何も始まっていない、それなのに、とても大きなことを成し遂げようとしているかのような感覚がある――そしてそれが幸せなのだ。
彼との出会いが私を変えた。
今は純粋にそう思う。
少し前まで何の意識もしていなかったのが嘘みたいだ。
……余計なことを考えすぎかもしれない。
でも、考えてしまうという事実も含めて私という人間なので、そこは仕方ないだろう。
私を変えることはできない。
なぜなら私はどこまで行っても私だから。
あれから一週間ほどが経った。
あの日からはかなりの時間が流れたけれど幸福感は失われてはいない。
だが今日はまた嬉しいことがある。
――そう、アイルティストンに会えるのだ。
前回別れしなに彼は次の約束をしてくれた。そしてそれが今日だったのである。本当に約束を守ってくれるのか、なんていう不安も、若干はあったのだけれど。やはり約束は約束だった。彼は一度した約束をなかったことにはしなかった。
「こんにちは!」
「元気そうで何より」
今はもう会えるだけで嬉しい。
「お忙しい中、すみません」
「それはこちらが言うべきことだな」
「ええっ……私はそんな忙しくはありませんよ」
「あの時、こちらの都合で無理に次を決めてしまったのではと、少々気になっていた」
今日は白いドレスを着てきてみた。
ドレスと言ってもシンプルなデザインのものなので悪目立ちしてしまうことはないだろう。
ある程度高級な生地のものなので、アイルティストンの隣に立つにはもってこいなものではないかと思われる。
これまではおしゃれにはそれほど興味はなかったけれど。
彼と会う、と思えば、そういう努力も苦にはならない。
「いえ、お会いできて嬉しいです」
「なら良かった」
今日も護衛は傍に配置されている。それゆえ、厳密な意味で二人きりになることはない。だが護衛は基本的には干渉してこないので、交流という意味であれば二人きりのようなものだ。互いの瞳に映り込むのは互いの姿だけ。
「本日のコースだが」
「はい?」
「あまり目立ってしまっても問題なので、山方面へのお出掛けとしたい」
アイルティストンは一国の王だ。
どこにいても目立つ。
ゆえに人の目が多くある街中を堂々と歩くというのは難しい。
女連れで、となれば、なおさら。
彼はまだ未婚なのだから悪いことをしているわけではないし隠れて行動しなくてはならないわけでもないのだけれど、やはりそこは一応、目立ち過ぎる行動は控えるよう心がけているようである。
「あまり楽しくないコースとなってしまっていたら申し訳ない」
「アイルティストン様とであればきっとどこへ行っても楽しいと思います」
すると彼は。
「……む」
何かを呑み込むような顔をした。
一気に込み上げる不安。
無礼があったかと心配になり、いやに心が揺さぶられる。
「あ……す、すみません、私……おかしなことを言ってしまっていましたら、謝罪します」
慌ててそんな言葉を発したところ。
「いや、そうではない」
彼は首を横に振った。
「少々戸惑ってしまったのだ」
「どういうことです?」
「想定していなかった言葉をかけられたものだから」
少し間があって。
「わたしとであればどこへ行っても楽しい、などと、そのようなことを言われる日が来ようとは」
彼はそっと呟くように述べた。
「それは本心です。けれど、戸惑わせてしまったなら申し訳ありません」
「いやいいんだ。むしろ嬉しく思う。ありがたい言葉だ」
何とも言えない空気が漂うけれど、それは決して悪い意味合いのものではない。
とても美味しかった、なんて言ったら、表現がありふれすぎていてその魅力や感動が伝わりづらいかもしれない。けれども、そんな風に語彙力が失われてしまうくらい美味しかった、というのが答えなのだ。その美味しさは、その感動は、細やかな言葉の表現ができる程度のものではなかったということなのである。
「今日は楽しんでもらえたか」
「はい、とても素敵な時間でした」
食事の後は二人で少し庭園を散歩。
軽い運動も兼ねて。
その時は庭に咲いている花について話をした――なんせ私たちにはまだぱっと盛り上がれるような話題がないのだ。
なので最もシンプルな話題を選んだ。
目の前にあるものについて話すなら誰でもできることだし容易いことだから。
だが、少々意外なことに、アイルティストンは花に詳しかった。
心ない人ではないものの淡々とした雰囲気のアイルティストンだから花が好きというようなイメージはなかったのだけれど、彼は、思っていたより良い調子で花の話に乗ってきてくれた。しかも花に関する知識もそこそこあるようで。むしろこちらが遅れてしまうほどに、彼はいろんなことを話してくれた。
――そうしてその日は終わった。
帰宅してからもしばらく私は浮かれていて。
こんな幸せな気分になるのはいつ以来だろう、というような感覚が、いつまでも胸の中に残っていた。
アイルティストンのことを考えるだけで自然と笑みが滲んできてしまう。
ガオンにされたこととか、親からの何とも言えない視線とか、今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりも目の前の幸せに身を委ねたい、なんて。贅沢なことだけれど、そんな風に思えて。
まだ何も始まっていない、それなのに、とても大きなことを成し遂げようとしているかのような感覚がある――そしてそれが幸せなのだ。
彼との出会いが私を変えた。
今は純粋にそう思う。
少し前まで何の意識もしていなかったのが嘘みたいだ。
……余計なことを考えすぎかもしれない。
でも、考えてしまうという事実も含めて私という人間なので、そこは仕方ないだろう。
私を変えることはできない。
なぜなら私はどこまで行っても私だから。
あれから一週間ほどが経った。
あの日からはかなりの時間が流れたけれど幸福感は失われてはいない。
だが今日はまた嬉しいことがある。
――そう、アイルティストンに会えるのだ。
前回別れしなに彼は次の約束をしてくれた。そしてそれが今日だったのである。本当に約束を守ってくれるのか、なんていう不安も、若干はあったのだけれど。やはり約束は約束だった。彼は一度した約束をなかったことにはしなかった。
「こんにちは!」
「元気そうで何より」
今はもう会えるだけで嬉しい。
「お忙しい中、すみません」
「それはこちらが言うべきことだな」
「ええっ……私はそんな忙しくはありませんよ」
「あの時、こちらの都合で無理に次を決めてしまったのではと、少々気になっていた」
今日は白いドレスを着てきてみた。
ドレスと言ってもシンプルなデザインのものなので悪目立ちしてしまうことはないだろう。
ある程度高級な生地のものなので、アイルティストンの隣に立つにはもってこいなものではないかと思われる。
これまではおしゃれにはそれほど興味はなかったけれど。
彼と会う、と思えば、そういう努力も苦にはならない。
「いえ、お会いできて嬉しいです」
「なら良かった」
今日も護衛は傍に配置されている。それゆえ、厳密な意味で二人きりになることはない。だが護衛は基本的には干渉してこないので、交流という意味であれば二人きりのようなものだ。互いの瞳に映り込むのは互いの姿だけ。
「本日のコースだが」
「はい?」
「あまり目立ってしまっても問題なので、山方面へのお出掛けとしたい」
アイルティストンは一国の王だ。
どこにいても目立つ。
ゆえに人の目が多くある街中を堂々と歩くというのは難しい。
女連れで、となれば、なおさら。
彼はまだ未婚なのだから悪いことをしているわけではないし隠れて行動しなくてはならないわけでもないのだけれど、やはりそこは一応、目立ち過ぎる行動は控えるよう心がけているようである。
「あまり楽しくないコースとなってしまっていたら申し訳ない」
「アイルティストン様とであればきっとどこへ行っても楽しいと思います」
すると彼は。
「……む」
何かを呑み込むような顔をした。
一気に込み上げる不安。
無礼があったかと心配になり、いやに心が揺さぶられる。
「あ……す、すみません、私……おかしなことを言ってしまっていましたら、謝罪します」
慌ててそんな言葉を発したところ。
「いや、そうではない」
彼は首を横に振った。
「少々戸惑ってしまったのだ」
「どういうことです?」
「想定していなかった言葉をかけられたものだから」
少し間があって。
「わたしとであればどこへ行っても楽しい、などと、そのようなことを言われる日が来ようとは」
彼はそっと呟くように述べた。
「それは本心です。けれど、戸惑わせてしまったなら申し訳ありません」
「いやいいんだ。むしろ嬉しく思う。ありがたい言葉だ」
何とも言えない空気が漂うけれど、それは決して悪い意味合いのものではない。
55
あなたにおすすめの小説
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。
藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。
伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。
セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。
そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに……
婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。
そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~
たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。
彼女には人に言えない過去があった。
淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。
実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。
彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。
やがて絶望し命を自ら断つ彼女。
しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。
そして出会う盲目の皇子アレリッド。
心を通わせ二人は恋に落ちていく。
政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。
りつ
恋愛
聖女メイベルは婚約者である第一王子のサイラスから、他に好きな相手がいるからお前とは結婚できないと打ち明けられ、式の一週間前に婚約を解消することとなった。代わりの相手をいろいろ紹介されるものの、その相手にも婚約者がいて……結局教会から女好きで有名なアクロイド公爵のもとへ強引に嫁がされることとなった。だが公爵の屋敷へ行く途中、今度は賊に襲われかける。踏んだり蹴ったりのメイベルを救ったのが、辺境伯であるハウエル・リーランドという男であった。彼はアクロイド公爵の代わりに自分と結婚するよう言い出して……
『役立たず』と追放された私、今では英雄様に守られています
ほーみ
恋愛
辺境伯の三女として生まれた私は、リリィ=エルフォード。
魔力もなく、剣も振れず、社交界の花にもなれない私は、いつしか「家の恥」と呼ばれるようになっていた。
「リリィ、今日からお前は我が家の娘ではない」
父の冷たい声が耳にこびりつく。
その日、私は何の前触れもなく、家から追放された。
理由は、簡単だ。「婚約者にふさわしくない」と判断されたから。
公爵家の三男との縁談が進んでいたが、私の“無能さ”が噂となり、先方が断ってきたのだ。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……
三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」
ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。
何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。
えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。
正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。
どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる