新日本警察エリミナーレ

四季

文字の大きさ
上 下
23 / 161

22話 「双の少女」

しおりを挟む
「わたしはあかね、そっちは紫苑しえん。これからよろしくねぇ」

 炎のような赤い瞳の少女は、屈託のない笑みを浮かべながら名乗る。その笑みには一切の曇りがない。子どものように純粋で、どこか不気味さすら感じさせるような笑みである。

 彼女らは二人組だった。
 最初から挟み撃ちにする作戦だったのだろう。もっと早くに気づくべきだったのだ。今さら気づいても既に手遅れ。
 しかし、だからといって諦めて大人しくするというのも、実におかしな話だ。私は取り敢えず連絡をしようと思い、携帯電話の通話ボタンを押す。すぐにプルルという音に切り替わった。

 だが、そう簡単に上手くいくはずもなく。

「させないよぉ。勝手に助けを求めるとか禁止!」

 赤い瞳の茜が言うと同時に、もう一人が接近してくる。鋭い光が宿る紫の瞳が視界に入ったと思えば、携帯電話を払い落とされていた。カチャンと音を立てて地面へ落ちる。
 紫の瞳をした紫苑が無表情のまま、地面に落ちた携帯電話を拾おうとした、その時だった。

「……っ!?」

 パァンと乾いた音が響く。

 携帯電話を広いかけた紫苑の手に向かって、数発の銃弾が飛んできていた。最初の一発は外れたが、それに続く銃弾が紫苑の手を貫く。硝煙の匂いが鼻を通りすぎる。
 それまで無表情だった彼女の顔が、ほんの僅かに動いた。

「沙羅ちゃん、もう引き上げていいっすよ! ここからは俺らの出番っすから」

 拳銃を発砲したのはナギだったようだ。姿を見るまで気配は一切感じなかった。彼は活発な方なのに、ここまで気配を消せるとは意外である。そして、ナギの後ろにはモルテリアの姿もあった。彼女もまた気配がまったくない。

「ふぅん、もう来ちゃったみたいだねぇ」

 赤い瞳の茜は、そんなことを言いながらも、余裕ありげにクスクスと笑っている。この状況の何が面白いのか私にはまったく分からないが、彼女にとっては愉快な状況だったのだろう。
 もしかしたら、まだ何か策があるのかもしれない。

 ナギは「女の子相手は嫌っすね」などと冗談めかしつつ、紫苑へさらに銃弾を放つ。しかしさすがに読んでいたらしい紫苑は、軽い身のこなしで銃弾をかわし、茜と合流した。

「茜、あれを」
「えぇー。もう使っちゃうのぉ? なんだかもったいないなぁ」
「使うために仕組んだんじゃなかったのかい」
「まぁそうだけどさぁー……」

 茜と紫苑、二人は何やら話している。
 それにしても、二人が並ぶと本当にどっちがどっちか分からない。声は若干異なり紫苑の方が低い。しかし、外見はほとんど同じだ。髪の色や髪型、服装も、まったくと言っておかしくないほど似ている。いや、もはや似ているという次元ではない。


 ——次の瞬間。

 茜の背後に銀の棒を持ったレイが迫るのが見えた。レイが持つ光沢のある銀色の棒が茜を鋭く狙う。

 しかし、棒が茜の背中に触れる直前、気配に気づいた紫苑が素早くフォローに入る。紫苑の、先ほど撃たれたのとは逆の手に握られた三本の細いナイフが、レイの棒を止めていた。
 レイの急襲に対応できるとはなかなかの実力者だ。

「いきなり後ろからなんて、無粋じゃないか」

 相方を背後から狙われ不愉快だったらしい。紫の瞳には不快の色がうっすらと浮かんでいる。
 レイと紫苑の力は意外にも互角なようで、二人は硬直状態に陥った。紫苑は小柄で華奢であるにも関わらず結構な力を持っているようである。

 その時突如姿を現した武田が、凄まじい勢いで茜を蹴り飛ばす。

 目の前のレイに気を取られていた紫苑は気づくのに遅れ、こればかりはさすがに反応できなかった。彼女の反応スピードにもどうやら限界があるらしい。当たり前といえば当たり前だが、レイの時の動き方を見ていると限界などないように感じられたものだから、少し意外だと思った。

「さすがに酷いよぉ? 女の子にこんな乱暴な真似するなんて」

 茜の小さな体は軽々と数メートル吹き飛んだ。なんとか着地した彼女は頬を膨らませて少し怒ったような顔をしているが、その表情にはまだ余裕が感じられる。

「こんな大勢で来るとはねぇ。ちょーっとピンチかも?」

 言いながら茜はリモコンのような物を取り出し、その中にある一個のボタンを押す。

「……光った」

 ナギの後ろに立っているモルテリアが、積み上げられた木材の一番上を指差す。茜が最初座っていた場所だ。
 もしかして。そう思った瞬間、大きな音をたてて爆発が起こった。

「なーんてね! そんなわけないない。わたしたちにはこれがあるから、数なんて関係ないんだよぉ」

 高く積み上げられていた木材が火をまといながら崩れてくる。もちろん私の頭上にも。だから私は慌ててその場を離れる。燃える木材は地面に落下し、赤い火花が跳ね散る。ギリギリセーフだった。

「よくも茜を狙ったね!」

 紫苑は怒りを露わにして叫びながら、信じられないようなスピードで武田へ迫る。紫の瞳は武田への憎しみで満ちている。大切にしている茜に攻撃を加えられ許せないのだろう。物凄い気迫だ。

 普通に考えて武田がやられることはないだろう。しかし、紫苑の気迫が尋常でないので、何をするか分からない。
 ただ私が心配性なだけかもしれないが。

「まだまだいくよぉ。たくさんあるからねぇ!」

 茜は連続でボタンを押し、次から次へと爆発させる。その度に積まれた資材は崩れ、地面に落下してくる。それを見て彼女はとても楽しそうにクスクス笑っていた。

 運動神経のよくない私には危険すぎる状況だ。だが、この場を離れようにも、どこに爆薬が仕込まれているか分からない。だから迂闊に逃げられない。

 私は、ただ見守ることしかできないのが、情けなくて辛かった。
しおりを挟む

処理中です...