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35話 「初めてのイベント提案」
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怪訝な顔をしたエリナは、桜色の長い髪を整えながら尋ねてくる。
「それにしても、好きな食べ物を聞くなんて一体何のつもり?」
日頃あまり話すことのない私が、いきなり無関係なことを尋ねたのだから、困惑されるのも仕方のないことだ。予想外のことが起これば、人間誰でも怪しく思ったり困ったりするものである。
エリナの瞳にじっと見つめられ、既に逃げ出したい衝動に駆られている。だが、今日は絶対に最後まで話すと決めているので、こんなところで終わりにはしない。
負けまい、と私は笑顔を作る。
「では今度、お休みの日にでも、すき焼き食べに行きませんか? エリミナーレ全員で!」
私はこんな性格ではない。それは周知の事実。なので、端から見て不自然な感じになっていないか少々不安だ。
ふざけていると怒られたらどうしよう。そんな暇はないとはっきり断られたら恥ずかしい。
そんなことが次から次へと脳裏に浮かんでくる。だがこれは私の思考の癖にすぎない。つまるところ、気にしたら負けというやつである。
だから私は、勇気を出して、エリナの顔に視線を向ける。すると、口角を上げているエリナの姿が視界に入った。
「それは面白い提案ね」
今度は恐ろしさのない笑みだった。
彼女は急激に不機嫌になるが、その変わり、元に戻るのも早いようだ。気分屋な彼女の機嫌をコントロールするのは一見難しく思える。しかし案外単純な仕組みなのかもしれない。
「懐かしいわね。昔はよく行ったわ、武田と瑞穂と、三人で」
「そうなんですか?」
「えぇ。瑞穂の彼氏と四人だった時は凄く気まずかったりして」
瑞穂に彼氏がいたというのは初耳だ。
「……でも、楽しかったわ。あの頃は」
急に暗い雰囲気になる。
過去を懐かしむエリナの瞳は、どこか哀愁を帯びていた。誰よりも自信家に見える彼女の、寂しげな表情。過去にどんなことがあったのだろう、と考えてしまった。
「……瑞穂。貴女はどうしていなくなってしまったの」
エリナは窓の外に広がる空を眺め、独り言のように呟く。その瞳は、永遠に取り戻すことのできない過去を想う者のそれだった。
見ているこちらまで心をギュッと握られるような感覚。切なくて、彼女を直視できない。
その時、突然武田が立ち上がる。
「エリナさん、その話は止めましょう。過去を思い出してばかりは良くない」
武田に制止されたエリナは素直に「そうね」と返す。私は、「武田自身がその話を聞きたくなかったのかな?」と、不必要に深読みしてしまった。
しかし、彼の制止のおかげで、リビングに漂う暗い雰囲気が徐々に晴れていく。
「失礼しまーっす!」
ちょうどそこへナギが姿を現した。片手を挨拶のように掲げ、軽い足取りでリビングへ入ってくる。真夏の太陽のように強い光を放つ笑顔が眩しい。
それを見て、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべるエリナ。
「ちょうど良かったわ、ナギ。今すき焼きを食べに行く計画を立てていたところなの」
「マジっすか!?」
ナギは目を見開き、興奮したように叫ぶ。うさぎのようにピョンピョン跳ねながら瞳を輝かせる様は、幼稚園児か小学校低学年くらいの年代の雰囲気だ。
「名案っすね! いつ? いつ? いつ行くんっすか?」
「ナギはお留守番よ」
その言葉を聞いた瞬間、ナギの顔面が硬直する。ある日突然最愛の妻から離婚届けを差し出された男の表情、と説明すれば分かりやすいだろうか。
「そ、そんなぁ……」
ナギはショックのあまり地面に座り込んでしまった。少々大袈裟すぎる気もするが、彼の性格を考えればそれほど違和感はない。
「貴方の迂闊な行動で、武田も沙羅も怪我したのよ。だから、反省の意味も込めて」
エリナは一度言葉を切り、一呼吸おいて続ける。
「紫苑の見張りをしておいてもらうことにするわ」
「見張りっすか?」
「そうよ。みんながすき焼きへ行っている間、貴方はここで紫苑を見張っていてちょうだい」
がっかりして肩を落とすナギを見ると、私はなんとなく可哀想な気がした。しかしエリナはナギががっかりするのを楽しんでいる気がする。
そういえば彼女は、こういう質の女だった。
「沙羅、行くのはいつにする? 明日明後日とかなら時間があるわよ」
エリナはすき焼きを食べに行くことに関して積極的だ。好物と言うだけはある。
「えっと……私はどちらでも大丈夫です」
実際に行くことになるとは予想していなかったので、そこまで考えていなかった。まさか、こんなにスムーズに話が進むとは。
「そう。なら明日にしましょう。善は急げ、って言うものね」
エリナはとても楽しそうな表情で、武田に「予約しておいて」と命じる。それに対し彼は淡々とした調子で「調べてみます」と答えた。
「レイとモルにも言うことにするわ。沙羅、二人を呼んできてくれる?」
「は、はい!」
私はすぐにレイとモルテリアを呼びに向かう。
それからエリナはレイとモルテリアに対して、すき焼きイベントの開催を告げる。
レイは突然のことに若干困惑したような表情をしていたが、モルテリアは饅頭をくわえつつ嬉しそうに微笑んでいる。しかし私が提案したと知ると、レイは打って変わって喜びの色を浮かべるのだった。
「それにしても、好きな食べ物を聞くなんて一体何のつもり?」
日頃あまり話すことのない私が、いきなり無関係なことを尋ねたのだから、困惑されるのも仕方のないことだ。予想外のことが起これば、人間誰でも怪しく思ったり困ったりするものである。
エリナの瞳にじっと見つめられ、既に逃げ出したい衝動に駆られている。だが、今日は絶対に最後まで話すと決めているので、こんなところで終わりにはしない。
負けまい、と私は笑顔を作る。
「では今度、お休みの日にでも、すき焼き食べに行きませんか? エリミナーレ全員で!」
私はこんな性格ではない。それは周知の事実。なので、端から見て不自然な感じになっていないか少々不安だ。
ふざけていると怒られたらどうしよう。そんな暇はないとはっきり断られたら恥ずかしい。
そんなことが次から次へと脳裏に浮かんでくる。だがこれは私の思考の癖にすぎない。つまるところ、気にしたら負けというやつである。
だから私は、勇気を出して、エリナの顔に視線を向ける。すると、口角を上げているエリナの姿が視界に入った。
「それは面白い提案ね」
今度は恐ろしさのない笑みだった。
彼女は急激に不機嫌になるが、その変わり、元に戻るのも早いようだ。気分屋な彼女の機嫌をコントロールするのは一見難しく思える。しかし案外単純な仕組みなのかもしれない。
「懐かしいわね。昔はよく行ったわ、武田と瑞穂と、三人で」
「そうなんですか?」
「えぇ。瑞穂の彼氏と四人だった時は凄く気まずかったりして」
瑞穂に彼氏がいたというのは初耳だ。
「……でも、楽しかったわ。あの頃は」
急に暗い雰囲気になる。
過去を懐かしむエリナの瞳は、どこか哀愁を帯びていた。誰よりも自信家に見える彼女の、寂しげな表情。過去にどんなことがあったのだろう、と考えてしまった。
「……瑞穂。貴女はどうしていなくなってしまったの」
エリナは窓の外に広がる空を眺め、独り言のように呟く。その瞳は、永遠に取り戻すことのできない過去を想う者のそれだった。
見ているこちらまで心をギュッと握られるような感覚。切なくて、彼女を直視できない。
その時、突然武田が立ち上がる。
「エリナさん、その話は止めましょう。過去を思い出してばかりは良くない」
武田に制止されたエリナは素直に「そうね」と返す。私は、「武田自身がその話を聞きたくなかったのかな?」と、不必要に深読みしてしまった。
しかし、彼の制止のおかげで、リビングに漂う暗い雰囲気が徐々に晴れていく。
「失礼しまーっす!」
ちょうどそこへナギが姿を現した。片手を挨拶のように掲げ、軽い足取りでリビングへ入ってくる。真夏の太陽のように強い光を放つ笑顔が眩しい。
それを見て、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべるエリナ。
「ちょうど良かったわ、ナギ。今すき焼きを食べに行く計画を立てていたところなの」
「マジっすか!?」
ナギは目を見開き、興奮したように叫ぶ。うさぎのようにピョンピョン跳ねながら瞳を輝かせる様は、幼稚園児か小学校低学年くらいの年代の雰囲気だ。
「名案っすね! いつ? いつ? いつ行くんっすか?」
「ナギはお留守番よ」
その言葉を聞いた瞬間、ナギの顔面が硬直する。ある日突然最愛の妻から離婚届けを差し出された男の表情、と説明すれば分かりやすいだろうか。
「そ、そんなぁ……」
ナギはショックのあまり地面に座り込んでしまった。少々大袈裟すぎる気もするが、彼の性格を考えればそれほど違和感はない。
「貴方の迂闊な行動で、武田も沙羅も怪我したのよ。だから、反省の意味も込めて」
エリナは一度言葉を切り、一呼吸おいて続ける。
「紫苑の見張りをしておいてもらうことにするわ」
「見張りっすか?」
「そうよ。みんながすき焼きへ行っている間、貴方はここで紫苑を見張っていてちょうだい」
がっかりして肩を落とすナギを見ると、私はなんとなく可哀想な気がした。しかしエリナはナギががっかりするのを楽しんでいる気がする。
そういえば彼女は、こういう質の女だった。
「沙羅、行くのはいつにする? 明日明後日とかなら時間があるわよ」
エリナはすき焼きを食べに行くことに関して積極的だ。好物と言うだけはある。
「えっと……私はどちらでも大丈夫です」
実際に行くことになるとは予想していなかったので、そこまで考えていなかった。まさか、こんなにスムーズに話が進むとは。
「そう。なら明日にしましょう。善は急げ、って言うものね」
エリナはとても楽しそうな表情で、武田に「予約しておいて」と命じる。それに対し彼は淡々とした調子で「調べてみます」と答えた。
「レイとモルにも言うことにするわ。沙羅、二人を呼んできてくれる?」
「は、はい!」
私はすぐにレイとモルテリアを呼びに向かう。
それからエリナはレイとモルテリアに対して、すき焼きイベントの開催を告げる。
レイは突然のことに若干困惑したような表情をしていたが、モルテリアは饅頭をくわえつつ嬉しそうに微笑んでいる。しかし私が提案したと知ると、レイは打って変わって喜びの色を浮かべるのだった。
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