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64話 「依頼人は暴走気味」
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それから私たちは、モルテリアが作ってくれたゼリー、通称・差し入れを食べた。つるんとした舌触りとほのかな甘みが魅力のスイーツは大好評だった。
ナギはというと、結局あのまま貰えずじまいである。モルテリアは意外に厳しい部分を持っているのだと分かった。
一人貰えず涙目になっているナギを可哀想に思ったのか、武田は唐突に、自分のゼリーを半分あげても構わないと言い出す。たまに妙な親切さを発揮する武田らしい提案だ。
しかしナギは「男のとか、ないっす! むさ苦しい!」などと言い、武田の提案を却下した。ナギとしては、男性から分けてもらうのは、あまり嬉しくないことだったのだろう。
そんなことをしているうちに、依頼人の女性が来るという時間になった。女性はまだ現れない。しかし、約束の時間内なので、事務所内の空気は引き締まっている。
「レイ。すぐ迎えられるように玄関の準備をしておいてちょうだい」
いつもの椅子に腰掛けているエリナが、近くにいたレイに命じる。レイは嫌な顔をせず、爽やかな笑顔で「はい!」と返事をし、すぐにリビングを出ていく。
「モルはそこでじっとしていてちょうだいね」
「……うん。これは……若狭さんの無農薬イチゴ……」
「そんなこと聞いてないわよ」
呆れ顔になるエリナ。
モルテリアはイチゴがびっしり入ったざるを持っている。しかも、ざるの中のイチゴを、一粒ずつ摘まんで食べていた。
その時、ソファに座っていたナギが口を開く。
「俺はっ!? 俺は何したらいいんすか!?」
ナギは勢いよく立ち上がり、うさぎのようにピョンピョン跳ねる。反復横跳び名人になれそうな飛び跳ね方だ。
……それにしても声が大きい。
うるさすぎて、数メートル離れていても耳が痛くなってくるほどである。近くにいたら鼓膜を破かれかけたに違いない。
「エスコートするっすよ! 俺そういうの慣れてるし、得意っすから……」
「騒がないでちょうだい」
エリナはナギをギロリと睨む。彼女の、刃のような冷たい視線には、何とも形容し難い威圧感があった。
エリナは常人とは駆け離れた威圧感を放っている。だが、変人だらけのエリミナーレをコントロールするには、ある程度の威圧感は必須といえる。それを思えば、エリナはエリミナーレのリーダーに相応しいのかもしれない。
「ナギ。一応言っておくけれど……、余計なことをしたら痛い目に遭うわよ」
「はい! すんません!」
エリナの静かな威圧感に、ナギはビクッと身を震わせた。声が上ずっている。
だが、素直に謝るところは偉いと思う。
——ピーンポーン。
その時は突然やって来た。
玄関には既にレイがいるので問題はない。だが、あまりに急だったので狼狽えそうになる。それに気づいたエリナは、「沙羅はそこにいなさい」と言ってくれた。なので私は、エリナの後ろに立っている武田の隣に、さりげなく立っておくことにした。
このような場面で指示を出してもらえるのは非常にありがたい。「こうした方が良いのだろうか」「これではいけないかもしれない」など、余計なことを考えなくて済むからだ。
一分ほど経っただろうか、廊下からリビングへ繋がる扉が静かに開く。
現れたのは、二十歳前後くらいと見受けられる女性だった。女性というより少女という方が相応しそうな女性である。
べったり塗られた濃厚な色の口紅、派手に動くひじきのような付け睫毛。それだけで十分パンチのある顔面だが、塗りすぎのチークや描いたものの色が合っていない眉など、違和感を探せばきりがない。
顔そのものは不細工ではなさそうだ。しかし、やり過ぎ感満載の濃い化粧のせいで、かなり残念なことになってしまっている。ナチュラルメイクにするだけでずっと可愛くなる気がする。
「えー、事務所ひろーい」
女性は、若さを出そうとしているのか、おかしな話し方をする。
「ガラス張りとかやばーっ! 外見えてきれー」
今時中高生でもこんな話し方はしない。いや、世界は広いのでどこかにはいるのかもしれないが……稀だろう。
女性の後ろに立っているレイは、半ば呆れたように苦笑い。エリナは眉をひそめ、露骨に不愉快そうな顔をする。
私は黙って隣の武田を一瞥する。彼は宙を真っ直ぐに見つめて真顔だった。目の前の痛い女性には一切興味がないようだ。
「……さて。では本題に入りましょうか」
エリナは無理矢理笑みを作りつつ口を開く。
「えー? 本題って、何ですかぁー?」
返答が調子に乗っている。
不愉快な返答に苛立ったのか、エリナは爪先で机を蹴った。だが、みんなさすがに足下までは見ておらず、特にそこに触れる者はいなかった。
私だけが見てしまったのだ。そっと心の奥に仕舞っておこう。
「私は京極エリナ。エリミナーレのリーダーです。どうぞよろしく」
エリナは大人の余裕を感じさせる笑みで応じる。しかし、今彼女の心は苛立ちで満ちていることだろう。よく隠せるな、と少々感心する。
「では改めてお名前をどうぞ」
「名前ー? 庵堂李湖! あんどう りこ、でぇす! いつも珍しい漢字って言われるー。李湖って呼んで下さーい!」
彼女のノリにはついていけそうにない。
そんなことを考えつつ真横の武田に目をやる。彼は眉間にしわを寄せ、渋柿を食べたような顔をしていた。
どうやら同じ心境のようだ。
ナギはというと、結局あのまま貰えずじまいである。モルテリアは意外に厳しい部分を持っているのだと分かった。
一人貰えず涙目になっているナギを可哀想に思ったのか、武田は唐突に、自分のゼリーを半分あげても構わないと言い出す。たまに妙な親切さを発揮する武田らしい提案だ。
しかしナギは「男のとか、ないっす! むさ苦しい!」などと言い、武田の提案を却下した。ナギとしては、男性から分けてもらうのは、あまり嬉しくないことだったのだろう。
そんなことをしているうちに、依頼人の女性が来るという時間になった。女性はまだ現れない。しかし、約束の時間内なので、事務所内の空気は引き締まっている。
「レイ。すぐ迎えられるように玄関の準備をしておいてちょうだい」
いつもの椅子に腰掛けているエリナが、近くにいたレイに命じる。レイは嫌な顔をせず、爽やかな笑顔で「はい!」と返事をし、すぐにリビングを出ていく。
「モルはそこでじっとしていてちょうだいね」
「……うん。これは……若狭さんの無農薬イチゴ……」
「そんなこと聞いてないわよ」
呆れ顔になるエリナ。
モルテリアはイチゴがびっしり入ったざるを持っている。しかも、ざるの中のイチゴを、一粒ずつ摘まんで食べていた。
その時、ソファに座っていたナギが口を開く。
「俺はっ!? 俺は何したらいいんすか!?」
ナギは勢いよく立ち上がり、うさぎのようにピョンピョン跳ねる。反復横跳び名人になれそうな飛び跳ね方だ。
……それにしても声が大きい。
うるさすぎて、数メートル離れていても耳が痛くなってくるほどである。近くにいたら鼓膜を破かれかけたに違いない。
「エスコートするっすよ! 俺そういうの慣れてるし、得意っすから……」
「騒がないでちょうだい」
エリナはナギをギロリと睨む。彼女の、刃のような冷たい視線には、何とも形容し難い威圧感があった。
エリナは常人とは駆け離れた威圧感を放っている。だが、変人だらけのエリミナーレをコントロールするには、ある程度の威圧感は必須といえる。それを思えば、エリナはエリミナーレのリーダーに相応しいのかもしれない。
「ナギ。一応言っておくけれど……、余計なことをしたら痛い目に遭うわよ」
「はい! すんません!」
エリナの静かな威圧感に、ナギはビクッと身を震わせた。声が上ずっている。
だが、素直に謝るところは偉いと思う。
——ピーンポーン。
その時は突然やって来た。
玄関には既にレイがいるので問題はない。だが、あまりに急だったので狼狽えそうになる。それに気づいたエリナは、「沙羅はそこにいなさい」と言ってくれた。なので私は、エリナの後ろに立っている武田の隣に、さりげなく立っておくことにした。
このような場面で指示を出してもらえるのは非常にありがたい。「こうした方が良いのだろうか」「これではいけないかもしれない」など、余計なことを考えなくて済むからだ。
一分ほど経っただろうか、廊下からリビングへ繋がる扉が静かに開く。
現れたのは、二十歳前後くらいと見受けられる女性だった。女性というより少女という方が相応しそうな女性である。
べったり塗られた濃厚な色の口紅、派手に動くひじきのような付け睫毛。それだけで十分パンチのある顔面だが、塗りすぎのチークや描いたものの色が合っていない眉など、違和感を探せばきりがない。
顔そのものは不細工ではなさそうだ。しかし、やり過ぎ感満載の濃い化粧のせいで、かなり残念なことになってしまっている。ナチュラルメイクにするだけでずっと可愛くなる気がする。
「えー、事務所ひろーい」
女性は、若さを出そうとしているのか、おかしな話し方をする。
「ガラス張りとかやばーっ! 外見えてきれー」
今時中高生でもこんな話し方はしない。いや、世界は広いのでどこかにはいるのかもしれないが……稀だろう。
女性の後ろに立っているレイは、半ば呆れたように苦笑い。エリナは眉をひそめ、露骨に不愉快そうな顔をする。
私は黙って隣の武田を一瞥する。彼は宙を真っ直ぐに見つめて真顔だった。目の前の痛い女性には一切興味がないようだ。
「……さて。では本題に入りましょうか」
エリナは無理矢理笑みを作りつつ口を開く。
「えー? 本題って、何ですかぁー?」
返答が調子に乗っている。
不愉快な返答に苛立ったのか、エリナは爪先で机を蹴った。だが、みんなさすがに足下までは見ておらず、特にそこに触れる者はいなかった。
私だけが見てしまったのだ。そっと心の奥に仕舞っておこう。
「私は京極エリナ。エリミナーレのリーダーです。どうぞよろしく」
エリナは大人の余裕を感じさせる笑みで応じる。しかし、今彼女の心は苛立ちで満ちていることだろう。よく隠せるな、と少々感心する。
「では改めてお名前をどうぞ」
「名前ー? 庵堂李湖! あんどう りこ、でぇす! いつも珍しい漢字って言われるー。李湖って呼んで下さーい!」
彼女のノリにはついていけそうにない。
そんなことを考えつつ真横の武田に目をやる。彼は眉間にしわを寄せ、渋柿を食べたような顔をしていた。
どうやら同じ心境のようだ。
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