新日本警察エリミナーレ

四季

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79話 「衝撃の連続」

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 吹蓮を呼び出せ、だなんて。エリナは一体何を考えているのだろう。

 もしかして、吹蓮と直接対決するつもりだろうか。
 しかし、それにはまだ情報が少なすぎる。強敵だからこそ、もっと詳しく調べてからにしなくてはならないというのが、私の個人的な意見だ。
 もっとも、そんな一般人的発想がエリナに通用するとは考え難いことも、また事実だが。

「吹蓮さんを、ここに呼び出したらいいんですかぁー?」

 李湖はまだよく分からないような顔をしていた。しかし、顔色は徐々に戻ってきている。

「そうよ。電話くらい持っているでしょ?」
「ポケットの中にねー……」

 両腕を固く拘束されているので、李湖は自分のポケットまで手を伸ばすことができない。
 その様子を見たエリナは、レイに「取り出して」と短く命じた。レイは「はい」と歯切れのよい返事をしてから、どこのポケットに入っているのか李湖に尋ねる。そしてレイは携帯電話を取り出した。指で操作するタッチパネルタイプの携帯電話である。

 李湖はエリナの指示に従い、吹蓮へ電話をかける。私としては、彼女が吹蓮の連絡先を知っていることが驚きだった。吹蓮が電話を使ったりするのか、という部分も驚きだ。

 誰もが緊張した面持ちで李湖を見つめていた。


 ——その時。

「わざわざ電話しなくとも、ちゃあんと見てたよ。李湖」

 突如、李湖の背後に吹蓮が現れた。

 悪い夢を見せる術はまだしも理解できる。だが、テレポートなど、もはやどう考えても人間業ではない。そもそも原理が理解できないのだ。
 私は愕然とするしかなかった。言葉も出てこない。

「吹蓮さん!? え、なんでなんでー!? もしかして、李湖を助けにー?」

 どこからともなく現れた吹蓮の姿を目にし、李湖はほんの一瞬顔筋を緩める。発した言葉の通り、ピンチに陥った自分を助けにきてくれたと思ったのだろう。

 しかし、現実はそれほど甘くなかった。

「いくら可愛い娘でも、役立たずは嫌いだよ」

 吹蓮は、冷たい言葉と共に、片手を李湖へ向ける。かざす、が相応しいかもしれない。

 すると、李湖の体が後ろ向きに吹き飛んだ。物凄い勢いで飛び、壁に激突して、ドサッと床へ落ちる。ほんの数秒のことだった。
 こればかりは、さすがの武田も驚いていた。

「いきなりなんてこと!」

 レイは眉を吊り上げ、牽制するように銀の棒を吹蓮へ向ける。
 何を仕掛けてくるか予測できない吹蓮をかなり警戒しているのだろう。先ほどまでの李湖に対してとは比べ物にならないほど、厳しく険しい顔つきだ。

「沙羅、李湖を任せるわ」

 衝撃的な流れに戸惑っていた私に、エリナが静かな声で指示を出してくれる。緊急時には彼女の存在が頼もしく感じた。

 私は指示に従い、すぐに李湖のところへ向かう。

「李湖さん。李湖さん?」

 床に倒れている李湖に声をかけてみるが返事はない。しかもぴくりとも動かない。完全に気を失っているようだ。
 素人が身構えもせず吹き飛ばされたのだから、こうなるのは当然だろう。

「……気絶してる」

 声を聞き顔を上げると、すぐ近くにモルテリアがいた。
 なぜかレモン色の液体が入った霧吹きを持っている。恐らく掃除かなにかに使うのだろう。柑橘類が良いというのは聞いたことがある。

「でも……当然の報い……」

 彼女は少しも動揺していない。さすがはエリミナーレのメンバー、といったところか。
 非常に動揺していた自分が恥ずかしい。

「当然の、報い?」

 ふと気になったので尋ねてみた。するとモルテリアはコクリと頷く。

「……卑怯者」
「えっ?」
「……李湖は卑怯。だから、嫌い……」

 モルテリアは李湖が嘘をついたことを怒っているようだった。彼女が怒るとはよっぽどだ。

「大嫌い……!」

 彼女の瞳は静かに燃えていた。絶対許さない、という目をしている。

「モルさん、落ち着いて下さい」
「……ごめん」
「いえいえ」
「……ありがとう。沙羅は好き……」

 モルテリアは私をじっと見つめて、それから微笑んだ。ほんのり赤らんだ頬が子どものようで愛らしい。
 それにしても、ストレートに「好き」と言われると、恥ずかしくなってしまう。同性に言われるのは、異性から言われるのとはまた異なった恥ずかしさを感じる。不思議なものだ。

「ありがとうございま……えっ」

 私は背後の気配に気づき振り返る。

 しかし既に遅い。
 深いしわが刻まれた吹蓮の顔が、目前まで迫っていた。これほどの近距離では、もはや逃げることすら叶わないだろう。

 一撃は仕方ない、と腹を括る。いや、実際には「腹を括る」なんてかっこいいことではなく、ただ諦めただけ。


 ——だが。

 私が吹蓮から攻撃されることはなかった。

「……させない」

 モルテリアの静かな声が耳に入る。小さく控えめで、けれどどこか強さを感じさせる、芯のある声だ。

「……お婆さんも、嫌い……!」

 彼女がそんなことを言うなんて、と私は驚く。そして彼女に視線を向けてから、さらに驚いた。
 モルテリアが、レモン色の液体が入った霧吹きを、吹蓮に向けていたからである。

「……酢プラッシュ……!」

 彼女はそう言いながら、レモン色の液体を吹蓮の顔面に吹きかけた。

 鼻をつく、ツンとした匂い——間違いない。これは酢だ。

 信じられない。
 私はただ、あんぐりと口を空けて、言葉を失うほかなかった。
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