新日本警察エリミナーレ

四季

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99話 「復讐、それは負の連鎖」

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 昼食後、私たち三人は再び歩き出す。軽い見回りだ。
 歩き出す前に、レイは武田へ「ベンチに座って待ってて」と言ったのだが、彼はそれを良しとしなかった。「沙羅に何かあってはいけないから」と、彼は無理矢理ついてきた。以前から薄々気づいていたが、彼は妙な部分だけ頑固である。

 それからの見回りでは、色々な物事に遭遇した。どれも大きなことではなく、しかし、人助けになることであった。
 高齢者と軽く談笑したり、落とし物捜索を手伝ったり。更には、コインロッカーの鍵をなくした人を助けたり。

 レイがメインで動き、私はサポート。武田は近くに怪しい者がいないか見張り。三人で良かったな、と内心思った。


「はー、今日もよく働いたー」

 すっきりした顔つきで言うレイ。活発に動いたからか、昼頃より晴れやかな声と表情だ。
 そんな彼女を目にしているうちに、私の心も少し明るさを取り戻してきた。お好み焼き屋で少々沈んだ心は、いつの間にやら元通りになってきている。
 人助けをしていたはずなのに、むしろ私たちが人助けに助けられている気がする。実に不思議な現象だ。

 夕日の照りつける道を三人で歩く。音はほとんどしない。橙色の静寂は、なんだか凄く哀愁を帯びている。

「ずっとこんな風に、街の平和のために生きていけたらいいのに」

 事務所へ帰る途中、空を見上げながら歩いていたレイが、ぽつりと呟いた。

「レイさん?」
「何だ、それは」

 私と武田が言うのはほぼ同時だった。
 私はレイに何か思うところがあることに薄々気づいていた。今朝のエリナとの会話を聞いていたというのもあるが、彼女の表情を見ればなんとなく分かる。

 しかし、武田は察することができていないようだ。眉を寄せ、顔全体に困惑の色を浮かべている。

「あたしは復讐のために戦うのは嫌だ。復讐なんて負の連鎖にしかならない……無意味だよ」

 空を見上げるレイの瞳は寂しげな色をしていた。時折吹く風で揺れる青い髪も、寂しげな雰囲気を高めている。

 そんな彼女に武田は尋ねる。

「宰次と戦いたくない、ということか?」
「……近いけど、ちょっと違うかな」

 足を止めるレイ。

「エリナさんの復讐にみんなが巻き込まれるのは嫌なんだ。あたし一人ならまだいいよ。でも、このままだと、ナギとかモルとかも巻き込まれることになるよね。もちろん沙羅ちゃんも」

 私はただ、見守ることしかできずにいた。
 レイは真剣に悩んでいる。岐路に立ち、進む道を選ぼうとしているのだ。そんな彼女にかけるべき言葉など、そう容易く見つけられはしない。

「だからあたしが代表して、エリナさんの復讐には関わらないと表明しようと思ったんだ。そうすれば、ナギやモルも関わらずに済むかもしれないから」
「ナギはモルは関わりたくないと言っているのか?」
「ううん。聞いてみてはないよ。でも、エリナさんの個人的な復讐にエリミナーレを巻き込まないでほしいって……あたしは本当はそう思う」

 レイは優しい。だから、仲間には極力傷ついてほしくないと、そう思うのだろう。恐らく彼女は、仲間を思うがゆえに悩んでいるのだ。
 仕事と割り切れないところがどうしてもあるのだと思う。

「武田は復讐の戦いに参加するつもりなんだよね?」
「当然だ。宰次との因縁に決着をつけねばならないからな」
「……二人じゃ駄目なの?」

 もう五月。夕暮れ時でも風は冷たくない。春から夏へと向かい始める直前の、穏やかな風が、ふわりと髪や服を揺らす。

 ただただ切なかった。こんな風にすれ違うことが。

 私はエリミナーレの温かな空気が好きだ。エリミナーレは、小心者で役立たずの私ですら、温かく迎え入れてくれた。僅かも拒むことなく、仲間として認めてくれた。
 私が好きなのはそんなエリミナーレである。

「戦力は少しでも多い方がいい。宰次がどんな手を使ってくるか分からないからな」

 武田の発言に対し、レイは難しい顔をする。

「……だが。私としては、嫌々やらせるのは気が進まない。だから、レイが嫌なら、はっきりそう言うといい」
「エリナさんは多分認めないよ、そんなこと」
「問題ない。エリナさんには私から伝えよう」

 一呼吸おいて、武田は静かに確認する。

「本当に、降りるつもりなんだな?」

 するとレイは頷く。

「そうだね。あたしは参加しない」

 レイの瞳から迷いは消えていた。
 武田は一瞬寂しげな目をしたが、すぐに表情を戻し、淡々とした調子で「そうか」とだけ答える。説得の余地はない、と悟ったような顔だ。
 それからレイは、柔らかい視線を私へ向け、「先帰っててくれるかな」と言う。表情も声色も柔和だが、いつものような爽やかさはなかった。


 私と武田は、レイと別れ、事務所へと歩き出す。二人きりだが、今はそれほど喜ぶ気になれない。

「レイさん、一体どこへ行かれるおつもりなんでしょうね」

 しんとしていると気まずいので、私は武田に話しかけてみた。すると彼は、落ち着いた調子で返してくる。

「今日のレイはよく分からない。そもそも、なぜあそこまで宰次との戦いを嫌がるのか」

 レイの言動を微塵も理解できない、というような顔だ。

「それはエリミナーレの皆さんが傷つくのが嫌だからだと思いますよ。ただ、今日のレイさんが普段と違ったのは間違いないですね……」
「あぁ、そうだな」

 なんだかもやもやするが、レイ本人がいない以上、詳しく聞くことはできない。だから考えるだけ無駄というものだ。
 彼女は強い。だから、少しくらい放っておいても問題ないだろう。何もないのが一番だが、ちょっと危険な目に遭ったくらいではやられないはずだ。だから私は、あまり気にしないことにした。

「……そうだ。武田さん」
「どうした?」
「お昼はごめんなさい。勝手なことを言って。武田さんが戦うのは当然ですよね、瑞穂さんのこともあるのだから」

 心の暗部をついうっかりさらけ出し、その結果、場を気まずい空気にしてしまった。言うべきことではなかった、と今は少し反省している。

 日が落ち始めた薄暗い道を歩きながら、彼は私の言葉に応える。

「分かってくれたのは嬉しい。だが、謝ることはない」
「でも私、武田さんの気持ちなんて少しも考えずに……」
「沙羅、自分を責めるのは良くない。お前は私の体を心配してくれたのだろう? あの場では少しきつく言ってしまったかもしれないが、沙羅の気遣いには——実はいつも感謝している」

 夕日はもうかなり沈んでいるのだが、彼の顔は心なしか赤い。日を浴びているわけでも飲酒したわけでもないのに。
 一体どうしたのだろう。そんなことを少し思うのだった。
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